1.5話 影の胎動
もし全知全能の神がいれば、時間は戻せるのだろうか。
私は戻せると信じている。全てを知り、あらゆる超常の能力を持っているが故に「全知全能」と考えるが故だ。
だが、現実には不可能を可能にすること自体あり得ない。
あぁ、誰でもいい。誰か時を戻せるのならば、私の過ちを消してくれ。
殺したかったわけではない。・・・いやそんなのは自分への言い訳だ、嘘だ。
その後私はどうしたのだ。
ざぶざぶと。水で洗い清めた。悪い子だと言い聞かせたかったのだ。
反省するわけでもなく、言葉を発しやめろと懇願するわけでもなく、彼女は死んだ。息をせぬ、ただの高分子タンパク質と炭水化物と脂肪の塊となり果てて、今日日目の前に転がっているではないか。
鼓動が浅く速く体を駆け巡る。ただ数瞬のうちに起こった出来事を、私が犯した過ちを私の心が否定する。拒絶する。
刹那、罪の意識から鋭敏になった耳が音を捉えた。
後ろで音がして人の気配がする。見られてしまったか。
「これはこれは。グッドならぬ、バッドタイミングでしたか。」
この人も殺さねば。そう強く思った。私の罪科が知れ渡ってしまう。
それにも拘わらず私の口からは
「助けてくれ。」
相反する、縋るような言葉が口から出る。私自身も一体何を発音しているのかと、理解に苦しむ。
「助けて欲しい?あなたは何も悪いことはしていないではないですか。
私があなたも、そちらの女性も人生をやり直す手立てを各々用意して差し上げましょう。人の人生、やり直すのに遅すぎることはありません。」
今なんといった。聞き違いでなければ。
私だけでなく、この女だったものも人生をやり直す。
それではまるで生き返るみたいではないか。
この人は時間を戻せなくても、死者蘇生が出来ると言うのだろうか。
だったら。それが真ならば。この人は私を救ってくれるのかもしれない。
私の中に、私だけの神が創られた瞬間だった。
全ては。人生と過ちをやり直すために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます