世界史で目にすることがあるかもしれない、「淝水の戦い」すなわち中国の歴史上の、前秦VS東晋のサバイバル一大決戦があります。
東晋とは、あの三国志の終わりに登場する、司馬氏の「晋」の後釜みたいなもの、と思ってくれれば大丈夫です。
で、前秦の符堅は、それはもう慈悲深く義に溢れて理想的な君主……を目指していました。
これは――その符堅を、慕容垂という敵国から前秦に降った一武将の視点から眺めた物語です。
慕容垂は慕容垂で曲者なんですが……それはこのお話の題名が、慕容垂の台詞であることから想像がつきます。
さて、そんな符堅と慕容垂がタッグを組んで(?)、中国統一に向けて、東晋に血戦を挑みます。で、
符堅「ぼくたちの戦いは終わらない!」
慕容垂「おれたちの戦いはこれからだ!」
……と、ならないところに、この物語の悲哀というか、可笑しみがあったりします。
真面目に史書を読んでいたら、ちょっとわかりづらいところをライトノベルにしてくれたので、読み易くて、しかも面白いです! ぜひ、ご一読を!
慕容垂という人は、長い中国の歴史の中でも「乱世の人」度が傑出していると個人的に思います。
国名出すとややこしく見えそうなのでざっくり言うと、
一国の皇族に生まれ、御家騒動に巻き込まれて外国に亡命して将軍となり、有名な戦いに参戦し(負けるけど)、故国で新王朝の建国者となる、というドラマ向けな感じの人です。
まあ、そういう波乱に満ちた有名人を描くとなると、30万字くらいは要りそうなところなのですが(?)、この話、短編です。12000字くらいです。
一桁違うんじゃないの?
というところですが、読んでみたらこの長さで合っているのです。
短く語るということは、いろいろなことを語らないということです。
しかし、全く語らないわけではなく、少しだけ語るのです。
だからこそ、気になるのです。
このお話、南北朝時代の超有名人がたくさん出て来るのですが、その中で、私が一番印象に残っているのが、慕容垂の兄、慕容恪です。
物語が始まった時点でこの偉大な兄は既に亡くなっているのですが、だからこそ、その背中をとても大きく感じます。
国を追われた慕容垂はいろいろ変な人に出会い、史実通りの意外な形で(変な表現ですが)、故郷に戻ります。
全体的な話はライトなトーンでサクサク進む分、皮肉な運命に嘆息するラストシーンに深い余韻を感じます。
そしてここでまた亡き兄の存在がふっと。
ふっ、くらいなんですけど、それくらいがとてもいいです。
短編でありながらとても長い時代を慕容垂とともに駆け抜けたような、心地よい疲労感がありました。
母国の前燕を逐われて前秦に降った慕容垂がリベンジする、追放系の基本型作品です。
前燕とか前秦とか分かりにくいですか?
前燕は追い出された国、前秦は逃げ込んだ国、それくらいの理解でOKです。
※
降った先の前秦の君主がヘンタイ番長だったなど、歴史モノならではのアクシデント(?)もありますが、基本に忠実、追放された前燕にリベンジし、何の因果か自らが君主になるという、ウソのようなホントにあったハナシ。
ちなみに慕容垂の即位以降は後燕になります。
五胡十六国の国は覚えにくいなあ。。。
しかし、追放系ってよくデキてます。
前半にムカつく扱いを積み重ねて溜まったストレスを後半の逆襲または復讐でスッキリさせる。
そりゃあカタルシスも得られるとゆーものですよ。
こういうのは説話の類型にあったりしますので、小説を書く方は貴種流離譚や異類婚姻譚のような昔話の類型を調べられると、引き出しが増えるかもしれませんね。
類型説話の破壊力を知りたい方は是非ご一読下さい。