第13話 現実的脅威 その3

「ヒャッハー! 汚物は粉砕だー!!」


 ピュウウウウウン!!と数えるのもばからしい数の光弾が飛んで行く。

 照準なんてあってないようなもの。指を突き入れれば引き千切られるほどの速さで回転する銃口を向けた先に居るヒュージミリピードがバラバラに弾け飛び闇の靄になって消える。


 ちょっとテンションがおかしくなっている僕だけど、そうじゃないとやってられない。

 都会っ子な僕は昆虫の類が得意ではなく、自分よりも大きな昆虫系モンスターに群がられて正気でいられないのだ。


 ――ウウゥゥン

 っと、弾切れだ。光の弾丸を生み出すCリキッドが尽きたハンドガトリングガン、小雨ササメアールの短い銃身が回転を止める。


「ね、ねえ。もう居ない?」

「あ~うん。ここはクリア……だね」


 8月初頭。カクヤさんとチームを組んで2回目の甲山カオスホール。

 その3層に侵入してから2回目になるヒュージミリピード溜まりの掃討を終えた。

 それを確認したカクヤさんが僕の背後を護る……を言い訳に、ヒュージミリピード溜まりを見ないように反対側を向いていた体を反転させた。


「い、いない、わね。ふう、結晶石はアタシが拾うからカートリッジを交換しときなさい」

「あい」


 すれ違いざま手渡してきた拳二つちょっとほどの大きなCリキッドカートリッジを受け取る。

 これ一個で僕が装備している中クラスのライブアーマーのカートリッジ一個とほぼ同額。それをもう2個も使ったのだから二桁万円の失費だ。


 赤字ってもんじゃあねえよう。

 ヒュージミリピードの結晶石はモノアイドックよりも下がって一個70円前後。

 溜まりにいるのが50匹強なので4000円になるかならないかだ。

 損失がとんでもないことになっている。


 これが僕の持ち出しだったら一週間でなけなしの貯金を使い果たすことだろう。

 この層を早々に抜けたいカクヤさんの札束でモンスターをコロス作戦は僕の心に悪かった。

 30分で4000×2の8000円も稼げれば高給取りにも思えるんだけど、消費する備品代でマイナスになってしまうという。


「さ、行くわよ! マジで行くわよ! 早く行くわよ!」

「はいはい」


 結晶石を拾い終えたカクヤさんが昆虫系モンスターと同じ空気を吸っているだけで気持ち悪いとばかりに急かす。

 気持ちは大いに解るので僕も皮肉を口にしない。カートリッジの交換を終えたハンドガトリングガンを腰の位置で構えながら通路を進む。

 しかしライブアーマーというのは本当に優れた物だ。小型の短銃身とは言えゆうに10キロを超えるハンドガトリングガンを無理なく持てるのだから。


 フルフェイスメットを含め全身をくまなく覆うガード付きボディスーツには毛細血管のように極細のチューブが張り巡らされ、

 そこに流れ循環するCリキッドによってモンスターが常時身に纏っている生体バリアを再現させる。

 それによって疑似生体バリアが尽きない、もしくは貫かれない限り着用者は傷を負うことが無い。


 また生体バリアの副次効果として若干の物理操作……重量などを軽減したりする効果があるらしく、疑似的に身体能力を向上させたりもした。

 など、とか。したり、とか。たりも、とか。曖昧な表現が多いが、モンスターの結晶石を液状化させたCリキッドを本格的に使い始めてまだ10年少々。未だ謎の部分が多かった。

 僕たちは生きるため戦うため、信頼性が疑わしい謎のエネルギーを使っていると言うわけだ。


「ひぇっ?! つ、次が来たわよ!」

「うう、僕も嫌なのに」


 この層はヒュージミリピードしか出ないらしくひたすらに虫、虫、虫だ。

 命の危険よりも根源的恐怖を感じる巨大昆虫に向けてハンドガトリングガンの引き金を引く。

 丸っこくて頭がないように見えるムカデみたいなヒュージミリピードの群れが固まってできたムカデ団子が飛散する。

 ひっくり返り身をよじりうねうねうねうねと。


「うおわあああああっ?!」

「きゃあああなになになにっていやあああああああ!?」


 ムカデ団子が飛散したことで別れた数十匹のヒュージミリピードが攻撃者たる僕の方へと殺到する。

 思わず悲鳴を上げた僕の方を見たカクヤさんがそれを見て更に悲鳴を上げ、ハンドガトリングガンの射撃音と合わさって岩のトンネル内に木霊こだました。

 もうほんとにいやー!!


