第10話

 いつの間にかロクサーヌは貴族街を走り抜けて、平民街へ出ていた。

 屋敷から殆ど出たことのない彼女は、初めて間近に見た人混みの多さに圧倒される。

 戻ろうにも、自分が何処を走ってきたのか覚えていない。

 人混みの少ない所へ進んでいくうちに、平民街でも外側に位置する場所まで来てしまっていた。

 そこは冒険者になり損ねた浮浪者たちが集まり、住み処としている場所であった。

 

 冒険者になり損ねた者には二種類いる。

 一つは、働くことすら儘ならない者。老い、怪我、病、様々な理由はあれど働くことに支障のある者たち。彼等はここで静かに、安らかな死を待っている。

 一つは、規則を破り冒険者ギルドから追い出された者。依頼者を強請って報酬を上げたり、ダンジョン内で別のパーティを襲ったりなど、ギルドからの罰則を物ともせずに悪行を働き、挙げ句追い出された者たち。彼等は息を潜め、自分達の縄張りに入ってくる人達を餌にする。

 今のロクサーヌのように。

 

「どうしたんだい、嬢ちゃん。お父さんやお母さんは一緒じゃないのかい?」

「おっ女だ! 女! ハァハァ」

「おい、コイツを黙らせろ! ガキがブルって逃げちまう!」

 

 男達に囲まれたロクサーヌは忽ち、壁に追い詰められてしまう。

 訓練用の動きやすい上着に厚い生地のズボンといった、色気には程遠い格好のロクサーヌであったが、母譲りの顔立ちと、怯えきった仕草が男達の欲情を刺激していた。

 目は爛々と輝き、口には下卑た笑みを浮かべている。中には逸物をしごき始める者もいた。

 絶対絶命といったその時、その内の一人へ目掛けて、中身の入った瓶が飛んできた。

 気付くことすら出来ずにその後頭部へ当たり、瓶が砕ける。その音に振り向いた男達に鋭い声が飛ぶ。

 

「あんた達、そんなとこで集まってナニしてんの。さっさと散りなさい」

「そうよぉ。いまのこの、すっごい機嫌悪いんだからぁ」

 

 平民街へ続くその通りには二人の女性が立っていた。

 一人は短く切り揃えられた金髪と平坦な胸から男の子にも見えなくもないが、声の高さと凛々しくも可愛らしさのある顔立ちから女性であることが分かる。

 その細い腰やさらけ出された太股には何本もナイフが収まったホルダーが巻かれていた。


 もう一人は、ローブの上からでも分かる位に豊満な胸があり、さっきまで飲んでいたのか、赤く火照ってた顔と潤んだ瞳が扇情的な雰囲気を醸し出していた。

 そんな彼女の片手には柄の長い戦鎚ウォーハンマーが握られており、それをステッキか何かのように振り回していた。

 

「姉ちゃんたちには関係ねえだろう。それとも、代わりに俺たちの相手をしてくれんのかよ」

 

 一人が声を張り上げ、腰を前後に振る。男達は一斉に笑い出すが次の瞬間、男の股間にナイフが突き刺さっていた。


「ギャアアッ!? 俺の〇〇がぁ!」

「このアマ、やりやがったな。野郎共、囲ってっちまえ!」

 

 ロクサーヌを囲んでいた男達が一斉に襲い掛かる。

 しかし、その手に足にナイフが突き刺さる。目にも止まらぬ速度で投げられるそれは、不思議なことにいくら投げても、無くなる様子がなかった。

 そして、痛みに動きの鈍った所へ戦鎚が降りかかる。人がまるで木の葉のように舞い落ちる様は悪い冗談のようであった。

 男達の殆どが女性達に殺到する中、ロクサーヌに襲い掛かろうとする者がいた。彼は怯えるロクサーヌに向かって熱り立った逸物を扱きながら、少しずつ距離を詰めてくる。

 ロクサーヌは初めて向けられる劣情に気圧され、腰を抜かしてしまっていた。

 

「あぁ、可愛いなぁ。ハァハァ。出る、出るぞ! うッ!?」

「すみませんが、僕の弟子に汚いものを見せ付けないで頂けますか?」

 

 彼女との間に突然表れた子どもに驚き、逸物から体液が漏れる。それが地面に付くよりも早く、男の頭は地面に転がる。ガウレオは手に持っていた小剣を振るって、刃に付いた血を払った。

 

「間に合いましたね。残りを片付けるので、少し待ってて下さい」

「どう、して?」

 

 震えて上手く言葉にならなかったが、どうにか疑問を口にする。ガウレオは何を言いたいのか直ぐに察すると、こう返した。

 

「言ったでしょう。私からは逃げられないって」

 

 その時の彼の笑顔にはあの時のような威圧感はなく、包み込む様な優しさがあった。

 

 

 ガウレオと女性達に挟み撃ちにされた男達は瞬く間に片付けられた。その殆どは、ここを住み処とする者としてのが変わっていたが。

 

「あなた方のお陰で彼女を見付けられました。ありがとうございます」

「やけに礼儀正しい子どもね。礼はいいわ。アタシは憂さ晴らしに暴れたかっただけだし」

「もう、素直じゃないんだからぁ、アンジェルは。このがこの道に入ってくのが見えたから、急いで向かってった癖にぃ」

 

 うっさいと、相方の頭を叩くが、気にする様子もなくニマニマと笑っていた。

 

「お姉さん、ありがとう」

 

 ガウレオと並んでいたロクサーヌがお礼をいうと、アンジェルは膝を曲げて視線を合わせて、ホルダーから一本のナイフを取り出し、ロクサーヌに手渡した。

 

「どういたしまして。もう迷子になっちゃダメだよ。それに、この辺りは危ないんだから、武器の一本も持ち歩かなきゃ」

 

 ニコッと笑ってみせると、それに釣られてロクサーヌも笑うのだった。

 

 

 子ども達を貴族街まで見送り、二人は飲んでいた酒場へ戻っていた。

 

「まさか貴族様の子どもだったなんてね。言われてみれば服の生地は良かったけど、汚れてたから分からなかったわ」

「ふふ、今回はアンジェルが面倒事に首を突っ込んじゃたわねぇ」

 

 マリーナに言われて、苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「今回は特別! それにもう、あの子達に会うことなんてないでしょうし」

「そうかしらぁ。私、あの子達の顔って何処かで見たような気がするのよねぇ」

 

 そんな事を話しながら酒を呑み交わす二人を、遠くの席から監視している女性がいた。

 その海の様に深い色をした目は然り気無く、彼女たちを隅々まで見透かすように見るのだった。

 

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