第15話

 その頃、屋敷の訓練場ではロクサーヌとトールが拳をまじえていた。


「なんでオレが弱いヤツロクサーヌの相手をしなきゃなんねーんだよ」

「仕様が、無いでしょ。師匠せんせい達は、冒険者の選抜で忙しい、んですから!」


 トールは軽口を叩きながらも、目の前の少女は変わったと思った。

 少し前なら、自分に訓練の相手を頼むなんて、絶対にしなかっただろう。

 

 それに動きも段違いに良くなっている。今までは頭と体がバラバラというか、ちぐはぐな感じがしていたのに、それがまるで嘘だったかのように、軽やかな足さばきを見せている。

 勿論、トールから言わせればまだまだではあったが、明らかに強くなっている。


 これだけの急成長をみせ始めたきっかけは何となく分かる。だ。


 コイツロクサーヌが逃げ出したあの日、アイツと一緒に帰ってきたその次の日から、コイツはみるみる強くなっている。

 まだ数日しか経っていない筈なのに、まるで別人のように見違えた。


 間違いなく、アイツがをしたのだ。

 それが何かは分からないが、コイツがここまで強くなったのだ。果たして、自分ならどれだけ強くなれるか。

 トールの脳裏にアイツの言葉が過る。


「あなたでは勇者になれませんよ」


 勇者。じい様オーベルトに常日頃から聞かされたその言葉。

 自分は勇者にならなくてはならない。その為には、もっと強くならなければならない。

 知らぬ間にトールの目は鋭くなっていた。


「オマエ、あの時アイツと何してたんだよ」


 ロクサーヌは怠そうにしていた、さっきまでとは違う雰囲気に気圧されながらも、質問の意味を考えた。


「あの時って私が訓練から逃げてしまった日の事ですか? 別に、少し話をしただけ」

「嘘をつくな! オレに隠してることがあるだろ!」


 トールの攻撃の手が段々と速く、強くなっていく。

 さっきまでの手を抜いたものとは違う突きが、避けたはずのロクサーヌの頬を掠める。

 

 反撃しようと、顔に向けて拳を振るが呆気なく捌かれる。続けて、空いた腹へ目掛けて蹴りを放つ。しかし、それも抱き抱えられてしまう。

 咄嗟、跳ぶ様に逆の脚を上げると、掴まれた脚を軸にしてトールの横っ面を蹴り抜く。


 脚を離され、支えの失ったロクサーヌはそのまま地面に落ちると、直ぐに立ちあがり、トールの方へ意識をやる。

 すると、さっきまで立っていた場所から数歩下がった所に、トールが蹴られた顔を押さえて片膝を付いていた。


 遠慮も躊躇いも一切ない一撃だっただけに、思いがけない大怪我をさせてしまったかもしれない。

 そう思い駆け寄ろうとするが、トールから口から洩れる、噛み殺したような笑い声に思わず足を止める。


「この前まで雑魚だったヤツが、オレの攻撃を躱して、そのうえ一撃を喰らわしてきやがった。そんなの、……あり得ねぇだろうがぁ!」


 獣のように、吼えながら襲い来る一撃をどうにか捌く。

 しかし、お構い無しとばかりに繰り出される連撃でもって防戦を余儀なくされる。

 動きもさっきまでとは比べ物にならない程にキレを増している。

 にも関わらず、ロクサーヌは捌き続ける。それも 少しずつではあるが、正確に動けるようになっていく。

 

 トールはそれはあり得ないことだと断じる。仮にコイツに才能があったとして、少し前まで訓練すらしたこともない者が、この短期間で自分の攻撃を捌き切れるはずがない。

 苛つきと焦りが攻撃の回転を上げていく。自身も気付かない内に体へ『氣』が篭り始める。


「この、雑魚がぁあ!」


 ますます鋭く、重くなっていく攻撃にロクサーヌは押されていた。このままでは捌いている腕がイカれてしまう。

 ロクサーヌは後ろに大きく退くことで、一度区切りをつける。そうして一呼吸入れたロクサーヌは集中力を高める。

 トールの回し蹴りを僅かに上体を反らすことで躱す。次に飛んできた突きは横へ移動することで避ける。

 攻撃を回避することに意識を集中させる。


 ロクサーヌは元々、感の鋭い子どもであった。ガウレオが初めて来た時も、その感の良さからスリーリンよりも早く彼に気付いていた。

 今まで彼女の動きが噛み合わなかったのも、いち早く察知した攻撃を避けようとする頭に対して、力んでいる体が遅れてしまい、拍子がズレてしまっていたからだった。

 あの日、ガウレオと話すことによって肩の力が抜けたことでようやく、それが噛み合うようになったのだ。


 それをあの少年が狙っていたのかは分からないが、確かにあの日に彼女の才能は芽吹いた。

 一度芽吹いたそれは、今までの特訓の経験を肥料にして驚く速さで成長していく。そして今、一つの蕾が開花した。


「コイツ、なんで当たんねぇんだ!?」


 最早、全力を奮っているにも関わらず、ロクサーヌの服にすら掠らせる事すら出来なくなっていた。

 躱される度に怒りが込み上げる。避けられる度に焦りが増していく。


 気付けば、トールは燻らせていた『氣』を体中へ循環させていた。

 燃えるような『氣』を纏った横降りの一撃が、ロクサーヌの首を刈り取ろうと迫る。


 そこへトールの咆哮を聞き付けたスリーリンが駆け付け、その光景に背筋を凍らせる。


 今トールが纏っている『氣』とは、常人では太刀打ち出来ない魔物を倒すために編み出れたものである。

 魔法使いが周りに漂うマナを魔力に変換することで身体を強化させるのに対して、魔法を使い慣れない戦士などは自身の中にあるマナを『氣』に練り変えることで身体を強化させる。

 その威力は、軽く込められただけで、拳大の石を簡単に砕くことが出来る程だ。


 あれだけ『氣』を込められた一撃なら、首から上が消し飛んでしまうだろう。

 普通なら人間に使うものでは決してない。そのことから、トールが我を忘れてしまっていることは容易に想像できた。

 スリーリンは『氣』を纏い弓矢よりも早く動くと、二人の間に割って入ろうとする。


 しかし、それよりもトールの拳が振り切られるほうが速かった。

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