見たことないヘリがいた

 翌朝、基地内を歩いていると、乙幡さんと兄に声をかけられた。父は私よりも早く出たし、一緒に来るわけにはいかないからここにはいない。

 ただ、兄は普通なんだけど、乙幡さんの機嫌が微妙に不機嫌のような……?


「お二人は今日も朝からチヌたんに乗るんですか?」

「ああ。来週は航空祭だし、その訓練もある。編隊飛行の訓練もあるから、時間があったら見るといいよ、紫音ちゃん」

「お二人とも飛ばすんですか?」

「ああ。その日の食堂は休みのはずだから、来るといいよ、しーちゃん」

「来週のお休みはまだチェックしてないので、帰ったら確認してみますね。ありがとうございます、乙幡さん、岡崎さん」


 航空祭は来週なのかー、と思いながら話をしてるとあっという間に食堂に着いてしまったので、そこで一旦別れる。今日は誰もいなかったので話すことなく着替え、食堂にいた人と挨拶を交わして掃除を始める。


「あ、金本さん、床を擦ってもいいぞうきんってありますか?」

「あるけど、何に使うの?」

「一般食堂のほうで、隅っこが汚れているところがあって、モップでも落ちないんです。時間を見つけて、擦ってみようかと思うんですけど……」


 昨日の業者さんの動きを見て、隅っこの掃除をしようと金本さんに聞いてみた。


「はは、紫音さん、そこまでしなくていいよ。来週の月曜に業者が来て床にワックスをかけるし、その時に頼むから大丈夫だよ」

「そうなんですね。わかりました。あ、あと、また時間があまったら、窓枠を拭いてもいいですか?」

「ああ、それならいいよ」

「わかりました」


 なんだ、業者がくるのかーとちょっとはりきっていただけに残念に思いつつ、掃除を始める。

 厨房のほうにいる自衛官たちは忙しそうだし、今日も先に調味料入れとそれが乗ってるトレーを掻き集め、配膳カウンターに置く。そして道具を準備して掃除を始め、できるだけ丁寧に掃除をしたんだけど、やっぱり時間があまってしまって窓枠を拭いた。

 十一時になったので休憩し、今日はお弁当がおにぎりなので、チヌークや編隊を見ながら外で食べようとコートを着て出た。


 というか、朝起きたらテーブルの上に朝ご飯とお弁当が乗ってたんだよね。メモを見たら父からで、わざわざ作ってくれたらしい。おかずは玉子焼きとプチトマト、ブロッコリーとポテトの肉巻き。小さいお弁当箱におかずを入れ、おにぎりは別に作って一緒にお弁当袋に入れてあったのだ。

 それらを食べながら、チヌークが行ったり来たりしながら飛んで行くのを見る。その途中で別のヘリが三機、編隊を組んで飛んで行っていた。


「紫音ちゃん、何を食べてるの?」


 お、この中身は梅干だー! なんて感動しながら頬張っていたら、乙幡さんが声をかけてくれた。隣には兄もいる。


「今日のお昼です。自分で作ったものじゃないのが申し訳ないくらいですけどね」

「誰が作ったのかな?」

「父です」

「へ~。料理上手なお父さんなんだ」


 父が作ったことを話すと、乙幡さんは感心して兄は驚いた顔をした。私だって驚いたんだから、そんな顔をしないでよ。


 私はもう少し編隊やチヌークを見ていたいからとお弁当を食べ、二人は食堂のほうへと行った。それを見送ってまた水筒に入っていたお茶を飲みながらヘリを見ていたら、編隊が飛び立ったあと、チヌークの動きが止まった。


「あれ? もう終わり?」


 そう思っていたら、私から見て左奥のほうから赤いヘリコプターと青いヘリコプターが出てきて、次々に飛び立って行った。


「おー? なんだろう、あのヘリ! どこのかな?」


 あとで一緒に洗い物をしてくれる人か帰ってから父に聞こうと思い、十五分前になってから部屋に戻る。戻ったらもう一度お茶を飲み、五分前までゆっくりすると、洗浄機のところに行った。

 そこには乙幡さんがいて、さっそくさっき見た赤と青のヘリコプターのことを聞く。


「赤と青? ああ、消防庁と警視庁のヘリだな、それは。赤いほうが消防庁で、青いほうが警視庁のなんだ」

「へえ……」

「奥のほうに建物があるだろ? あそこに格納庫があるんだ。ちなみに、海上保安庁の建物もあるよ」

「そうなんですか~」


 乙幡さんによると、立川駐屯地の航空祭は防災航空祭と呼ばれていて、防災に関するヘリなどが展示されたり、編隊は異種編隊が飛ぶという。だから、航空祭まではそういったヘリの訓練もあるとのこと。

