第11話 ハレンチ学園演劇部オーディション(青瓢箪さん)

 恋は盲目。


 目はハート、耳は大きくなる。足は軽やかに、手は汗ばんで、口は何も言えなくなり、鼻は彼の汗の香りに敏感になる。髪型も服もあなた好みにしたい。からだはあなたに作り変えられ、心はもちろんあなたのもの。






 〇〇〇〇〇〇





「中学でも演劇部だったんだね、経験者だ」


「はい!!」



 ああ、甘くて耳に残るなんというお声!!その声で私を叱ってほしい。その声で褒めてほしい。その声で私の名前を呼んでほしい。私は坂東エリカ、エリカです、先輩!!


 鈴木先輩、かっこいいなあ!背も高いし細いし、ビシッと決めたオールバックとメガネ。メガネを拭く仕草、かけた後の眼差しにやられてしまった。


 部長でブタカンで脚本家で演出家、なんでもやっちゃう彼。噂によればお気に入りの子は特別可愛がってもらえるらしい。


 意気込んでオーディションに来たが、出てくるのは号泣の女子。私は絶対泣かない。泣くもんですか!彼に怒られるなんてご褒美以外の何者でもない。無視させない。彼のメガネの向こうの目に、私を焼き付けてやる。



「君にはこれからここに書いてあることを演じてもらう。いいね?」


「はい!鈴木先輩!」


「いい返事だね、坂東さん」


「は、はい!」


「紙を裏返して」



 そして私は、驚きと迷いと悩みと羞恥の中、彼の眼差しを感じながら3つの寸劇をした。





『ミレー作 チン毛拾い』



「あ、あのう。演じる前に質問してもいいですか?」


「却下だ」


「はい!や、演ります!」



 鈴木先輩のやや鋭い目が私を射抜く。これは泣いちゃう子がいるだろうなあ。私はミレーさんを知らない。だがミレー作、ということは何かの絵画だ。きっと洋画だ。そして『チン』はもちろんそうだとして、『毛』とくる。私は全くその絵がどういう絵画なのかわからなかった。チン毛のせいもあるけど洋画イコールエロいという、大変失礼で間違った思考回路が働いた。全裸だ!!



 パン

 鈴木先輩の両手が音を立てて、私を誘う。



 全裸のお姉さんの油絵。栗色の髪を乱した彼女は、先ほど疲れ切ってしまったその体を真っ白なシーツに預ける。シーツに見つけた愛する人のそれを拾う。足をパタパタしながら少し遊ぶ。ちょっと面白くなってしまって、ふふっとなる。



 パン



 鈴木先輩の両手が音を立てて、私を引き戻す。教室の床に寝そべっていた私は急いで、スカートを直してパンパンする。



「……よかったですよ、坂東さん」



 ぼそっと呟いた声がまたすごくて。私は失神しそうになる。


 この人はきっと何かふつうのひととは違うものを持ってる。私は少しでもそれを学びたい。あなたのそばに置いてほしい。あなたに近づきたい。






 〇〇〇〇〇〇





 俺は佐藤ヒロシ。この演劇部の副部長をしている。今俺らはオーディションの真っ最中だ。鈴木目当てできた女どもが次々脱落する中、この女はだけはただ者ではなかった。まあ隣でクールに決めている鈴木もまた、ネジの吹っ飛んだやつなのだが。




 少し前、お題の紙を見せてもらった。



『パコ太郎作 ペンおっぱい恥部アップペン』




 お前はいったい、新入生に何を求めてるんだ!?彼の返事はこうだった。



「羞恥心とは、恥ずかしい、とはどういうことをいう?内に自分を秘めて隠して、表に出さない。自分をさらけ出さない。暴かない。そんなもの演技をする上で邪魔なものだ。それでは恥ずかしがり屋の演技しかできない。全て取っ払うのだ。まあ苦悩して羞恥心と戦い、自己を表現しようともがく姿も美しいんだが。まあ要は美しくもがけよ、ということだ」


「あー、うーんもっといいお題あったろ?」


「エロスとは何か?SMとは何か?」


「いい、聞かん。知らん。興味がない」


「僕は知りたい。僕についてこれる人がいるのか、それを確かめたい、僕の舞台に必要なんだ。僕の言うことを聞ける人が、」



 その時の彼の目に俺は身震いしてしまった。こいつと初めて会った時から何百回目かのそれ。幼なじみの俺が保証する、こいつは普通じゃない。俺はその正体を探している。彼の目に囚われ、言うことを聞いてきた日々。それは決して嫌ではなく、むしろ…そしてこの得体の知れない彼についていく。それこそ磁石のように。影のように。



「お前は、いったいいくつだ?実は200歳とかだろ?」


「しっくすてぃーん」


「けっ、お前の才能がうらやましいよ」


「そうか?僕は佐藤の能力もうらやましいけどな」



 うるせ、みんなバカにしやがって。鈴木とのやりとりを思い出しながら目の前の彼女を見る。さて、どうするのか。戸惑い悩み、真剣な眉間にはシワがよる。どこか虚空を睨みつける。かと思えば八の字眉毛になる。自信があるのかないのか、よくわからない彼女。



