リアルファンタジーワールド:カオティック・イラ 

新道あゆむ

カオスホールに出会いを求めるのは間違いであった。

第1話 カオスバスター

 世界は滅びた。と言えば大げさであろうか。

 しかしそれまで信じられていた常識は大いなる痛みとともに失われた。

 西暦1999年某月。昔いた偉人だか狂言者だかが予言した年月には早とちりした馬鹿が騒ぎ立てたり自殺したりと言った事件はあったが、肝心要の恐怖の大王は降ってこなかった。


 しかし翌年某月。地の底より恐ろしい化け物たちが湧き出た。

 世界中。あらゆる場所に。

 それは獣であったり人のような姿であったり、またはそれまでにない異形であったり。

 共通していたのは他の動植物たちには目もくれずに人間だけを執拗に襲うことだ。

 人を獣を超える身体能力に火を吐き氷の礫を飛ばす超能力。そして常時身に纏っている生体バリアで見た目以上の防御力を発揮する。

 なんの備えもなかった人類は多大な犠牲を払いながらも警察や自衛隊、他国であるなら軍隊の活躍により地上に湧き出た化け物たちは《大半が》駆逐された。

 が、その原因である《穴》はどうしようもなく残された。


 その化け物を産む穴、カオスホールと呼ばれるそれを破壊するために中へと侵入する命知らずたち。それらを《カオスバスター》と呼んだ。


 この物語はそんなカオスバスターに若年で成ることとなった僕こと武庫川兵庫の物語である。


    ▼


「ベルト良し、留め金良し。リキッドカートリッジも…うん、満タン」


 広く武骨な更衣室のベンチから立ち上がった僕は装備品の点検を指さしで行った。

 これから向かう先は一瞬の油断で命を落とす危険な場所。もしもの確率をコンマレベルで下げるためには、できることはできるだけ行うのが秘訣なのだ。

 ……と、ハウツー本に書いてあった。


「ふー……ふー……」


 うう、いけない。動悸が治まらず汗もじんわりと掻いている。自覚するほどの興奮状態だ。

 僕はもう一度ベンチに腰を落とし、上を向いて目を閉じ心を落ち着けるために自己分析を行う。

 僕の名前は武庫川むこがわ兵庫ひょうご。今年高校に進学したばかりの15歳男子。

 家族は目に入れても痛くない世界で一番、いや三千世界一可愛らしい双子の妹、結女むすめ繋女つなめ

 両親はカオスバスター……だったけど、《不帰還者》となり1年経った今では死亡扱いとなった。

 そのため15歳と法的に働けるようになった僕は、社会経験の無い若輩でも努力次第では大金が稼げる可能性があるカオスバスターとなったのだ。

 ……まあ僕はあの殺しても死にそうになかった両親が死んだとは全く思っていないが。だからこそ何時か両親が帰って来るその日まで愛する妹たちを護り育てなければならない。


「良し!」


 貧乏揺すりが止まった膝を叩いて立ち上がる。頭以外の全身をくまなく覆う《ライブアーマー》が重くて少しよろけてしまったのは愛嬌としておきたい。

 起動していれば逆に身が軽くなのだけれど、燃料となるCリキッドは初心者が使うには高価すぎる。

 なので未起動状態では視界を塞ぐ重りにしかならないヘルメットはロッカーの中でお留守番だ。

 時間的に人気が少ない更衣室の長い通路を抜けた僕は、回転式の格子扉を押して外へと出る。


「ただいまミドルランク以上の赤結晶石を高価買取しておりまーす」

「おら邪魔だ邪魔だ! 怪我人が通るぞっての!」

『――フリカにある世界最大のカオスホールで最深到達階層が更新されました。到達者はアメリカのベテランバスターチーム――』


 静かな更衣室を一歩出ればそこはもう戦場だ。危険こそないが生きるため富を得るために日夜戦う人々でごった返している。