 今日は三機軍用機が飛んだあとでそれらのヘリが飛んだから、編隊の練習だろうと言っていた。


「そうなんですね。今から見るのが楽しみです!」

「あと、習志野から落下傘部隊も来るから、それも見れると思うよ」

「え、落下傘!?」

「ああ。ただ、週間天気予報だと雨マークがついているから、どうなるかわかんないけどな」

「ほえー……。見れるといいなあ……」

「そうだな」


 そんな話をしているとポツポツと食器の返却が始まる。そうなるとあっという間に忙しくなるので話はそこで打ち切り、食器洗いに専念した。

 途中で父と目があったから、ハンドサインで【ありがとう。美味しかった】と告げると嬉しそうに目を細め、その場を離れていった。ちなみに、ハンドサインは我が家独自のもので、父が考えたものだったりする。

 だいぶ慣れてきたとはいえ、まだまだ食器洗いは大変だ。内心でヒーヒー言いながら洗っていたら、隣はいつの間にか乙幡さんじゃなくて兄に代わっていた。


「昨日はどうだった?」

「急がしかった! だけど、あちこち行って、買い物もしたよ。箪笥も買ってくれた」

「お、そうか。よかったな」

「うん」


 時々兄とそんな話をしながら洗い物をしていると、あっという間に一時になった。今日は名前の知らない自衛官さんが代わってくれて、午後の休憩に入る。

 そういえば、今日のお昼にプリンが出ていて、それを見たら甘いものが食べたくなってしまった。売店があるって言ってたけど買いに行くのもなあ……明日持ってこよう、なんて思っていたら、田中さんがひょっこり顔出した。


「紫音ちゃん、よかったらプリンを食べない?」

「プリン、ですか?」

「ええ。お昼の残りなの。夜も先着で出すとはいえ余りそうだし、さすがに捨てるのも勿体無いし。よかったら食べてくれる?」

「いいんですか?」

「もちろん」

「じゃあ、いただきます!」

「ふふ、いいわよ」


 どうぞ、と手渡されたプリンは二個で、スプーンも添えられていた。まさかお裾分けしてくれると思ってなかったから、すっごく嬉しい。


「濃厚で美味しいです!」

「それはよかった。持って帰るのはダメだから、ここで食べちゃってね」

「はい!」


 田中さんにもらったプリンは味が濃厚で、とても美味しかった。子どものころ、父が作ってくれたプリンの味がして懐かしくなる。

 ふたつあったプリンをあっという間にたいらげ、一緒に食べていた田中さんに空いた器とスプーンを返す。


「美味しかったです、ごちそうさまでした!」

「どうたしまして。これね、献立のヒントをくれたお礼だから、気にしないでね」

「え……そんなつもりで言ったんじゃないんですけど……。今さらなんですけど、こんなことをして、田中さんが叱られませんか?」

「そこは大丈夫。理由を話して、金本三佐にも許可をもらってるから」


 その言葉に申し訳なくなる。確か、私から皆さんに渡すのはダメだけど、同じ自衛官から渡すのは大丈夫って聞いたことがある。

 今は誰にも知られていないからそんなことはできないけど、もし知られたら、兄にお願いしてお菓子を配ってもらおう。


 少しだけ寝て疲れを取り、午後も仕事をこなして行く。あっという間に六時になり、交代してもらって着替え、外に出た。


「夕飯、作れるかなあ……」


 父が何時に帰ってくるのかわからないし凝ったものは作れないので、冷蔵庫の食材とレシピサイトを見ながら何を作るか決めようと思いながら身分証を出し、ゲートを抜ける。

 通り道にあるコンビニで、明日持って行く用にチョコレートと飴を買い、家に帰った。

 結局ご飯は鶏ひき肉とお豆腐があったのでレシピを見ながら豆腐ハンバーグを作る。途中で箪笥が届いたのでそれを一旦部屋に片付け、ハンバーグが出来上がるころ父が帰って来た。

 航空祭があるからいろいろと忙しいらしい。


「紫音が作ったのか」

「うん。レシピサイトを見ながらだけどね」


 そんな会話をしながらご飯を食べる。航空祭は来週の土曜日にあるそうだ。毎年同じ時期なのか聞くと毎年違うようで、去年は九月にやったと言っていた。

 今日は何をしたのか聞かれてあれこれ話しているとあっという間に時間が過ぎて行く。乾燥機能付きの洗濯機で洗濯したり、箪笥を押入れに入れたり、お風呂に入ったりしているうちに寝る時間となり、「おやすみなさい」と告げて部屋に戻る。

 翌日の用意をして目覚ましをセットするとシフト表を確認し、水曜日と航空祭のある土曜日がお休みなのを確認し、水曜にホットカーペットのカバーを買いに行くことにした。

 布団に潜り込むとあっという間に眠気が襲ってきて、さっさと眠ってしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る