「時間です」



 鈴木の冷たい声がする。ゾクゾクする。彼は今そうゆう演技をしているから仕方ない。



 パン




 彼女はお尻ペンペンと大きな胸と恥ずかしいところのアピールを繰り返す。本家とは似つかない踊りと歌を披露した。

 開脚、スカートから伸びる太もも。そして黒のハイソックス。赤いつま先のバレーシューズ。ふくよかな胸と恥部。どれもふつうの男なら嬉しいのだろう。俺はふつうになりたかった。お前はいつまでたっても俺を手放してはくれなかった。いいや俺が離れられなかった。




 パン



「……身体がやわらかいんですね」



 事務的な口調でホッとしたが、それもつかの間、彼はうっすらと微笑んだのだ。



「ここまできたのはあなたが初めてだ」



 彼女から見たら微笑んでいるように見えないのかもしれない。口端がわずかに上がる。彼と彼女はしばらく見つめ合い、何かがつながる。




さん、三枚目をどうぞ」



 俺は彼女に嫉妬すら覚えた。彼と彼女は出会ってしまったのだ。外れたネジのネジ穴をかちゃかちゃしながら、ずれながら強引に締めて潰しているような気もするが、見つけてしまったのだ。


 だが、最後はアレだ。俺はお題の紙を見たとたん崩れ落ちた彼女に同情する。




『太郎くん と 花子さんの 手による生殖行動』




 意味がわからないよな?鈴木の相手は大変だぞ?理解するのも受け入れるのも、少し注意して社会に溶け込むように、彼を守るんだ。いや俺がそれをできていたわけじゃない。俺は彼とはそうゆう関係じゃない、俺がただ密かに内に秘めていただけだ。自分で言うのもなんだが俺は影が薄い。長くこいつのそばにいたせいで目立たないよう、邪魔にならぬような行動をついしてしまう。それが俺の能力、影が薄いからかなり舞台向きではない。今まで俺が務めた役は全てが人間じゃない。鈴木が脚本を書くのだ。俺はこの太郎と花子は人外とみている。


 彼女はピクリともしない。



 パン



 音とともに彼女の両手だけが、別の生き物へ変化する。右手を左手が誘い出す。左手は太郎、花子は少しためらう。右手が未だそっぽを向く中、突然太郎は花子に襲いかかる。かと思えばゆっくりとした動作で、袖を脱がしていく。グーの右手を太郎は親指の側から責める。爪でかいてみたり指の間を行き来したり。そのうちその手は開いていく、汗ばんだ手はピクピクと感じながら…



 パンッ!







 〇〇〇〇〇〇







 はっ!?寝てた!寝てたの私?


 なっつ!両手に感情移入させてクネクネさせた夢を見ていた。こんなところで。


 だって舞台袖だよ?がちゃがちゃしてんのにビックリだわ。


 アレがすべての始まり。

 そして今、ついにここまで来た。


 カーネギーホール。

 お客さんたちの熱狂を肌で感じる。

 ああ、私を誘う。


そして舞台で待つ鈴木先輩。仕事の上でもパートナー、私の夫で私のもの。

もちろん私もあなたのもの。



「エリカさん、出番です」


「ありがとう」



 舞台に向かう私に向かってみせるその顔、ついてこれるか?エリカ。そう聞こえてくる気さえする。私が応えればその顔はとても満足そうに笑う。その笑顔が見たくて、そのためなら私はなんだってできるのだ。



 ああ、早く笑ってくれないかなあ。

 愛してる。





〇〇〇〇〇〇



あのあと、エリカは無事に演劇部に入部を果たし、鈴木先輩の秘蔵っ子になった。才能を見出した彼の厳しい指導を受け、主役を何回も務めた。彼女は大物スカウトマンの目にとまり、即興でエロネタを演じきるエンターテイメント界の新星となって様々な大舞台をこなしていった。国内に留まらず、海外でも火がつき各地でツアー巡業もした。


 俺は、鈴木と彼女のマネージャーになった。つまりは鈴木夫婦のマネージャーだ。高校を卒業した俺に、鈴木がそう提案してきた。正直俺はもう嫌だった。俺ではけっして辿り着けない2人の世界を、この先見続けるのかと。そんな俺を嘲笑い、全てを知っている彼は俺に囁く。



「僕のエリカを頼めるのはお前だけだ」


「鈴木!」


、お前の好きなところは俺の言うことを聞くところなんだがなあ」



 この野郎ふざけんな、名前を呼べば言うことを聞くと思ってんのか!俺はおもちゃか!!と内心思いつつ、彼の最後の言葉に陥落した。



「画面で見るより生がいいだろ?まあ俺はお前にも見てほしいんだよ。お前だって見たいよな?」



 くそ!悪魔、鬼!笑顔で言うんじゃねえ!!俺のいたいけな心をもてあそびやがって!


 それでも俺はだめなんだ。彼が好きで、彼の笑顔が好きで、彼が好きなエリカも面白くて好きだ。2人の活躍を特等席で見れるのも俺の特権。


 だけどなあ、いつか絶対お前よりいいやつ見つけて幸せになってマネージャーなんて辞めてやる!そんで困ってしまえ!


 それよりもまずは、今はこの大舞台を終えないと。



「エリカさん、出番です」





〇〇〇〇〇〇





 愛は見つめて。


 時の波に揺られて熱々の心は冷めていき、体は老いていく。彼の良くも悪くもいろんなところを知ってなお、離れられない体と心。そのかわりあなたも自分のもの。求め合う生き物は見つめ合う。


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短編リライトの会用 新吉 @bottiti

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