始皇帝の死後、中華では項羽と劉邦が覇を競い合っていました。
彼らの戦い、その下に集った綺羅星のごとき英雄たち。そういった時代の動乱を取り上げた作品が数多あるものの、その北で誕生した『第三の覇者』を描いた作品はなかなか見ない。
だからこそ、本作のような作品は存在自体が得難いと言えます。
この人物、冒頓単于は強烈なインパクトとは裏腹にあまりに資料に乏しく、また民族の特異性もあって、謎の多い人物であり、それゆえ題材として扱いにくい。
しかし本作はその空白を緻密な世界観や心理描写、それを織り成す男心をくすぐる活気に満ちたキャラクターたちで補い、引き立てています。
その描写も読みやすいながらも生活感とスピード感にあふれ、北の騎馬民族を描くにふさわしい重厚な作風となっています。
かつて漢王朝を脅かした彼のように、時代小説という枠組みを馬蹄の音とともに揺るがす新しい良作です。
後に草原の覇者となる人物の物語なのですが、あまりそのあたりのことを知らなくても、面白く読めると思います。
まず、第1話に出て来る主人公(後の覇者)の孤独な姿をご覧下さい。
匈奴の長の長男として生まれながら、母が亡くなり、父は後妻の息子に跡を継がせようと彼を疎み、人質として宿敵のもとに送り、そちらで始末させてしまおうとします。
淡々とした描写でありながら、この悲しみに満ちた描写に引き込まれます。
この目論見は失敗に終わり、命を取り留めた青年は
――駆けたい――
と思います。草原を、もっと駆けたいたい。
その思いが歴史を変えていきます。
故郷に戻り、父との葛藤を経て、自らの寄って立つ場所を作ろうと歩み始める青年。
史料のある人物が少ない中、架空の人物や馬などとの絆も巧みに交え、物語を立体的にしています。
簡潔ですが格調高く、どこか草原の風を思わせる文章を読んでいると、青年とともに駆けたい、と思うのです。