2話 再会 後編
「早速事件の捜査に当たりましょう。
まず被害者の特定、それから関係者を洗い出し聞き込み、加害者の残した残留物や証拠集め。
やることは山ほどあります」
西実は毅然とした態度で言葉を発した。
若くから冷徹に犯人を一人ひとり検挙してきた、仕事の出来る女ならではの風格が出ている。
「やぁー実はね、被害者はもう特定出来ているよ。
一昨日から行方不明で捜索願が出ている子がいてね。
心苦しいが親に確認してもらったらビンゴだったよ。
朝のうちだけで調べがついてしまったくらいだ、と言っても不幸中の幸い。
捜索中の時点での身辺情報と結びついただけの話だがね」
明るく取り繕うものの、その目には憂えが垣間見える。
まだ若い命が奪われたことに心を痛めていることは、想像に難くない。
「被害者の名前は
ただし、それ以外の素性はあまり明るいものではなさそうだね。
どうも夜の怪しいバイトをしていたらしいのが現在判明している。
その筋での名前は『るかにゃん』らしい。
少し肉付きはいいが綺麗な顔立ちだし、男受けはそれなりに良さそうだね。
美人度合いではうちの妻には何人たりとも敵わないけどね」
冗談めかしながら、生前の写真をふいと西実に寄こした。
確かに少し団子鼻だが、黒目勝ちの、丸い顔をした可愛げのある少女だ。
似ている訳ではないがどことなく、パグ犬の雰囲気が仄かに漂う。
どちらにせよ独特の雰囲気の愛くるしさを、その目鼻立ちや表情の一片にまで内包した顔立ちの印象を受けた。
「では、被害者の特定は完了しているわけですね。
関係者への聞き込みもスムーズになりました。
死亡推定時刻が判明したら、その時間この場所周辺で不審な動きがなかったか、情報を募る必要もあるでしょう」
ここで西実は言葉を止める。
この場を支配する、異常性への言及をするために一瞬言い淀んだようだ。
「それにしても、この惨状は一体…。
これ程までの猟奇的な行為をする動機はなんなのでしょうか。
私はそこが一番の疑問です」
その言葉を聞き、寿々木の目に刀剣のような、鋭い光が宿った。
「『動機』って、それはなんの動機だい?」
急な雰囲気の変わりように西実はたじろいだ。
「何・・・とはここまで無惨な猟奇殺人の動機、ですが・・・」
「ん~。猟奇的な殺人の動機ねぇ、僕は殺す理由なんて周りが勝手にラベルを貼りつけて勝手に決め付けるものだと、そう思っているよ」
「『ラベル』、『決めつけ』ですか?
一体それはどういうことでしょう」
西実は怪訝な顔で聞き返す。
それもそうだ。いきなりの意味不明な言い回しに、戸惑うのは当然のことだ。
「そう、『決めつけ』…何がいいたいかっていうとだね。
犯罪っていうものは犯人個人の中にぐるぐると存在する感情的なものが根源だと思うんだよ。
それがふらっと『その時』『そのタイミング』が来たから事を起こしてしまう。
そこに理由なんてないんだよ。
たとえ計画的であっても根本は『殺したかったから殺す』だけなんじゃないかなと。
それをさぁ、第三者が好きなように、解釈しやすいように、納得しやすいように言葉に置き換えているだけだ。
そんな風に犯人と相対して感じてるんだよね。
ふふっ、不思議なことを言ってるように感じるかな?」
何を言ってるのか分からない、という西実に対し一度聡は言葉を止める。
「いいかい?
彼らはただ感情が募り、殺したくなったから殺す。
それはそれは感情的な衝動でありながらも、それはそれは冷静な精神状態で人殺しをこなしきってしまうのだろう」
たまたま心に沸き起こった、突発的な感情に明確な理由付けなど出来ないということだろうか。
“加害者が殺したいから殺しました”と言ってるようなものじゃないか、と西実は思考を巡らせて、眼の前の男の口から出る言葉の波を理解しようとした。
「でもね。
僕が今知りたい動機は、そんな分かりきったような事柄じゃないんだ。
僕が知りたいのは―――『遺体を切り取った理由』だよ」
そう言い放つ寿々木の目は眼光は、さながら獲物を凝(じっ)と見る猛禽類のような鋭さと、蛇のような、黒々とした執念を湛えていた。
その眼差しは西実を急に深い思考の井戸から現実へと引っ張り上げた。
切り取った理由ですか、と短く西実は呟いた。
「西実。君だったらどんなどういう理由があったら人を解体して持ち去る?」
刹那、西実はぬるりとした生臭くて厭らしく温かい風が吹いた気がした。
不可解で生理的嫌悪を感じる質問に、西実は答えることはおろか、その言葉を正常に思考することすら直ぐにはできなかった。
どういう理由で?解体?
