お仕事変更
今日は要領よく掃除をしようと決め、ゲートに向かう。そこで身分証を出して中に入り、一応小さな建物にも寄ってこっちにも見せたほうがいいのか聞くと、ゲートで見せたなら大丈夫だと言われたので、明日以降はそのまま通り過ぎることにした。
私一人だけが私服だからなのか、ちらちらとこっちを見てひそひそと何かを話している。たまに「食堂の子じゃないか?」とかって聞こえているから、もうバレてるのかー、って俯き加減で歩いていると、「紫音ちゃん?」と声をかけられた。
振り向くと、乙幡さんと兄がいた。
「「おはよう」」
「おはようございます。今日は遅いですね」
「昨日がたまたま早かっただけで、普段はこの時間だよ」
「そうなんですか~」
そんな話をしていたら、「和樹!」と別の方向から女性の声がした。
「おー、おはよう」
「ねえ、和樹、今日のことなんだけど……」
「ちょっと待て。じゃあ、岡崎、先に行くな。紫音ちゃん、またあとで」
「おう。あとでな」
「はい」
その女性を見た乙幡さんが、嬉しそうな顔をしてその女性と歩いて行ってしまったので、兄と二人で顔を見合わせたあと、一緒に歩く。
「彼女かな……」
「まあな」
兄の言葉にがっかりする。ちょっとだけ素敵な人だなあって思っていただけに、残念感が半端ない。
やっぱり彼女持ちは素敵な人が多いんだなあ……って改めて思った瞬間だった。
「そういえば紫音、昨日は親父と何を食ってきたんだ?」
「駅ビルにあるパスタ屋さんで、カルボナーラを食べてきた。お兄ちゃんも来ると思ってたから、ちょっと残念」
「ごめんな。親父が急に言わなきゃ、俺も嫁さんも行ったんだが……」
「気にしないで。今度お義姉さんに会わせてね?」
「おー」
お休みの予定を聞くとちょうど私のシフトの休日と重なっていたので、その日に兄の自宅にお呼ばれされた。待ち合わせなどは夜にメールをくれるという。
「あ、だったらお兄ちゃんにお願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「あのね、駅前にある家電量販店に一緒に行ってほしいの」
「何を買うんだ?」
「エアコン。以前住んでたところは寮だったんだけど、完備されてるのだったから持ってこれなかったんだよね。ストーブも壊れちゃったから、それも置いてきちゃったし……」
そんな話をしていると食堂についてしまった。それもあとで会った時に話すかメールすると言われたので、そこで別れて中に入る。
「失礼します。おはようございます」
「おはよう」
ノックをしてからロッカーのある部屋に入ると、大山さんだけだった。今日は白衣じゃなくて迷彩服を着ている。
首を傾げたら、これから迷彩服の上に白衣を着るところだと言われた。田中さんはどうしたのか聞くと、食堂で動いているらしい。
「あ、そうだ。紫音ちゃん、着替えたら金本三佐に声をかけてくれるかな? 話があるって言ってたから」
「わかりました」
「あと、制服は半袖だけど、中に着るTシャツは長袖でもいいからね?」
「……へ?」
「制服は規則だけど、服装は自由って言われなかった?」
「……あ」
そういえば面接の時にそんなことを言っていたのを思い出す。というか、それっていいのかな……。
そんな感情が顔に出ていたのか、「大丈夫よ~。派遣の人もそうしてたし」と言われて、胸を撫で下ろした。でも、一応聞いたほうがいいかと金本さんに聞くことにした。
今日は仕方ないけど、OKが出たら明日は長袖のTシャツを持ってこようと決め、着替え終わったので、自衛官の皆さんに挨拶をしつつ金本さんのところへ行く。
「おはようございます。大山さんからお話があるって伺ったんですけど」
「おはよう、紫音さん。うん、実はね……」
金本さんの話は、仕事内容と休憩時間、シフトの変更のことだった。
まずはシフト。今週は昨日渡されたシフトのまま出勤で、来週から週五日来てほしいと言われた。場合によっては週六日になるかもとも言われたけど、そこは大丈夫だったので頷く。
新しいシフト表は帰る時までに作ってくれるという。
次に休憩後の仕事内容。昨日は幹部食堂だけだったけど、今日から一般食堂も掃除してほしいと言われた。どうやらお昼に来ていた派遣の人たちというか会社に頼んでいたのを本当に切ったようで、それも関係しているみたい。
私には「もう来ないから」としか言われなかったけど、大人の事情ってやつなんだろう。
最後に休憩時間。これは一般食堂の仕事が増えたからなんだけど、昨日は一時から二時間だったけど、今日から十一時から一時間、十三時から一時間の変則で休憩を取ってほしいらしい。そうすることで午前と同じ三時間になるから、掃除も間に合うだろうという理由だった。
「どうかな?」
「はい、大丈夫です。あの、お昼はいつごろ食べたらいいですか?」
「それは最初のでもあとのでも、どっちでもいいよ」
「わかりました。あと中に着るTシャツなんですけど、長袖でも平気ですか?」
「平気だよ。だけど、あまり派手なのはやめてほしいかな」
「わかりました。では、お掃除を始めますね」
「ああ、頼むね」
金本さんの話が終わったので、掃除を始める。要領を得たというか、自在箒の使い方をなんとかマスターしたのか、昨日よりも少しだけ早く二部屋の掃除を終えることができた。
何も言われなかったけどテーブルの上にあった調味料などもチェックして、全部集めてカウンターに乗せ、そこにいた田中さんやもう一人の糧食班の人(木村一等陸尉さん。木村さんと呼ぶことになった)に声をかけたりした。
十一時になったので金本さんに言われた通りに休憩し、今日は試しに先にご飯を食べることにする。寝てしまったら元も子もないのでコートを着て外に出ると、食堂の近くにあった縁石に座って、訓練していたチヌークやUH-1を眺めていた。
日当たりのいいところに座って見ているとはいえ、ヘリから流れてくる風がすごくて、コートを着てても寒いくらいだ。訓練では今日もカエルの口からスルスル人が下りてきたり、UH-1からもスルスルと人が下りてきたりしていた。
ちなみに、チヌークは私から見てゲートがあるほうに近い右側で訓練していて、UH-1は左奥のほうで訓練している。
「へ~、あのヘリコプターからもスルスル人が下りてくるんだ。……あ、スマホのアラーム時間、変えておかないと……」
「あれ? 紫音ちゃん?」
「はい?」
スマホの時間を確かめながら訓練を見て、昨日セットしたアラームの時間を十三時五十分に変えたところで声をかけられる。顔を上げると乙幡さんが不思議そうな顔をして、私を見下ろしていた。
「こんな時間にどうしたの? 仕事は?」
「あ、あの、今日から休憩時間が変更になって、今は最初の休憩なんです。乙幡さんはこれから食堂ですか?」
「ああ、なるほどね。うん、そうだよ」
「今までどこにいたって聞いても大丈夫ですか?」
「俺? 俺は今まであそこにいたんだ」
乙幡さんが指さしたのは、飛んでいるチヌーク。あそこでチヌークを飛ばしていて、食堂に行かなくちゃならないからと他のパイロットと変わったらしい。
「私もそろそろ準備しなきゃ……」
「じゃあ、そこまで一緒に行こうか」
「はい」
一緒になってほんの数秒のところまで歩く。ちらりと横顔を見ると、日焼けした顔と丹精な横顔が見えた。
背も高いし、がっちりした体型だからなのか、いかにも「陸自の自衛官です!」って感じに見える。といっても、私から見て、だけど。
(こんなカッコいい人ならモテるだろうし、彼女がいるのも納得かな)
一人でうんうんと頷いていたら、乙幡さんに不思議そうな顔をされた。
「俺の顔になんかついてるか?」
「何もついてませんよ?」
そんな話をしながら建物の中に入り、私はコートを脱がなければならないからと一旦別れる。まだ十分あるし、五分前に行けばいいかとそこで水筒のお茶を飲んで休憩したあと、コートやスマホをしまって鍵をかけ、エプロンなどを身につけて洗浄機の前に行く。
お湯を張ろうと思ったら既に張ってあって、そこには兄がいた。
「お、しーちゃん、休憩は終わったのか?」
「はい。お湯を張ってくださったんですか?」
「ああ」
「ありがとうございます」
「これくらいお安い御用さ」
うしろで寸胴を洗っている木村さんがいるからなのか、兄は自衛官モードだ。だから私もお仕事モードで話す。誰もいなくなった途端に家族モードになるのはさすがだと思った。
「紫音、今度の休みは明後日だったよな? それまでエアコンなしで大丈夫か?」
「うん。一度帰ってから、量販店に行って電気ストーブか炬燵かホットカーペットを買おうと思ってる」
「電気ストーブやホットカーペットはともかく、炬燵は一人で持って帰れるのか?」
「うーん……わかんないけど、エアコンが来るまでは炬燵はなしにして、電気ストーブかテーブルの下にホットカーペットでもいいかと思ってるの。ホットカーペットがあれば、上に毛布かなんかをかければいいし」
「はあ……ったく、ちょっと待ってろ。親父に連絡するから、一緒に行ってもらえ。ついでにエアコンも見てもらえよ」
そんなことを言って兄がポケットからスマホを出すと、何やら操作をしてからしまった。どうやらメールをしてくれたらしい。
そうこうするうちに食器の返却が始まり、ぼちぼち忙しくなってくる。途中で兄と乙幡さんが交代した時にお水を渡されたのでそれを飲み、この基地に配備されているヘリコプターの主な任務を教えてもらっているうちに木村さんが来たので、交代して休憩となった。
午前中に一時間休憩したとはいえ、いまだに体は慣れていないというか疲れてしまったので、スマホと毛布を出してかぶり、昼寝をした。
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