第3話 川は流れる(水円 岳さん)

「おとうさーん?出かけるの?」


「うん、行ってきます」



 またカメラを持って出かけてったのは、うちの夫。趣味だとか俺の好きなことに手を出すなとか、口では言わないけど態度にバレバレですよ。別に家計を圧迫しているわけでもないけど、あなたと違って私は好きなことを我慢している。つまりは言いたいこともいろいろある。


 彼はあまり人間を撮らない。全然撮らないわけじゃないけど、花とか景色とか建物とか自然ばっかり。綺麗とかすごいとも思うけれどもっと私たちのこともとってほしい。もう子どもたちも大きくなってイベントも減ってしまったのもあるけど。それにいつもカメラマンで一緒に入って撮る写真は少ない。今日は雨なのにどこへ行くのだろう。まあ午後から晴れると天気予報の女の子は言っていた。窓際に行くともう雨は止んで、晴れ間も見えそうだ。


 ふとなんとなく川かなあと思った。前に一度見せてもらった川の写真。いろんな川があるもんだなあと思った。細い川、太い川、流れが急な川、水かさの増した川、大きな橋が架かる川、2つに分かれて行く川。昨日から降った雨でだいぶ水かさが増してるだろうし。あーそれより夕飯どうしようかな。そう思いながら買い物へ出かける。



「うーん、簡単でパパっと焼いて終わりなやつがいいなあ」


 口に出てた、恥ずかしい。あ、餃子安い!!そうだ、それがいい。久しぶりにホットプレートだそう!



 ぴるるるるるる。

「ねえお父さん、特売の餃子のパック2つ、買っていい?」


「…うん」


「じゃまたね」


「おお」






「お父さん、やっぱり多かった」


「多いだろうよ」


「真ん中から餃子詰めてこうまーるいやつ、作りたかったの」


「まあ食べ盛りもいるんだし」


「え?うちのこと?ダイエット中だから」



 ダイエットって!必要ないじゃない、と思いながらホットプレートから娘のお皿に乗っける。なんだかんだみんなで食べる。美味しいけどやっぱり多いなあ。もうしばらく餃子は見たくない。お兄ちゃんならこんな量、ぺろっと食べちゃうんだけどなあ。自分の失敗に少しへこむ。半月ほど前に都会に行ってしまった長男の姿を思い出す。長女も大学に行く準備をしている。手がかからなくなってきて、もう自分の元から離れていく。人生も折り返し地点、いろいろ振り返ってしまう。皿洗いをしながらあのときはこうだった、ああだったとめぐる。めぐるめぐる、排水溝に流れていく泡を見る。下水を流れて川につながって、川は海へとつながっていく。いろんな思いを飲み込んで海になる。


 物音にハッとして、いつもの晩酌どうするか聞こうと思って振り返る。私が何か言う前に、珍しくお父さんから声がかかる。



「なあ?」


「ん?」


「なんで電話したんだ?普段そんな連絡しないだろ?」



 なんの話か分からず止まってしまう。餃子の電話か。たしかに。



「なんでだろうね、なんとなくかな」


「多いって言えばよかったな」


「ああ、うん、まあうちが悪いし」


「いいや」



 お父さんは気にするな俺も悪いし、と言った。ただそれだけ。なのに


 もっとこの人と一緒にいたいと思った。大恋愛をしたわけでもないし、ここに来るまでだっていろいろあった。離婚の危機もあればちゃぶ台返しもあった。2人で映画に行ったり、話し込んだりもした。いろんな時を過ごして、これからまだしばらく一緒だ。



「ねえお父さん、今日の川の写真見せてよ」


「…曲がったし、見てもつまんないぞ」


「どうせブログには載せるんでしょ」


「好きなこと書いてるんだからいいだろ」


「川の何がそんなにいいの?」


「川はなあ…





 明日のご飯は何にしようかな。

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