第12話
試験日当日。
キュオンの館の庭には十数人の受験者が集まっていた。
その中にはどこか疲れた様子のアンジェルと楽しそうに周りを見渡すマリーナの姿もあった。
「結局、気になって付いてきてしまったわ。面倒事なんて絶対にごめんなのに」
「ホント、アンジェルは心配性なんだから」
マリーナを睨み付けると、その後ろから見知った顔がやって来た。
「お久しぶりです。アンジェルさん、マリーナさん」
「君はいつぞやの。
驚くアンジェルに首を振る。
「いいえ。僕はたまに遊びに来ているだけです。ここはロキシーの家ですよ」
「ロキシーって、あの時の女の子……。 つまりはあの子が勇者!?」
「あぁ、だから見覚えがあったのねぇ。惜しいことしたわぁ」
目玉が飛び出そうなほどに驚いているアンジェルと、残念そうにため息をつマリーナの対照的な反応が面白かったのか、クスクスと笑う。
「あなたたちがいると知ったら彼女は喜ぶでしょう。今日は頑張ってくださいね、応援してますから」
そう言うとガウレオは屋敷へと戻っていった。
彼の振る手にぼんやりと返しながら、アンジェルは乾いた笑いをしていてた。
「勇者、あんなちっちゃい子が勇者」
「もうしっかりしてよぉ。だいたい、予言で選ばれた時に選出の式典が行われたんじゃないの?」
「その時はちょうどダンジョンに潜ってたのよ! だいたい、勇者に興味なんてなかったし」
騒ぐ彼女たちのところに全身黒ずくめの格好をした三人組が近寄ってきた。全員、体の曲線が出るピッチリとした変わった生地の服を来ており、特に真ん中の女性は長い黒髪を後ろに流し、胸の谷間には大きな切れ目を入れていて一際目立っていた。
「奇偶だな、アンジェル。こんなところで会えるとは。君はこういう目立つところは嫌いだと思ってたよ」
「悪いけど近寄らないでくれない? サラ。痴女が移るわ」
「そういうなよ。こうやって会えたんだ。どうだい、そこの繁みで少し休まないか」
「相変わらず気持ち悪いわね、アンタは。」
そう言いながら、サラと呼ばれた女性が然り気無く伸ばしてきた手を叩く。
『恋する』サラ、自分好みの人を見るとそれが殺し合いの最中でも、口説かずに要られない性格からそう呼ばれるが、彼女を語る上でもうひとつ、特徴的なところがある。
「何度も言うけど、アタシはアンタの
「あんな野蛮で下品なのがいいなんて、信じられないよ。少年なら辛うじてありだが」
下品なのはアンタもでしょうが、という言葉をなんとか呑みこむ。
気疲れから来る頭痛を押さえながら隣をみると、マリーナが面白そうなものを見つけたといった顔をしてサラに話しかけていた。
「はじめまして。私はぁ」
「すまない。君みたいなブスは好みじゃないから話し掛けないでくれ」
その言葉にマリーナは固まる。彼女はこれまでブスと言われたことはない。実際、一人で酒場に行けばいつも男達が進んで奢ってくれた。そんな彼女だからこそ、なんと言われたのか理解が遅れてしまう。
「もしかしてこんなのが君の趣味なのか? 小柄な癖に胸と尻が腫れ上がった、潰れた瓢箪みたいな体型が君の好みなのか!?」
「だから、アタシは違うって言ってるでしょ! マリーナもなにか言っ、て……」
振り向いた先には見たことの無い形相のマリーナが立っていた。
こめかみには青筋が浮かび、眉と頬がヒクヒクと痙攣している。いつもは笑っている筈の目蓋はうっすらと開き、その目には明確な殺意を帯びていた。
「ふふふ。面白いことを言う人ねぇ。私もその潰れた瓢箪とやらが見てみたいわぁ」
「ならそこの池を覗けばいいだろう。悪いが忙しいんだ。話し掛けないでくれ」
顔も向けようとしないサラの脳天に目掛けて、マリーナが手に持った戦鎚を振り下ろしたその時、それを後ろから摑んで止めた者がいた。
「落ち着きなよ、お嬢ちゃん。サラはあんたに焼きもちをしてるのさ」
驚いて振り向くと、そこにはまるでメロンのような大きさの胸が並んでいた。
いくらマリーナの背が低いといっても、一般女性より頭一つ低いかどうかだ。そんな彼女と比べて、その女性は頭二つはゆうに高かった。
マリーナを見下ろす顔は人懐っこそうな笑みを浮かべている。しかし、瞳が縦に割れていて少し圧迫感があり、更に黄色髪に黒髪の混ざった頭部から動物のような丸い耳を覗かせていた。
「獣人族?」
「見るのは初めてかい、お嬢ちゃん。あたいは獣人族のタイガさ。よろしくな」
「ありがとう、タイガ。お陰で目の前で人が潰されずにすんだわ」
「おぉ、アンジェル! 久しぶりだなぁ!」
そう言うと戦鎚から手を離す。
そしてアンジェルに抱きつくと、その女性としては大きく、筋肉質な体でもって、易々と彼女を持ち上げて回り始めた。
「大きくなったなぁ! ちょっと重くなったか?」
「最後に会ってからまだ一ヶ月も経ってないでしょ。なんで、ずっと会ってなかったみたいに言うのよ! 早く下ろして!」
すまんすまん、と謝りながら下ろすと、今度はサラに抱き付こうとするが止められる。
「すまない。獣人族の挨拶はボクには刺激が強すぎるんだ」
「そうかい、残念だね。それにしてもご覧よ。こんなに有名どころが集まったのは十年ぶりかね。それに見たこともない顔がちらほら」
「ああ。ただ彼女達、かなり愛想が悪いよ。ボクが誘っても誰一人、乗ってこなかった」
不満げにため息をつくサラに冷めた目を向けつつ、アンジェルは小さな声で話し出す。
「さっきから嫌な感じがしてるんだけど、もしかしてあの人たち、王弟殿下の命を狙う刺客だったりしないわよね」
「さてね。只者じゃないのは確かさ。目付きと匂いが冒険者のそれとは違う。特にあの木の下にいる女。あれは特にやばいよ」
『孤高』と呼ばれる彼女がやばいとまでいう女。そこにいたのは腰まで伸びた、海のように深い青髪をお下げに結った、アンジェルと同じくらいの年頃の少女だった。
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