頭が混乱する。考えたこともない物事に頭の中がぐるぐるとしてくる。
だってそれこそ、感情的で衝動的なものではないのか?
犯人が異常な趣味で持ち去って満足と由悦に浸っているだけに違いないだろう。そう考える理屈もある。
が、それが即座に喉から音となって出てこなかった。
「僕はね、同じ問いを当時守咲先輩にされた。そしてなんの検討もつかなかった。
ただただ冗談を飛ばして、その質問の気味の悪さを紛らわすしかなかった。今も尚、あの
質問に一人では完答花丸100点満点を出せずにいる。
勿論、完璧な答えなんて犯人以外知る由も無いし、下手したら犯人も知らないんだけどね。
君は元々は、大学で心理学を深く学んでいると聞いた。
だから君の手助けがあれば犯人の心理状態から完答が導き出せるのではないかと、そう思ってしまったんだ。
いや、それでも…イジワルで気味の悪い質問であったことに変わりはない。すまなかったね」
その場で寿々木はばつの悪そうな顔をした。
ぐるぐるとした光景が、元の河原に戻っていく。
「いえ、先輩。大丈夫…です。むしろ話して下さって有難うございます。
私も、ヒントくらいなら差し上げることが出来るかもしれません」
何、と声を上げ寿々木の目の色が変わる。鋭さが目に再び戻る。
「これは、いわゆる『スーベニア』ではないでしょうか。日本語では記念物と言います。犯人の立場からしたら戦利品、でしょうか。
犯人が殺人を行った情動、その昂りを忘れずに何度も想起するために、所持し続ける、被害者に関連した品々です。
つまり、犯人にとっては快楽を満たし続けるために、リスクに拘わらず所持し続ける、価値のある物品というわけです。
なので今後も犯人は所持し続ける可能性が非常に高いです」
一息で西実は言い切った。
「つまり、自分が行った犯罪の勲章ということかな。
で、それを見ては思い出して…おっとあまり言うと下品な例えになっちゃうね。失敬失敬」
寿々木は一気に押し寄せた言葉の津波を、自分なりに噛み砕いて理解したようだ。
「そういうことです。
ですから、もしかすると…持ち去られた部位を捨てない限り犯人につながる証拠になり得るのではないでしょうか。」
状況を考えればスーベニアであることは可能性として非常に高い。
大きな手がかりを本人が話さず持っているのだから、死亡推定時刻の前後、この一帯をうろついていた人間の家宅捜索なり関係者を洗い出し捜査すれば本来話は簡単ではないのか。
「そうなると不思議な点が一つ。その犯罪の勲章は18年前見つからなかった。
西実の言う通りだとすると二つの可能性がここで考えられる。
1.犯人は捜査線上に上がってこなかった人物、つまり関係者外。
2.犯人はスーベニアを廃棄した。
勿論スーベニアではない可能性もあるだろう。
現在考えられる可能性を考慮するとこうなる、ってだけの話だよ。」
当時は見つからなかった。隠されたのか捨てたのか。
関係者外だから捜査線上に上がらずに、というパターンは納得がいく。
果たして今回は見つかるのだろうか…。それともまたしても戦利品は加害者の手から返ってこないのだろうか…。
でも”スーベニアなどそういった類のものでない”とはどういうことなのだろうか。
それは―――つまり感情的でも衝動的でもない理由が裏にあるということなのだろうか、でもそうだとしたら一体なんのために、どうして切り取って、持ち去らなきゃならないのだろう。
不気味、ひたすらに理由を考えるほど気味が悪くなり、そして思考はまるで影が冷たい水の中に引っ張っていくようだ。
その冷たさに頭が麻痺していく。
――――あぁそうか。こうしてこの水底に、先輩は引っ張られていったのか。
解けるまで、判るまで苛み続ける暗くて重い水の底へ。
守咲の口の端にどこか悲しく、皮肉めいた笑みが口に自然と浮かんだ。
7月30日早朝。一つの殺人事件と、心を引っ張り沈める影が蠢きだした。
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