第4話

 王弟キュオンが勇者の息子ガウレオを連れて帰ってきたことは、公表されると直ぐに王国全土へ伝わった。

 魔王の復活に脅えていた王国にとって、その報は正に神の福音といえた。

 しかし、それを快く思わない者達もいた。王の派閥である。

 昔から優秀だったキュオンと比べて、凡骨であった兄を担ぎ上げ、工作の果てに追い落とした。お陰でこの数年間の間は、思うがままに私腹を肥やすことが出来た。

 しかし、ここに来てキュオンが力を付けてきた。王に取って代わられる事はないだろうが、宰相に選ばれでもしたら厄介だ。

 兎に角、これ以上、目立たせる訳にはいかない。彼等は早急に策を練り始めるのだった。

 

 ガウレオが城に来てから五日。実は未だ勇者ロクサーヌに会う事が出来ていなかった。

 勇者バシラの息子であると公表して直ぐに、貴族達の手によってキュオンから引き離されると、城の一室に軟禁されてしまった。

 それから貴族達は懐柔しようと、あの手この手と色々なものを寄越してくる。断る理由もないので、有り難く貰ってはいるが、そろそろ飽きが来はじめていた。


「そろそろに会いに行くとしますか」

 

 ガウレオはそこら辺に放り散らかされた貰い物の中から、一振りの剣を拾い上げる。貴族かれらがくれた物の殆どは、見た目ばかりの鈍らだったがこの剣これは良い品であった。

 ドアには鍵を掛けられているので、廊下へ出る。

 そこには、何が起きたのか分からないといった顔の衛兵が立っていたので、出掛けてきますと伝言を頼んで、玄関へ向かった。

 玄関につくと、そこには補修の跡がいくつもある鎧を纏い、抜身の大剣クレイモアを背負った、大柄な体格と首まで伸びた真っ白な髭が特徴的な騎士が、門の前で立っていた。

『死に損ない』のオーリスト。齢50にして、未だに王国十傑に名を連ねる老練の騎士だ。

 

「お出掛けですかな。ガウレオ殿」

「はい。何しろ、ずっと部屋に閉じ籠っていたので。やっぱり、子供は外で遊ぶべきだと思うんです」

「確かに、その通りですな。ですが、大人の言うことに従うことも大切なのですぞ」

 

 お互い微笑んでいるはずなのだが、周りの空気がどんどんと重くなっていく。

 

「どうやら、悪い子には少し、お仕置きが必要なようですなぁ」

「子どもは大人に逆らうことで、大きく育っていくんですよ」

 

 オーリストはゆっくりと、大剣を背から下ろして構える。それは年季を感じさせる、実に堂に入ったものだった。対して、ガウレオは右手に持った剣を肩に乗せて、軽い足取りで近付いていく。

 二人の距離は狭まっていき、やがては大剣の間合いに入り、さらにお互いの間合いにまで入った。

 オーリストの後ろに結った白髪が風に揺れる。


 先に動いたのは老騎士オーリストだった。その剣は美しいまでに基本に沿っていた。基本に忠実が故に早く、正確な剣先は少年の脳天目掛けて振り下ろされる。しかし、その一撃は体を少し横にずらす事で容易く躱される。そして、そのまま脇をすり抜けて走り去っていく。

 

「そのうち帰ってきますからー」

 

 遠退いていく声を背中で聞きながら、息を深く吐き出すと、大声で笑いだす。

 

「わっはっは! 今のを避けますか! 見た目通りの子どもがきではありませんな」

 

 言うが早いか、オーリストは再び大剣を構え直し、さっきよりも素早く、鋭く振り下ろす。そして、その剣筋は驚く事に、途中で軌道を変えて、仮想の相手を切り捨てた。

 

「次は殺す」

 

 そう呟いて大剣を背負い直すと、その場を去っていくのだった。

『死に損ない』のオーリスト、彼が未だに十傑に名を連ねるのは、その名に相応しい実力と恐ろしい程の執念を持つからだ。その黄眼が輝く限り、彼は十傑にあり続けるだろう。



 城を出たガウレオは自分の魔力を飛ばして、グリゴリの魔力の波長を探し始める。

 彼の波長は普通の人間とは、変わっているので探しやすいし、彼なら貴族達の目を欺いて、キュオン達と合流することも容易いからだ。

 

 見つけた波長を頼りに進むと、大きな屋敷が集まった区画の隅に建てられた屋敷に着いた。

 塀を伝い、入り口に回り込むと門番をしているグリゴリがいた。

 

「ここでも門番なんですね。もしかして、結構好きなんですか。その仕事」

「はい。お待ちしておりました。どうぞ、ご案内致します」

 

 それは肯定なのだろうかと、首を傾げながら付いていくと、屋敷の横にある小さな訓練所に着いた。

 そこでは、褐色の肌をした女の子がスリーリンに従って、剣を振るっていた。

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