4話 像-イメージ- 前編

日の落ち始める頃に署へと西実くんと戻ってきた。

退勤の時間も間近になり、夏の寂寞感漂う夕日が今日もまた去っていく中で署内の人影はまばらだった。

多くの課は平和なのかもしれない、皆帰宅を始めている。

そんな安穏とした課を通り抜け、僕は自分のデスクに戻ってきた。


西見くんは熱心にも犯罪心理捜査官のところへと本事件、成川留美花猟奇殺人事件の意見を求めに飛んで行ってしまった。

働き者なのは結構だけど、程々にして欲しいなぁ。


軽く笑みを浮かべながら自分の机へゆっくりと座った。

「スズキ」と簡易的な名札の置かれた僕のデスクは、自慢じゃないけど小ざっぱり尚且つ整然としている。


自分の趣味のものはおろか、必要以上の文房具でさえ置く気は起きないし、寧ろ早急に邪魔って判断するクチだ。

例えば僕はあるロボット作品とダーツ。この2つが趣味だけども、わざわざプラモデルやマイダーツを持ち込んでは机上に、僕のホビーはこれだぞ、とばかりの自己主張を貼り付ける趣味はないわけだ。


何っ故っかって。僕の左斜め後ろ、窓際の同僚を例に取り上げる。

彼の机に目を向けると、まず”兵頭”と書かれた名札が見える。これは僕の席にもあるものだからあって然るべき、当然許容範囲だ。

次に目を引き飛び込んでくるのは、黒々した無機質なデスクトップ PC の上に飾ってあるフィギュアだ。作品は僕も嫌いじゃないけどね。

ツヤのある独特な紫色をした生体兵器のフィギュアは、独特の猫背で雄叫びをあげるポーズをとって電子機器の四角い山の頂に君臨している。

本人は趣味で飾ってるつもりでそれ以上大きな意味はないかもしれない。


が、僕にはどう映るかと言えば。

そのフィギュアの分だけ雑多な情報が増えてしまい、尚且つ加えて空間を盗まれてしまう感覚に陥る。あぁ忌避的感覚。

これこれ。場所を取られたり無駄が多いこと、コレ一番仕事してて厭なんだよね。

シンプルだけど、最も明快な理由ってことだ。

こうして見てる間にもその存在を以て己のスペースを主張するかの如く、彼の挙動は僕の瞳に網膜を通して像が結ばれている。

紫の体表には鮮やかな陽の寂しさが照り返ることで感情が浸み込んで、生きているみたいだ。

・・・いやー待った。生きてはいなくても、「個」として存在しているのではなかろうか。

僕はちょこっと思うわけだけど、「存在」ってものは自己の認識、他人の認識、それと両者が知ってる情報の捉え方で決まっちゃうのかもしれない。


今この状況では僕はフィギュアを見て観察して、そして認識した。で、まるで生きているような存在感があると観察結果を下した。

それを認知した時点で個の存在が確立された。


況してや存在自体に感情やパーソナリティを想像するまでに至ったら、僕が視覚から得ている僕の内面世界では存在そのものが想像した人格を獲得して事実に成り得る。


また僕以外の人からするとそれは相も変らぬただの人形かもしれない。興味がなければあることにすら気づかないかもしれない。

脳がものの見方を認知の差によって変えること、その最たるパターンには記憶に覚えがあった。


高校の頃、通学路途中の廃墟と化した洋館を、子供心の好奇心から二人の友人、大槻と小野瀬と一緒に探検しに行った。洋館はそもそもマニアなカメラマンがよく風景を撮影しに来るので、取り立てて怖い訳でもない場所だった。

自転車を止めて灰色かかった門を開けた。すると目に飛び込んできたのは生命の息吹が人の手を加えられず、無秩序に茂る青々とした庭園で、花もちらほらと咲いていた。それを対を為すように洋館自体は色と生命の気配を失い、モノトーンの空間を形成してた。


ちょうど今日のような夕日だったっけ、夕焼けがアンバランスな色彩の差に懐かしいような、空虚な寂しさのような感情を醸し出しでいたことを、今でもはっきりと覚えている。

正直僕と小野瀬はあまり乗り気ではないものの、冒険好きな大槻に連れてこられて巻き込まれ、向かったに過ぎない。

だからあまり面白くなかった。そこで僕は逆にからかってやろうと考えた。

前日のうちに大槻には事前に予習のため、情報収集を集めたと騙っては声色高々と

”やれあの館はかつて惨殺事件で一家が殺され無念が漂う。今でも侵入した人が血だらけで歩く人や高い召し物を着た女を見た、叫び声を聞くのだ。”と嘯いた。


大槻はその時声を震わせながら「やってやろうじゃん、幽霊捕まえようぜ」

とかなんとか強がっていた。

中に入ってずんずん進んでいく大槻をよそに僕らは遠巻きに後ろをつけて行くように歩いた。

ある部屋に入った時に大槻が入った時、僕は小野瀬と共に思い切り扉を閉めた。

閉じ込めてやったのだ。


いきなりのドッキリに喚くような怒るような声が後ろから聞こえてくる中、全力疾走した。

だが、バチはすぐ当たるものですぐに1人はぐれたのだ。

気づいた時には長い廊下の真ん中で孤独と暮れゆく外の光に怖くて寂しくなってきた。


その時。

廊下の突き当たりを「何か」が通った。

その何かは、綺麗な朱色の着物を着た女性だった気がする。

そんなはずはない、あの話は僕と小野瀬の作り話だ。

背筋が寒くなり、ふと振り返る。

反対側の廊下の突き当たりを長い髪の女性が歩いて行く、気がした。

間違いない、着物の隙間から白くて綺麗なうなじが艶かしくそこにあったような…。


そんなはずはない!と勇気を出して近づくと、空いた窓から入り込む風で赤いカーテンがたなびいていた。

なんだ、女性なんていないじゃないか。

自分がした話で自分が「幽霊がいる」と思い込んで見えてしまった。それだけの話だった。

幽霊の正体見たり枯れ尾花、とはよく言うけど実際こんなモンなんだろう。


 結局その日は僕らの行いにブチ切れる大槻の罵声を浴びながら帰ってきた。

話を聞いてビビってしまった大槻も同じところで赤い服の女性を見た、「帰れ。立ち去れ」と声をかけられたとか言っていたが僕はその正体を知っている。

知った途端に物は見方を変えてそこに存在している、ただそれだけの話。

大槻の中には幽霊はいて、僕の中には幽霊はいない。


自分の中に作り出した話が、想像が赤いカーテンの認知を変えてしまい、彼の心の中で女性という像を確立したということだ。


 思えば。

僕のこの警察とかいう職業は、正しい像を情報を基に作り出す作業なのかもしれないなぁ。

現場にあった情報を、正しく整理して積み上げる。

積み上げた先に正しい答えを見る。

突き当たりの廊下に女性が見えているうちは間違った認識がそこにあって。

もっと正しくモノを見ようとして初めてカーテンと気づく。正解に辿り着く。

犯人探しっていうのは、そう言う作業の繰り返しなのかもね。


 そして現実を正しくみるための情報がまた今日も、僕の元に運ばれてくる。

「聡くん、早速検死結果と現場検証結果を持ってきたよ」

はぁ…ほらね。

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水底のトモカヅキ ~和菓子処 白狼房の事件簿~ ひやニキ @byakko_yun

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