第13話

 格好からして武闘家だろうか。シャツの上から革の胸当てをつけ、腕には手甲。ゆったりとしたスボンを穿いているから見えないがおそらく、脛当ても着けているだろう。

 背はアンジェルより少し高いぐらいか、周囲を警戒するようにゆっくりと首を動かしている。

 

「あいつだけ気配が違う。なにか、上手く言えないけど変なんだ」

 

 タイガにしては珍しく、難しい顔をしながら話した。確証のない、直感のようなものなのだろうか。

 しかし、獣人族の彼女が言うのならおそらく、間違いないだろう。彼女達の直感は馬鹿に出来ない。

 

「そんなに強そうには見えないんだけどぉ」

「タイガが言うなら間違いないわよ。彼女はアタシが知ってるなかで一番、そういうのに鋭いからね」

「顔は好みなんだが、どうも心がときめかないんだよね。アンジェル、ちょっとボクにキスしてくれないか。もしかしたら心臓が止まってるのかもしれない」

 

 馬鹿なことを言っている奴は放っておいて、三人は自分達が持っている情報をそれぞれ交換するのであった。

 

 

 それから少しして、王弟殿下キュオンが冒険者の集まった庭に姿を表した。

 その脇には『狂剣』スリーリンとニコニコと微笑んでいる少年ガウレオが並んでいた。

 最初は謎の少年の登場に戸惑ったが、彼女達も凄腕の冒険者達だ。彼が噂の勇者の息子であると、直ぐに察した。一人は顎が外れん程に驚いていたが。

 

 皆が黙って視線を向けているとキュオンが一歩、前に踏み出した。


「諸君、今日はよく参加してくれた。知らない者はいないかもしれないが、自己紹介させてもらおう。私が今回の依頼主、キュオン・ノブル・グリートだ。詳しい依頼内容については、採用者のみに説明させてもらう。健闘を祈る」

 

 そう言って彼が下がると、何故か少年ガウレオが前に出る。

 彼はコホンとわざとらしげに咳払いをすると、微笑みを崩さぬまま話し始める。


「それでは、最初の試験の説明をさせていただきます。まず、この庭にいる人を誰でもいいので一人、倒して下さい。方法は殺害以外なら何でも構いません。では、始めて下さい」

 

 予想外の内容に皆の反応が遅れる。

 しかし、後ろから短い悲鳴と何かが倒れる音がした瞬間、一斉に動き出した。

 

 アンジェルはまず自分を落ち着かせるように、状況を確認することから始める。

 どうやら、自分以外の三人は刺客と思われる者達を狙うことにしたらしい。各々が別方向へ駆けていた。

 

 確かに不穏の種の芽は早く刈った方がいい。彼女達に倣って、空いている刺客に向かってナイフを投げる。

 飛んでくるナイフを手に持った武器で打ち払い、こちらに意識を向けた相手へ、更に追撃するように投げる。同じように払われるが、それはナイフではなく細目の瓶だった。

 瓶の中身が顔の周りに拡がり、苦しそうに咳き込み始める。その隙を逃さず、一気に間合いを詰めて膝を折るつもりで、思いきり踵で踏み抜く。

 ここの屋敷なら優秀な治癒魔法の使い手がいるはずだという判断だったが、足へ伝う鈍い感触に顔を歪める。もしかしたら、本当に折れたかもしれない。

 相手の踞る体に合わせるようにして、その頭に強烈な膝蹴りを浴びせる。完全に意識を飛ばされた体は地面へ倒れ込む。

 

 倒れた相手の手から武器を蹴っ飛ばして、周りを探る。

 どうやら、一通り決着が着いたようだ。争っているところも、片方が防戦一方だったりとほぼ決着している。

 こうして見ると、刺客と思われた連中はお下げの女を除き、全員が倒されていた。

   

「みんなして考えることは一緒だったという訳だな」

「思ってたよりも手応えがなくて残念ねぇ」

   

 刺客達が戦闘に特化していなかったことが幸を奏した。それに恐らく、本来は暗殺が主な仕事だったのだと思う。

 戦ってみて分かったが、動きに迷いがあった。

 この試験では殺しを禁じられていたことが、彼女達の動きを鈍らせたのだろう。

 戦闘力で劣る相手に、必殺の一撃を封じられた状態で戦うなど詰んでいるといっても過言ではない。


 それに、何が起こるか分からないダンジョンへ潜ることが多い冒険者達の方が、突然の事態に対応することに慣れていたこともあるだろう。

 更に少年ガウレオの存在が虚を突くことになった。

 まさか、彼の口から出された試験の内容が戦闘だとは思わなかった。お陰でこちらも動くのが遅れてしまったが。

 

「しかし、あいつだけは直ぐに動いてたのよね」

 

 そう言って木の方を見る。そこにはさっきと変わらず、周りをゆっくりと見渡しているお下げの女がいた。

 最初に聞こえた声は彼女に襲われた相手のものだろう。今は彼女の足元で倒れ付していて、よく見ると少し背中が動いているのことから生きている事が分かる。

 僅かな間に相手を完全に無力化するという、底知れない実力を持つ彼女を改めて警戒するのだった。

 

 

 最後の決着を見終えると、ガウレオは大きく手を叩いて終了を告げる。

 

「お疲れ様でした。これで第一の試験を終わりとします。しかし皆さん、人がいいですね。てっきり僕を狙ってくると思っていたんですが」

 

 笑いながら話すガウレオに釣られて周りも笑うが、側で彼女達を詰るように呟く声が聞こえた。

 

「冗談じゃないよ。あんなのとる位なら、あたいは腹を見せて降伏するね」

 

 思わず振り向くと、そこには冷や汗をかいているタイガが立っていた。その横にはマリーナ達もいた。

 タイガに詳しく聞く前にガウレオが話しだす。

 

「それでは次の試験を行うために『コウエの森』のダンジョンへ行くとしましょうか」

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