 と、言うわけで記憶に残したくない3層攻略の〆。ボス部屋とも言える最奥の広間を覗き込む。

 ちなみに使ったガトリング用のCカートリッジは全部で5個。中堅サラリーマンの月給ほどが消費されていた。


「あの、もう帰っていい?」

「いいわけないでしょ……! 最後なんだからなんとかしなさい……!」

「なんとかって……アレじゃあカミカゼアタックしかできないと思うんだけど。カクヤさん戦わないんでしょ?」

「う、うう。た、戦……無理ぃ~」


 最奥の広間に居たのはこれまでにない数のヒュージミリピード。一応学生の僕に言わせれば体育館ほどの広さの地面にびっしりと蠢いている。

 さすが不人気の浅層&昆虫階層だ。溜まりに溜まって200匹はいそうだ。

 出入り口は広く、ハンドガトリングガンの攻撃範囲外から攻撃されるのは確実だろう。


「お、男はカミカゼアタック! せめて背中は護って下さいよカクヤさん……!」

「わ、わかったわ。ほら、残りの予備カートリッジ」

「うん」


 ハンドガトリングで面制圧するためにはどうしても無駄撃ちが多くなる。殲滅速度は申し分ないのだけど、大型のカートリッジでも1個50~70匹ほどが討伐数だ。

 200匹以上もいそうだと途中交換する必要があるので、僕は貰ったカートリッジを脇と腕に2個挟んだ。


「じゃあ逝きますよ!」

「い、イっていいわ」


 あれ? なんか会話エロくね? なんて雑念は一瞬で消えてなくなる。

 広間入り口から数歩進んだところで足を止め、こちらの気配に気づいて一瞬動きを止めたヒュージミリピードの大群に光弾をくれてやる。

 ピュウウウウウウウウウン!!

 高速回転する短銃身から横向きに光の雨が降った。その滴を無差別に受けたヒュージミリピードたちが霧散し、群れの一点に空白が生まれる。


 しかし、ゾゾゾゾゾと一瞬で埋め尽くされる空白。敵を認めたヒュージミリピードたちが僕へと殺到する。

 うおおおおおおおおおおっ?! 無理無理無理無理ー!!

 ハンドガトリングガンを左右に振って広い範囲を攻撃するも、代わりに一点に対する殲滅力が低下してヒュージミリピードの津波を止めるにいたらない。


「うぎゃあああああああああ!?」

「ひいいいいいいいいいいい?!」


 あっ、と言う間に全身をくまなく覆われた僕は物凄い圧力に転げそうになるのを必死に踏ん張って耐え、ひたすらに射撃する。

 ィィィンン。うぎゃー!弾切れしたー!交換交換って群がられてるからできねーじゃん!?


「ぬ、ぬがああああああああっ!!」

「みゃああああああああああっ!!」


 メットのゴーグル部分に表示されたライブアーマーのCリキッド残量がやばい勢いで減っていくのを視界の隅で確認しながら、渾身の力で回転する。

 それによって多少のヒュージミリピードを引きはがせた隙にハンドガトリングガンのカートリッジを交換し、空カートリッジを放り棄てながら方向を確認、再び射撃する。


 ガリガリガリッ――ピュウウウウウウウウウン!!

 ハンドガトリングガンが絡みついていたヒュージミリピードを回転に巻き込みながら光弾をばら撒く。

 背後でみゃあみゃあ鳴いているアイドルさんが居るけど無視だ。

 徐々にまとわりついて来るヒュージミリピードの数と面積が減っていき、次のカートリッジに交換するときには多少の余裕を持って行うことができた。


 その代わりにアーマーのCリキッド残量がサブタンクの半分にまで減っている。これいじょう取りつかれてはバリアが切れてしまうので相手の勢いが弱まったのを利用して立ち回り、ついに視界を埋め尽くしていたヒュージミリピードを後数十匹ていどにまで倒した。


「ふうう~……大丈夫ですか?カクヤさん」

「…………」


 おや へんじがない ただのアイドルのようだ

 残ったヒュージミリピードを撃ち倒していきながらチラリと後ろを向いてみると、田舎の子供が木の棒を振って遊んでいるような状態のカクヤさんがいた。

 女の子座りして無言で。とんでもないデカさの大剣を片手でプンプンと意味もなく振っていた。

 うん。おそすぎたんだ。くさってやがる。のうみそが。


「っと!」


 なんて気を抜いていられない。ほとんどの通常個体を倒したことで奥から強個体のヒュージミリピードがやってきた。


 って、デカーい!?


 ガシガシガシと何本あるか解らない足で岩肌を蹴立てながらやってきた巨大ヒュージミリピードは通常個体の2倍以上。長さで言えば5mはありそうで、体高も僕と同じくらいある。

 そして――ゥゥゥンン……弾切れだ。

 ヤバイってー!?


「カクヤさん弾切れ! 予備カートリッジ……を?」

「…フ……フふッ!……フふフフfu!! ふおdじゃいhdfvんd;smvfsrjgpヴぉ;!?!?」

「おわあっ?!」


 アッチの世界に旅立っていたカクヤさんが《爆発》した。

 バツンと弾けるように飛出し、トラックのように突っ込んでくるヒュージミリピード強の真向から立ち向かい大上段から大剣を振り下ろした。


「キィィィアアァァアアアァッッ!!」


 ズバンッ!と縦に割れるヒュージミリピード強の頭らしき部分。しかし巨体故に急には止まれない体をその場で踏みとどまったカクヤさんの大剣が切り裂いていった。

 そして勢いが止まり始めたころに一閃。ギャリギャリギャリと生物がたてる音ではない音をだしてヒュージミリピード強の巨体が真っ二つに別れた。


「…………結晶石。拾って。次行って。帰る。わよ」

「イエス、マム」


 棒立ちになったまま動かなくなったカクヤさんをその場に急いで結晶石を拾い、錆びたロボットみたいになったカクヤさんの手を引いて小カオスホールを抜けた。

 そしてすぐに帰った。

 なんか多いね、このパターン。

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