第2話

「魔王が復活した!?」

 

 ガウレオが勢い良く立ち上ったので椅子が転がる。

 

「ガウレオ、静かにしなさい。それで、そいつを倒すために、先代の魔王を倒した私達へお呼びがかかったと」

 

 バシラはガウレオを諌めるとスリーリンに続きを促す。

 魔王の復活、それは王国の、世界の危機を意味する。

 もしそんなことが広まれば混乱が起きる。村長を帰らせた理由はこれかとバシラは納得した。

 だが、スリーリンが話すより先に隣の男、つまり馬車の中にいた男が喋りだす。

 

「少し違う。君達にしてもらいたいのは教育だ。次代の勇者となる私の子どもへのな」

「失礼だが、貴方は? 先程から気になっていた。十傑が上座を譲るということから、それなりの地位だと分かる。だが私達はこの国の重鎮の顔は一通り知っている。そして、貴方の顔は見たことがない」

 

 バシラからの問いに男の笑みが深くなる。

 男は一度、大きく息を吐くと話し始めた。

 

「君達が知らぬのも仕方ない。私はあのとき、国に居なかったからな。……私の名はキュオン・ノブル・グリート。この国の王弟だ」


 バシラ達は思わず息をのむ。

 ガウレオは実感がないのかキョトンとしていたが、バシラとクアエは急いで椅子から降りて膝をつく。


「王弟殿下とは知らず、ご無礼を致しました」

「良い。私は未だに爵位を持たぬ身だ。私自身には何の力もない。席に戻ってくれ。話を続けよう」

 


 バシラ達が席につくのを待って、彼は話し始めた。

 王国が魔王復活の報せを受けたと時を同じくして、予言が下った。

 5年後、王家の血筋にして、黒きエルフの血を継ぐものが魔王を討ち取るだろう、と。

 そして、彼の正室が黒きエルフ、つまりはダークエルフであるという。


「爵位をもらえなかった理由がそれでね。高潔な王家の血に異種族の血を混ぜるとは何事かと、ね」

 

 そんな当時の王の戒告すら無視し、彼女ダークエルフを正室に据えた。さらに、彼女との間に一子を儲けていたのだった。


「かくして王家の忌み子は国の希望となったのだが、未だに反発する勢力バカどもがいる。そんな状態では子どもの教師を選ぶのも大変でね。それで君達を捜してたというわけだ。」


 バシラ達は権力争いを忌避してこの村に隠れ住んだ経緯がある。

 彼としては、どの勢力にも属さず、腕も確かな勇者とその仲間バシラとクアエは喉から手が出るほどに欲しい人材であった。

 だが、どの勢力にも属さないというのは、自分の側にも付かないということだ。

 彼らを味方につけるには誠意をみせる必要がある。それこそ彼がここにいる理由であった。

 

「国人としてではなく、父親として頼む。娘を、ロクサーヌを助けてやってくれ! あれは不憫な娘だ。私の我が儘で生まれてしまったがために、周りには忌み嫌われ、果てには過酷な運命まで背負わせてしまった」


 キュオンは膝を折ると頭を床に擦り付ける。


「少しでも娘が生きて帰れる可能性を上げたい。その為には、君達の力が必要不可欠なんだ。彼女が生きて帰れるなら私は何だってする! この通りだ、頼む」

 

 クアエはバシラに目をやる。それに静かに頷く。彼に近付くと、その肩に手を置いて言った。

 

「分かりました。その話、お受け致します。ただ、一つ条件があります。娘さんの旅にうちの息子を付けて頂きたい」



 キュオンは困惑する。

 何でもすると言った手前、彼の出した条件は呑むつもりだ。

 だがガウレオは子どもだ。それも年の頃もロクサーヌとそんなに変わらない。いくら、二人の子どもとはいえ心配だった。

 

「ガウレオなら心配いりません。私達の自慢の息子です。あと3年もあれば、王国最強の戦士になれることでしょう」

 

 彼の自信に満ちた声を聞いて決意を固める。彼を信じることが誠意だと思えたからだ。

 

「3年なんていらないよ。僕は既に世界で一番さ」

 

 クアエがテーブルに倒れ込む。そして、彼女の頭は体を離れて床を転がり、バシラの足に当たって止まる。

 その顔はさっきまでの彼のように自信に満ちたものだった。

 バシラは暫く呆けていたが椅子を引く音がして、そちらを向く。

 そこにはいつものように笑う息子ガウレオがいた。ただ、その手には魔力を纏ったキッチンナイフが握られていたが。

 バシラは可愛い息子へ寄っていく。だがその足取りは怪しい。

 突然の事態にショックを受けて、喪失状態になっているのだ。

 誰もが場の雰囲気に呑まれていた。動ける者は誰一人居ない。いや、いた。


「お前達、キュオン殿下を守れ!」

 

 スリーリンは部下の男達に指示を飛ばして剣を抜くと、ガウレオに斬りかかった。

 ガウレオはその剣をナイフで受けると、バシラに笑いかけて言った。

 

「今度は、お父さんの首を刎ねてあげるから」

 

 バシラは漸く気付いた。いや、認めたのか。自分の可愛い息子が自分の愛する妻を殺したのだと。

 

「うおぉおッ!」

 

 近くにいたキュオンが腰に帯びていた剣を引き抜いて、ガウレオに飛び掛かる。



 スリーリンはバシラが駆け寄って来るに気が付くと、ガウレオを突き飛ばして、キュオンの元へ戻り、家からの脱出を図る。

 入口はバシラとガウレオが切り結んでいて、近付けない。

 なので反対側の壁に、剣で人一人が通れる穴を作ると、部下の四人、キュオンの順に逃がす。

 遅れて自分が外に出ると、そこには村の門番をしていた男が、槍をキュオンの首筋に構えていた。

 部下達はみな、頭や心臓と一突きにしてあり、声も出させずに殺したその手腕は、初めてあったときの予感よりも危険であった。

 

「お前達を逃がすわけには行かない。ガウレオ様が戻られるまでここで待ってもらおう」

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