第9話 姫騎士フィル(やえくさん)

「そのとき、俺は偶然見ちまったんだな」


「あ、例の女騎士?」


「超美人だって噂のな。しかも強えし、吐かないなら締めるぞって!」


「締められたのか?」


「ああ、俺じゃないけど。ちょっと羨ましいと思うわけだよ」


「屋敷付き辞めて、俺もそっち行くかな」


「ダンナ、怖えしな。来たらいつでも歓迎だぜ」




 〇〇〇〇〇〇





 まんまるおつきさま

 夜の空にぽっかり空いた穴


 白く明るく

 悪いことなんて何にもできないような

 そんな夜


 悪いことをしたらきっと

 穴の中から神さまが

 長い長い手を出して

 連れ去ってしまうでしょう




「そうゆうわけにもいかないんだ」



 悪いやつらは裁かれなくてはいけない。神の鉄槌だって生ぬるい。私が直接見つけて追いかけて、悪を裁く。この国をこの国の民を、この国の民を支える血筋の者も全部。全部守ってみせる。私は守られるだけなんて嫌なんだ。そうして私は騎士となった。



「何か言いました?フィルシア様?」


「何にも。それより呼び名、気をつけなさい」


「あ、ごめんなさいフィルシリア様!」


「モニカ、反応が大げさですよ」



 全然反省していなさそうな仕草のモニカに呆れてしまう。だけどまあ売人の話が長くて、ちょっとポエムを読みかけていたから助かった。

 とても可愛いポーズのモニカだけれど、真っ黒けで偵察と暗殺に特化した、呪い屋のひとり。この国にはびこる『悪いやつら』の元仲間だ。張り込みは慣れているから連れてけと騒ぐから連れてきた。今は私たちの仲間だ、私はそう信じている。


 最近、幻惑薬が出回り問題となっている。売人を尾行したところ、とある貴族の屋敷に行き着いたので張り込んではみたが、動きがない。

 いいや、近くの植木が動いた。

 こちらを見つけた男が身構えるより早く、モニカの拳が男の鳩尾に刺さる。彼女よりもはるかに大柄な男はモニカの足元へ崩れ落ちる。男の持っていた灯が落ち芝生が燃えていく。


 明るい夜はさらに明るく燃えていく。



「火だ!!火をつけられた!」



 別の警備の叫ぶ声が聞こえた。



「あちゃちゃ、ごめんなさい!」



 モニカが舌を出すが、その舌で唇をペロリと一周する。張り込みが得意なのではなかったのかしら?奇襲にぴったりな夜だったし、まあよしとします。彼女には私にはない、どこか心を許してしまうちゃめっけがある。

 包囲するように、多数の足音が迫る。



「仕方ないですね」



 もはや、生け垣の影に座っている意味もない。立ち上がり、庭園の中央に出る。さあ来るがいい。こうなったら私は逃げも隠れもしないから。いつもどおり狙われやすくて目立つところへ。



「何事だ?」



 屋敷のテラス戸が開かれ、売人の男と成金じみた服装の男が姿を見せる。

 月明かりと庭の炎に照らされた悪趣味な彼。イモデ・ウド家の分家の者だった気がするが。名は忘れた。



「ダンナぁ、こいつです。俺らをつけまわってたのは」


「ああ噂の麗しき女騎士、我が家にようこそ。さてさて、なんのご用でしょう?」



 私は高らかに告げる。



「とある品の売人を追ってここへ来た。この屋敷にも容疑がかかっている。当局に出頭し、潔く罪を償うがよい。今なら寛大な処置で済まされよう」


「ははっ!私には何のことやら」



 売人がダンナって呼んでるけど、反省なし。たしかに確固たる証拠はない。



「それより我が家に何も言わずにこっそりやってきた件はどうするのかな?事前にお話でも頂ければ歓迎の準備ができたのに!警備の者も怪我をして、庭も燃えているようですが?」


 普通の騎士ならばそうだろう、貴族からそのような話が来れば厳重に罰せられる。貴族は階級が上だからなんでもできる。誰だそんなこと言ったのは?



「その売人とは何の取引を?」


「こいつは売人じゃない。禁断の品だなんて取引もしてない。何も悪いことはしやしません」


「警備と武装はいつもからこうなのか?そんなに守らなければいけないものが、ここにはあるのか」


「私、ですよ。そうです、普段からこの警備でみんな私を守ってくれています」



 椅子に踏ん反り返った成金男が、さも当然のもうに言う。


 イラァ


 この男以外のみんなの気持ちが1つになった瞬間だった。


 影の方で影のようになって黙ってみていたモニカがウズウズし出す。だめだと首を振るが、ああ!!だめよモニカ、そんな下品な!やっちゃっていいすか?的なファンキーなサインが送られて来る。



「あ!!」



 この売人、目ざとい。

 影のモニカを声を上げ、指をさそうとするが、かなわず倒れこむ。気配を消して懐に飛び込んだモニカの一撃がクリーンヒットしたようだ。みんな突然現れた黒ずくめの少女に驚いている。



「あんたたち」



 呻く売人を蹴り、警備のやつらの方へ転がす。



「こんなダンナの下で働いて恥ずかしくないんかーい!!」



 警備兵たちに動揺が走る。

 成金男は、突然の暴力に怯えてすらいる。



「私はなあ、前の主人を捨てこの方に仕えている。なぜか!!この方がいかに素晴らしいか、それを身に染みてわかったからだ!この国を想い、この国のために日夜働くこのお方こそ、泣く子も黙るセレガウリア国が第二王女、フィルシア様その人である!」



 モニカは私の身分をバラす。まったく本当に困った子。彼女を救った時ある程度のゴタゴタは覚悟していた。それなのに彼女はいとも簡単にそれをかいくぐって私のところへ、文字通り飛び込んできた。私の力より彼女の秘めていた力の方がすごい。

 騎士であるフィルシリアは世を忍ぶ仮の姿。第二王女であるフィルシアが私の本当の肩書。



「は? へ? は?」



 成金男が私の顔を見る。

 王城で挨拶程度は交わしておるから、フィルシアを知らぬはずがあるまい。



「フィルシア様っ。こ、これはとんだ失礼を」



 慌てて、成金男は膝をつく。その代わりっぷり。頭を上げたり下げたり忙しい男だ。



「先も申したが、当局に出頭するがよい。三度は言わぬ」


「ぐううぅ!!いいや!違う!違うだろ!?フィルシア様のような高貴な方が、このような場所に、このような野蛮な姿で来られるはずがない!!!何を見ている!お前ら早く侵入者をやっつけろ!!」



 またも頭を上げ、服の色と同じくらい真っ赤な目で周りを見渡す。唾が飛び散る。



「うっさいハゲ!」


「そうだ!俺らをこき使いやがって!」


「お前なんかのためじゃねぇ、家族のためだ!!」


「ふざけんな!」



 成金男を寄ってたかって暴行する警備兵たち。




「あーらら」



 舌を出すモニカ。とりあえず現場検証のための応援とヒーラーを数名、派遣してもらう必要があるようだ。


 ぱっと見、ただのストライキだけれど。







〇〇〇〇〇〇





私は悪を許さない

代わりに悪の心を捨てたものは

いつでも歓迎です

私のもとへ

神様におつきさまに

連れていかれちゃう前に

私のもとへいらっしゃい

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