第10話 Beggar and a little girl(歌田うたさん)

 雲のない夜


 星が散らばっている

 人は死んだら星になるという

 ほんとかなあ


 澄んだ空気の中

 そのずっと上の方から

 流れ星がひとつ

 向こうの方へ落ちていく




 そらなんて見るものじゃないなあ

 願いごとなんかをしたくなってしまう





 〇〇〇〇〇〇









「みなさんこんにちは。お昼のニュースです。今朝7時ごろ〇〇駅で人身事故があり、〇〇〇線は一時遅延しましたが、現在通常通りに運行しています。その同じ駅前の付近のビルから身元不明のホームレスとみられる男が転落し、死亡しました」



 ふーん。あの駅でねえ。どうせどっちも自殺だろ。みんな死ねるのはすごいなあ。死にたいと思ってもなかなか死ねないもんなあ。



「いってきます」



 何も返事のない部屋から、抜け出す。


 俺はいわゆる夢を追う一人だ。俺はそのために働いている。仕事の合間に時折ギターを持っては夜の駅や公園で歌う。もちろん注意されたらやめる、金のある時はスタジオを借りる。バンドメンバーだっている。


 昼過ぎからのいつもの慣れた仕事を終えて、帰り道いつもの駅を歩く。家に帰るため忙しない人が行き交う大通り。ふと目を向けると人通りの少ない路地に地元のカメラが置きっぱで、ニュースを思い出した。


 どんなに辛くて寒かったろう

 それとも足を滑らせたのか

 この地方ではあまりない雪を見て

 俺と同じく少しばかり浮かれたのか


 そこで昨日の雪を思い出した。起きた時にはすっかり忘れてしまっていた昨日の出来事が色をつけて蘇っていく。







 〇〇〇〇




 俺はそっちを見ないように歩き、どこかいい場所がないか探していた。久しぶりの雪に少しハイになって、こんなに寒いのに歌ってやろうと決めた。といっても舞っているだけですぐに止んでしまったが。重くどんよりした雲の空、いつまた雪が降り出してもおかしくはない。


 ギターを片手に駅前で準備をする。俺が決めた位置からその男が見えていたがさほど気にしていなかった。寒そうなつぎはぎだらけの服を着ていて体育座りしている。その足の前には何やら銀色のボウルが置かれている。周りの人はみてみぬふり。まあ俺と同じ。きいてきかぬふり。かれらの目や耳に入ったところで、ただそれだけでは入ったことにされないのだ。みたくてみたんじゃない、ききたくてきいたんじゃない。そんな人たちを振り向かせるため、自分のために歌う。


 そのうち本格的に寒くなり出しそろそろ帰ろうとしていると、あの男の前に女の子がやってきた。一人っきりだ。ネイビーのコートに水色のマフラー。顔まで見えないし何か話しかけているようだけど、ここまでは届かない。男は特別何も動かなかった。程なくして駅員がやってきて、少女のそばでしゃがむ。なにやら首を振る少女。駅員は男の腕を掴み、立ち上がるように促した。半ば無理矢理男が駅の外へと連れて行かれる。少女はコートのポケットから出したお札をそれに入れた。そして走って追いかけていく。銀色のボウルを持って。


 俺も注意されるな、と早めに切り上げて家に帰った。明かりのない部屋に、ただいま。



 寝る間際にふと気になった。


 少女は彼になんと言ったのだろう

 あの銀色のボウルを渡せたんだろうか

 あの人喜んだのかな

 何か買ったのかな

 今日はこんなに寒いから

 俺なら肉まんだな





 〇〇〇〇〇〇



 星がキレイ


 人は死んだら星になるって

 どこかで聞いたことがある


 届かない

 遠くて遠くて

 叫んでも睨みつけても

 呼んでも笑いかけてみても

 だけどみんなそれをやめない


 寒いなあ

 帰りたくないけど

 お家に帰ろう

 おじさんからもらった傘を持って


 ギターの音が耳に残っていて

 私はまた歌う






 〇〇〇〇〇〇







 ちょっと聞いて、私ね、コンビニのアルバイトしてるんだけどさ、今日自殺してニュースになった人いるじゃん?


 違う、電車の方じゃなくて飛び降りの方!


 そう、遅延して大変だったよね。そっか。ああそれでねあの駅前のコンビニでバイトしてんの。あれ言ってなかったっけ?


