第17話
「ガァア!」
アンジェルへ向かって、タイガが獣の様に四足で飛び掛かる。しかし、その間へリリィが立ち塞がる。
リリィは目前へと迫る腕を軽くいなすと、タイガの顔面に目掛けて突きを放つ。空中にいる以上、その一撃を避けることは叶わない。常人であるなら。
だが、タイガは猫の様にくるりと体制を換えて、突きをやり過ごした。驚きに目を白黒させるリリィの腕にタイガの尻尾が巻き付く。
突きを避けられて伸びきった腕と脚で踏ん張りを効かせることはことは出来ない。そのまま尻尾にグンッと引っ張られて、体勢を崩してしまった。
そして、無防備になった顔面へタイガの膝蹴りが突き刺さった。
タイガは尻尾を解くと後ろへ跳び、リリィ達と距離を取る。対して、リリィはその場に膝をついたまま、動かない。
アンジェルにはただ、驚愕することしか出来なかった。目の前で繰り広げられた一瞬の立ち合いに、いつもとは違う、まるで獣の様に唸りながら自分達を睨む『孤高』のタイガの姿に。
タイガがこの国に現れたのは勇者が旅立つ前、まだ魔王の侵攻が行われていた頃だった。
ふらりとやって来た
そう時間は掛からなかった。
にも関わらず、彼女は仲間を作らなかった。
何故かといえば、至極簡単。彼女は強すぎたのだ。
誰と組んでも彼女の足手まといにしかならない。それは彼女の同僚だけでなく、経験を積んできた熟練である先輩達であっても同様だった。
その内に、彼女は一人で活動するようになった。
そんなある時、彼女はダンジョンの奥地に住まう『主』と呼ばれる、強力な魔物を討伐して
『主』を単独で討伐することは不可能。それは当時の冒険者たちの常識であった。そんな常識を打ち破った彼女は更に孤立するようになった。
しかし、彼女は変わらなかった。人の幸福を誰よりも祝い、人の不幸を誰よりも嫌った。そんな彼女に救われた冒険者の数は勿論、少なくなかった。
そうして何時しか、彼女は『孤立』ではなく『孤高』と呼ばれるようになった。
そんな彼女を知るからこそ、目の前の
「リリィ!」
アンジェルが駆け寄ろうとすると、リリィはすくっと立上がり振り返った。驚いたことにその涼しげな顔は、膝が入ったはずなのに鼻血一つ出ていない。ただ、額が真っ赤になっているだけだった。
「大丈夫。打点をずらした。痛いのはあっち」
そう言って、リリィはタイガのほうに向き直る。言われて見れば、目の前で隙を見せていた筈の
「もしかして、自分から膝に額をぶつけにいったの!? 顔面への直撃をずらすために?」
「すごく痛かった。でも、ああしなきゃ死んでた」
膝蹴りを額で受ける。通常であればそれは致命的な一撃であった。
しかし、タイガの力が十全に膝へ伝わる前に当てたこと。当たる場所を決めることで『氣』で防御し、衝撃を和らげることで損傷を減らすことが出来たのだった。
「動きはわかった。今度はこっちのば、ん?」
「! ちょっと!?」
「大丈夫」
リリィが前に進もうとすると脚がふらついた。
慌てて近寄ろうするアンジェルを止めると、自分の横っ面に思い切り張り手をかます。
気付けというには強すぎる一撃に少し呆気に取られながら、ふらつく背中にアンジェルが声をかける。
「……本当に大丈夫なんでしょうね」
「任せて」
そう答えると、リリィは先程より大きくふらついた脚を地面に突き刺すように前に踏み込み、構え直す。
アンジェルは、唸りながらこちらを睨み続けるタイガに目をやって少し考えてから、リリィに声を掛ける。
「タイガの様子がおかしいの。出来るだけ怪我を負わせないように、動きを封じることは出来る?」
「……了解」
リリィはそう答えると、体の重心を後ろに下げるように構えを変える。すると、リリィの全身から氣が煙のように洩れだす。
そして胸元に構えた拳を開いて下段まで下ろすと、倣うようにゆっくりと下へ流れて地面に拡がっていく。
その範囲がリリィを中心にして、おおよそ三メートル程、地面から膝位の高さになると
「ウォッチ流体術、煙域の型」
タイガは煙を警戒してか近付こうとはせず、対するリリィも構えたまま動こうとはしない。
お互い、相手の隙を伺うように睨み合うのだった。
膠着状態となった二人を置いて、アンジェルはサラ達へ近寄る。倒れている二人に簡単な手当てを施すと睨み合う二人、特にリリィを食い入るように見つめるサラへ話し掛けた。
「怪我をした二人は一先ず大丈夫。でも出来るだけ早く治療した方がいいわ。どうしたの、サラ」
「ありがとう。いや、ウォッチ流と聞いてね。まさか本当にあるとは」
「あなた、何か知ってるの?」
尋ねるアンジェルに目を配せると、サラは懐かしそうに笑いながら答えた。
「小さな頃に婆さまから寝話に聞かされたのさ。人間でありながら単身で竜を狩る『竜殺し』の一族。その剣は海を切り裂き、その槍は雨を穿つ。おとぎ話の存在だと思ってたんだけどね」
この世界には竜と呼ばれる、魔物とは違った生物がいる。
鋼の剣よりも鋭い爪と牙、柔な攻撃などは一切通さない鱗、更に強力な力の結晶である『龍玉』を身体に納めた、竜と呼ばれるものだ。
彼らは個としても無類の強さを持ちながら、群れを作って生活する。圧倒的な力を持つ彼らをあえて刺激しようとする者は、人や魔族を含めて誰一人としておらず、ある地方では敵対国の国境沿いに竜の巣があるために戦争を回避している所もあるほどだ。
もしも『はぐれ』が国の近くに居着いたなら、総出で対処しなければならない事態であり、その偵察ですら最上、黒級依頼として冒険者達へ任される。
そんな竜を単身で狩る存在など、確かにおとぎ話と言われたほうがまだ分かるというのも頷ける。
しかし、リリィへ向けるサラの目には彼女らしからぬ子供染みた興味と興奮が伺えた。まるでおとぎ話に夢中な子供のようだ。
「とにかく、アタシはリリィの援護に回るから。サラは二人を連れて逃げるか、離れてて」
確かにリリィの実力は底知れない。しかし、彼女一人に任せて自分達は観ているだけというのはアンジェルの性格上、とても出来ることではない。
脚に巻き付けたホルダー、『乙女の
転生魔王 ~勇者道一直線!~ 苦竹佐戸 @nigatake_sado
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