もう一つの楚漢戦争、もう一人の覇王

始皇帝の死後、中華では項羽と劉邦が覇を競い合っていました。
彼らの戦い、その下に集った綺羅星のごとき英雄たち。そういった時代の動乱を取り上げた作品が数多あるものの、その北で誕生した『第三の覇者』を描いた作品はなかなか見ない。
だからこそ、本作のような作品は存在自体が得難いと言えます。

この人物、冒頓単于は強烈なインパクトとは裏腹にあまりに資料に乏しく、また民族の特異性もあって、謎の多い人物であり、それゆえ題材として扱いにくい。
しかし本作はその空白を緻密な世界観や心理描写、それを織り成す男心をくすぐる活気に満ちたキャラクターたちで補い、引き立てています。

その描写も読みやすいながらも生活感とスピード感にあふれ、北の騎馬民族を描くにふさわしい重厚な作風となっています。

かつて漢王朝を脅かした彼のように、時代小説という枠組みを馬蹄の音とともに揺るがす新しい良作です。