 僕はそんな生命力あふれる人たちに混じって歩みを進めると、この建物の中で一番緊張感に包まれる《ゲート》の前で立ち止まった。

 ゲート。それは《穴》、カオスホールの入り口との境界線。

 鋼板を埋めたコンクリートの分厚い壁と自衛隊員が座る銃座に囲まれた、モンスターの巣窟へと続く異世界への門だ。


 腰部のホルダーケースからICカードを抜きだした僕は銃座に座る自衛隊員に目礼しながらゲートへと近づき、周りの注目を浴びながらカードを通す。

 嫌だけど注目を集めてしまうのは仕方がない。15歳と資格取得最低年齢の半分子供が身の丈に合わない高性能な装備品を纏っているのだから。

 モンスターと同じ生体バリアを発生させるライブアーマーなんて初心者丸出しの子供が身に纏える装備品ではない。

 今は結晶銃のCリキッドカートリッジしかないので頑丈なだけのアーマースーツだけど。


 一秒二秒ほどでゲートの赤ランプが緑に変わり、ダンジョン産の異鉱製格子シャッターがガチャンと重い音を立てて下に沈み込んだ。

 ゴクン。いよいよとなった僕は唾を飲み込んで一歩を踏み出す。

 そこで背後から声がかかった。


「おい少年。気を付けて行くんだぞ」


 後ろを振り向くと銃座の自衛隊員が心配そうに僕を見ていた。

 しかしあくまで注意だけ。決して行くのを止める訳ではない。

 何故ならダンジョンの侵入は人類全てが総出で行わなければならない生存戦略だ。戦う意志があるのなら子供だからと言って止める理由は無い。

 もちろんこんな世界となっても寝言をほざく自称良識人は多いが。


「はい、安全第一ですから」


 幼い妹たちを養うため死ぬわけにはいかない僕は偽りの無い言葉を告げ、進む。

 引っ切り無しにカオスバスター、言い難いのでバスター、またはバスターズと略される者たちが行き交いする巨大な穴。それは闇に黒く塗りつぶされ先は見えない。

 何故ならその穴は真実異世界へと続く闇なのだから。

 闇の中へ入ったたちはまるで透明人間の様に体が薄くなり、詰まる事無く重なるようにして消えては現れる。

 頭の悪い僕では良く解らないのだが、多重次元がどうの異相空間がこうのとお偉いさんは言ってるらしい。

 しかしそれは今の僕が気にしなくても良い事柄だ。大事なのは生きて戦い金を手に入れること。流石にカオスホールの破壊を目標にするなんて誇大妄想はしない。


「さあ、行こう」


 意を決した僕は穴を形成する闇に体を浸した。


    ▼


 闇の中を進む僕はまるで霧の中に飛び込んだかのような軽く軽い違和感だけを覚える。

 変な感じだ。外で見ていたような他のバスターとの重なりはない。多分もう異相なんたらの効果範囲なのだろう。

 光の無い闇の中なのに前へと違和感なく進めているのことに酷い違和感を覚える。

 確かに地面を踏みしめている足は固い靴底なのに足音すら立たない。

 進んだ時間は数秒。十を数えるまではいかない内に闇が晴れ、カツンとブーツが床を叩く音が鳴った。


「ん。講習で来た時と同じ」


 闇から抜け壁際に寄りながら周囲を観察する。

 光源も無いのに不思議と明るいその場所はツルリとした岩肌がむき出した洞窟だ。

 幅は広く二車線道路ほど。明るいと言っても日中の屋外よりは暗く遠くの方は闇に沈んで見えない。

 それらは以前、事前講習にて訪れた時と変わらない風景だ。


 此処、甲山カオスホールは鉱山系の構成なのでまるでゲームのダンジョンのような造りとなっている、らしい。

 しかし時折イレギュラーなどで目的の場所とは違った所に来てしまう事もあるらしいのでスタート地点の確認は必須だ。

 それに異相空間だが多重次元だかで侵入者ごとに違う場所になるダンジョンだが、全く誰とも合わなくなる訳でもないのだ。先行者の痕跡を調べる意味合いもある。


