第6話 試された大地(大地 鷲さん)
ねえねえこれなあに?
それは地球という。
回ってるね、青いのと緑のは何?
それは海と大地。
ふーん。海ってなあに?
しょっぱい水がいっぱいあるところさ。
しょっぱい?
こないだ教えた味の1つ。塩味、ヒトの涙の味だよ。
じゃあ、大地ってなあに?
ヒトがたくさんいるところさ。ヒトは頑張って海や空にもいれるように、乗り物や道具をたくさん作ってるんだよ。
ふーん。ねえ、たくさんのヒトってどれくらい?
そうだな、例えばここ。北海道のサッポロは5,000,026人。
ごひゃくまん、は多いの?
まあ多いかな。
そっか。
そしてこの子はなんのためらいもなく、地球の空の膜を上から押した。さっき私が指差した北海道は小さな指に押しつぶされる。
〇〇〇〇〇〇
ねえママ、あれなーに?
あれはねおそら
ちがうよ、あれ
えー?雲?
あれくもなの?
あー!おっきいテレビね、いろんなニュースが流れるの。みんなたくさん歩いてるでしょ?それでみんなに伝えたら、すぐ伝わるでしょ?
ちがうよー
信号が青に変わる
人の波がうごく
通りゃんせ通りゃんせ
ここはどこの細道じゃ
天神さまの細道じゃ
決して細道ではない
白いハシゴは人で見えなくなる
渡り切れる時間もある
だけど皆空を見上げる
ねえママ、あれなーに?
あれは
ママ、おそらがおちてきたね
おそらとべるかな?
行きはよいよい帰りはこわい
こわいながらも 通りゃんせ通りゃんせ
突き抜けるようなブルー
寒い空はより空気が澄んでいる
その風が降りてきている気さえする
空、としか言いようのないそれは
沈んで大地へやってくる
時間は動いている
時計も動いている
誰も動けなかった
誰も動けなかった
時の流れの証明
『通りゃんせ』の音が
ひどく耳に残る
点滅していた信号が赤に
同時に音もぴたりと止んだ
そして静かになる
この場を支配する感覚
純粋な子どもでさえ
しだいに状況を理解していく
ついには泣き出した
母親は走った
間に合わないことは百も承知だ
奇跡よ起きて
この子だけでもなんとか
瞬間
ヒトはアリのようにわらわらと散らばった
それだけでもけが人が出た
ヒトビトは絶叫と泣き声と悲鳴の合間に
耳には聞こえない終末の旋律を聞いた
『戦慄 の 週末The Shiver Weekend』大惨事の序曲が北の大地に響き渡る
ついに
空が——落ちた
後に<大空落>と呼ばれることになる、その災害の規模が判明したのは、二日後のことであった。
どうして俺は一緒じゃなかった。
なんで俺はそばにいなかった。
仕事?
そんなもん理由にならない。
怖かっただろう、辛かっただろう、痛かっただろう、泣きたかっただろう、苦しかっただろう、
俺みたいなな奴らがたくさんサッポロに向かっている。だけど途中で行き止まり。瓦礫もしたいも転がって、至る所で火事が起きてる。連絡が繋がらないだけで生きてる。なんて映画みたいなことでも起きてくれないかと、ずっと奇跡とやらを願っている。
公式発表、死者5,068,295人――
文字通り、札幌市は全滅した。
俺の妻と息子もその数の中だ。どうやら直下にいたらしい、というのもしたいが出てこないからそう判断するしかない、跡形もない。空が落ちてくるなんて、どこに恨みを向けたらいいのかすらわからないじゃないか。防ぎようがないじゃないか。前触れも予兆もないこのよくわからない試練とやらは、誰が決めたんだ。
誰がいつどうして
北海道を選んだ
なんでここじゃなきゃいけなかったんだ
意味がわからないよ
なんでこんなことになったんだ
突然帰るべきところがなくなってしまった
誰が悪いんだろう
一体俺らが何をしたっていうんだろう
どうして俺らは試されたんだ
いったいどうして
それがわからぬままに時が過ぎていく
復興
その二文字にかられながら
よくわからないままに
俺らは大地を見つめる
〇〇〇〇〇〇
ぱっぽー、ぱっぱっぽー
信号の曲には名前がない
だけどやっぱりどこか急かされる音だ
いつしか時は流れてもう7年
生きていれば中学生かな
何かもっと教えてやりたかったなと思う
妻と息子の笑顔を思い出しながら
まだまだまだ復興半ばの街を見る
突き抜けるような青い空
恨めしいほどの快晴
落ちてきた空は変わらず
俺らの遥か上にある
遥か上にあって
ときおり暑くなったり雨を降らしたり
しんしんと雪を積もらせる
見上げても声をかけても届かない
〇〇〇〇〇〇
ヒトってすごいんだね
いっぱい動いてる
もうむやみに手をつっこむなよ?
うん!足ならいい?
足もダメ、そんなにイタズラするなら手足くくるぞ
お前でなくて誰がヒトの子でも連れてくるかな
えー
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