史学科ホイホイ!つっこめ!ルネサンス!

異世界転移ものかと思いきや、いやそうなんですが、結構ガチの歴史ものでした。
この物語は、平凡な演劇部の生徒達が本の中に入り込んでしまう、という最近ありがちな話に見えて侮るなかれ!
その本とは『狂えるオルランド』という16世紀初頭イタリアの物語。
名古屋大学学術出版会から全訳が出ているあれです。

あれですとか言いつつ私もここでその詳細を知って驚きました。

作者アリオストは名門エステ家の庇護を受け、エステ家を礼賛するために物語を書きます。
それがこの『狂えるオルランド』。8世紀のヨーロッパを舞台にエステ家の御先祖が活躍する話なのです。

活躍と言っても、全然史実に基づいていなくて、メタ発言乱発、金髪の中国人アンジェリカ姫とかおかしすぎるキャラ設定だったり、ゴブリンとかも出て来るし、どこの異世界やーーーー!!!ってやつです。

はっ!つっこめ!ルネサンスってそういう意味なの!?
と気付いたときにはもうこのお話の虜でした。

物語の枠組みとしては、本の中に閉じ込められた主人公たちが脱出するために、ストーリーに沿った行動をする必要があります。
こういうのって、後世の人の知識が生きてチートできるという安易な展開になりがちなのですが、それができない縛りが入ってきます。
『狂えるオルランド』について知識を持っている下田教授という人物がいるのですが、彼が主人公に物語の展開を教えれば教えるほど、物語がご都合主義から外れ、原典よりも厳しくなるという……!

これ、ストーリーの枠ぐみとして上手いですね!
自分で物語の中を考えながら歩んでいくしかないわけです。

そして、つっこみどころ満載、ガバガバな時代考証と世界観のこの物語、どこが歴史物なのかと思われるかもしれませんが、この物語が書かれた16世紀初頭のイタリア人の世界観を知ることができるのです。イスラム教徒や中国人の描写が現実とかけ離れていることも含め、ある意味の現実を映し出すものです。

どのあたりが15~16世紀イタリア人の妄想で、どのあたりが舞台となる8世紀の話なのか。
このズレを「つっこみ」という形で軽妙に語ってくれるので、ルネサンス期のぶっとんだ世界観を楽しく知ることができます。

こんな台詞があります。

「騎士道精神という奴はな。騎士の為に作られたものじゃあない。
 騎士物語を読む者たちのニーズによって生まれたものなんだ。
 この当時の、物語の読者のメインは……聖職者と貴婦人だ。どういう事か分かるかね?」

ね。物語というのは書かれている時代や対象を映し出すものではなく(多少は映し出しますが)、書いている人や読者のニーズを反映するものです。

堅苦しく書くと難しげな話になりそうですが、このお話は、絶妙な制限が課された中での物語からの脱出、という枠組みの中で二重のファンタジーとして楽しく読めます。

ただ惜しいのは、他所では完結しているのに、カクヨムでは第二章で更新が止まっていることです。
しかし、カクヨム版には参考文献がっつりの序章があります。
いずれ完全版として掲載されればいいなーと思っています。