 そう、そう!なんかもういかにもーって感じの!今までも何人かいたんだけどさ、なんとなくじーっと見ちゃって。まあそれでね、雪降ったでしょ?昨日。


 その人、千円札で傘買ったの。違うよ、ビニールのじゃないいい傘!男物のかっちりしてるやつ。それだけでほとんど千円なくなっちゃってさ。


 寒そーな格好でさ、いかにもご飯食べてなさそうな感じなのに傘だよ?せめてあったかい飲み物買えばいいのに。

 店の中のゴミ箱に袋とか捨てて、出るなり開いてった。


 ねー、まあ、寒かったからかなあ。服は買えなくても濡れなくて済むしね。コート着てても寒いじゃん。


 まあね、違う人かもしれないよね。そうだね、傘さして家に、ああ家ないのか。どっか寝るところに帰ったよね多分。

 今日もこんな寒いしね。







 〇〇〇〇





 あー今日もギターバカがいる、注意しないと。うーむ、それよりあの子だな。またいる。今日は紺のコートに水色のマフラーをして、改札近くで傘を片手にきょろきょろ。昨日と違う服だし、髪も綺麗。元気そうだけどこのところ毎日夕方から夜にかけてウロウロしている。夜遅くなる前には家に帰っていくけど、児童相談所とかに電話した方がいいのかなあ。どうなんだろう?



「お嬢さん。最近、ずっとここに居るけれど誰かを待ってるの?」


「あの男の人を、待っているんです」


「あの男の人?」


「物乞いをしていた、おじさんです」



 驚いて、いっとき声が出なかった。

 それは、会えないはずだ。

 だってもう


 言うか言うまいか少し悩んだ。



「あの人はね……死んだんだ。あの雪の日、ビルの上から飛び降りて、死んだとニュースになっていたよ」



 女の子はすごく驚いて、そしてふらふらと傘を持ったまま歩いていく。

 一応声をかけたけどそのまま駅の外に行ってしまった。まあでもきっと家に帰るだろう。

 だって今日もこんなに寒いんだ。






 〇〇〇〇〇〇





 俺は今日も歌っている。


 いろんな人が行き交う中、いろんな人がいるなあと思いながら。

 サラリーマン、OLさん、酔っぱらい、カップル、学生さん、女の子。


 女の子だ。いつか見た、いや俺が勝手に見ていた女の子。なにやらふらふらと歩いている。俺はギターを急いでしまって、その子の後に追いつく。



「ねえ!」


「なんですか?」


「どこいくの?」


「わかんない」


「そっか」



 追いかけたわりに言葉が出てこない。そうだった、



「あの日、あの雪の日!君はあのおじさんになんて言ってたの?」



 彼女は呆けた顔からみるみる悲しい顔になっていく。



「私が、悪いの」



 泣き出しそうな雰囲気で俺は慌てて彼女を連れ出す。手がとても冷たくて、ひっぱられながらもついてきてくれた。


 今俺らは、駅前の公園でベンチに座ってコンビニで買ったほかほか肉まんを半分こして食べている。手もお腹もあったまる。彼女がポツリポツリと話してくれた。それはポタリポタリと雫になった。



「君は悪くないよ」


「…」


「悪くない」



 俺にはそれしか言えなかった。ひとしきり一緒にいて涙が落ち着いてきたころ、彼女は言った。



「お兄さんは何してるの?」


「俺はギターを鳴らして歌ってるの」


「どうして?」


「好きだから!お金にならないけどね」



 言いながら空しくなる。だけどそのとおり。



「そう、なの」


「ぜひ今度、駅に聞きにきてよ。あー怒られたらやめなきゃないけど」


「うん」


「そうだ!!今ここで歌うよ、ここでもよく歌うんだ」



 女の子は最初は聞くだけだったが、知っている曲は歌ってくれた。それが嬉しくて俺は彼女が知ってそうな曲を選んでギターを鳴らす。


 彼女が歌うきらきらぼしはとても綺麗で繊細で、だけど本当に切なくて悲しくて。


 それから彼女と別れたあとも彼女の声が離れなくて、俺は空を見上げる。



 今日も寒いから

 できることなら

 みんなみんなあったかいところへ

 みんなみんな幸せになりますように


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