「……ふう、行くぞ、兵庫」


 腰に吊るした二又のベルトの下側にあるガンホルダーから大振りな拳銃型結晶銃を抜き、ライブアーマーの大半を構成する特殊繊維に包まれた両手でグリップを固く握る。

 そのまま肩の高さで構えて慎重に一歩一歩進んでいく。

 緩くおうとつした岩床を踏む音がカツンカツンと洞窟内に反響した。

 自分一人。命を失う可能性が高い場所に居る。そんな不安を反響音が煽るが、結晶銃のズシリとした手応えが心強くさせてくれた。


 この結晶銃もそうだが僕が身に着けているのは死亡扱いになっている行方不明の両親が遺した予備の装備品だ。

 初心者が身に纏うには分不相応な高性能品だがこれらが有るからこそ冒険者の道を選んだと言っても過言では無い。

 まあどれだけ高性能な装備品を纏っていても中身が悪ければあっさり死んだりもするのだろうが……。


 とにかく最初は油断さえしなければ装備品だよりで成果がだせるだろう。

 安かろう悪かろうな量産の既製品で冒険者を始める方々には大変申し訳なく思うけれど、そこは両親を早くに亡くし働かなくてはならなくなった若者の特権として許してほしい。


「っ。何か、居る」


 自分の足音とは違う反響音が混じった。入り口には先行者の痕跡がなかったのでモンスターの可能性が極大だ。

 僕は歩みを遅らせながら闇に沈んだ前方を注意深く観察する。

 カツン…カツン。と鳴る靴音の合間にペタペタカシカシと耳慣れない音が鳴る。

 こちらに向かってきているその音は遅いが、僕自身がそちらへと向かっているため相互距離が見る間に詰まって行く。


 そうして闇中から滲むようにして異形が現れた。

 それは長い腕と体の間に被膜を持った紫がかった黒い体皮のモンスター。鼠の様な顔だが豚の様に潰れた鼻を持つ《ランドバット》だ。


 うん、幸先が良い。下段に構えていた剣を中段に移行しゆっくりと距離を詰める。

 ランドバットは中型犬ほどの巨体故に飛翔能力を失った蝙蝠型モンスターだ。

 それでも腕と体の間の被膜でモモンガのような滑空能力はあるので壁や天井に集団でしがみ付いている時などは厄介となるが、一匹で地上を移動している場合の脅威度は野良犬以下だ。


「ん!」


 息を吸い呼吸を止めた僕は構えていた結晶銃の引き金を引いた。

 ピュン。なんて昔のSF映画に出てくる光線銃?みたいな発射音を出して銃口から光の弾丸が飛出し、肉眼で捉えるのがやっとの速度でランドバットの頭に着弾した。


「ッ!?」


 音にするならバシュン、だろうか?

 光の弾丸がランドバットが纏う生体バリアを貫通して粉砕した。


「オーゥ……ジィ~ザス」


 オーバーキルであった。バシュンどころかピチュンと頭が弾け飛んだランドバットの体が黒い靄となって霧散した。

 跡にコロンと転がったのは黒い小石だ。

 そこまでを見届けた僕は脱力して腰を落とした。


「ふはあ~! 流石に一人でやるのは違うな~」


 他に気配を感じないのを良いことに隙だらけの姿をさらすが今だけは勘弁してもらいたい。

 決意してバスターになったとは言え一人きりの戦闘は初めてだったのだ。相手がいかに倒せば消えてなくなるモンスターと言えど一つの命を奪った事にも違いはないのだから。

 とは言え嫌悪感や罪悪感は無い。モンスターは駆逐しなければならない絶対敵性存在なのだし、そもそも本当に生きているのかも疑わしいのだから。


「ん」


 思ったよりも乱れていた呼吸が落ち着いた所で立ち上がり、転がったままの黒い小石、結晶石を拾う。

 ランドバットの結晶石は小指の爪ほどの大きさしかない上にくすんでいてただの石ころにしか見えない。それを上下二又になっているソードベルトの上側についた専用のホルダーケースに入れた。

 ランドバットの結晶石なんて一個10円くらいにしかならないので初心者くらいしか拾わないらしいけど、Cリキッドの足しにはなるので拾わない手はない。


「よし、この調子でいこう」


 結晶銃のグリップを握りなおし一直線の洞窟型通路を進む。

 この一層は普段ランドバットしかでないらしいので油断さえしなければ危地に陥ることはまずない。

 僕は父さんと母さんが遺してくれた装備品を頼りに冒険を続ける。

 張り付いた壁から滑空して飛びかかってくるランドバットを撃ち落とし、天井にぶら下がった無数のランドバットにビビりながらも半泣きで撃ち落とす。


 ダンジョンに侵入して一時間が過ぎるころには五十を超える結晶石を手に入れていた。しかし残念にして当然ながらゲームではない現実ではそれだけ倒してもレベルアップなんてしない。

 いきなり身体能力が上がる訳でも魔法を覚える訳でもなく体力だけを消耗した僕は、光の銃弾の燃料となるCリキッドカートリッジのメモリが三分の一を切ったことで一直線の通路を戻り、再び涌いていたランドバットを数匹倒して今日の冒険を終えた。


「はふ~……流石に疲れた」


 闇としか言いようがない靄を通り抜けてゲートに戻ってきた僕は他のバスターたちの喧噪を聞いて安堵した。

 広く長い洞窟ダンジョンに一人でいたことが思っていたより心理的負担になっていたのだろう。

 本当はチームを組んで冒険するのが正解なのだが、15歳と最年少の僕ではまともなチームは組めない。

 組めても年上のチームになるし初心者の内はただ働き同然の扱いになってしまう。

 だからこれは最初の課題だ。初心者を脱するだけの経験を積み、信頼できる仲間を得ることが。


 ……ボッチな上に訳ありの僕にはとても難しい課題だ。

 なんて軽く頭を悩ませながらゲートに向かうと銃座に座っていた自衛隊員が僕の方を見て来た。


「おお、無事だったか少年」

「あ、はい。戻りました」


 その自衛隊員はゲートに入った時に声をかけてきた人だった。安堵したような笑顔になんだか申しわけなく思った僕は苦笑気味に頭を下げた。


「見ない顔だが新人か? その割には装備品が良いが」

「はい、今日からです。装備品は両親が遺してくれたので」

「っと、悪いことを聞いたか?」

「いえ、良くある話ですから」


 そう、良くある話だ。冒険者の死傷率は三割を超える。負傷によって引退を余儀なくされる者は更にその倍だ。

 つまり冒険者となって五体満足で居続けられるのはわずか1割未満。冒険者を親に持つ子供に孤児は多い。

 孤児、だなんてモンスターが出る前の時代では消えかけていた言葉らしいが、嫌な復活をしたものだ。


「……そうだな。嫌な時代だ。坊主は死ぬんじゃないぞ」

「もちろん。可愛い妹たちがまっていますからね」


 そう言って一礼してゲートをくぐる。考えてみれば門番をする自衛隊員さんも因果なお仕事だ。帰らない冒険者たちを何人も見送ってきているのだから。

 更衣室に戻ってきた僕は手間取りながら着替え、装備品を納めた大きなシールドケースを手に更衣室から出る。ケース自体もそうだけどすごく重いんだよなあ。

 今の時刻は16時過ぎ。そろそろ朝から潜っていた本職のカオスバスターやこれから浸入する副業バスターズで込み始める時間なので足早に移動して出口近くの帰還報告所に入った。


 ……ん、奥が空いてるな。一応機械から整理券を取るがすぐに案内板に整理番号が表示された。

 思惑通り奥のカウンターの案内が出たのでそこへと向かい、持っていたシールドケースとガンベルトから外していた結晶石入りのホルダーケースをカウンターの上に置く。


「おねがいします」

「はい、照会いたしますので少々待ちください」


 ゲートを通る時にも使ったICカードを渡すと職員さんがパソコンを操作する。それからモニターと僕の顔を何度か見た職員さんは確認が取れたのかアルカイックスマイルで、つまりは目が全く笑っていない口だけの笑みで目礼した。

 実にお役所っぽい。実際にお役所なのだが。


「それでは査定させていただきます」


 職員さんはそう言うと僕に見せるように丁寧にホルダーケースを空け、中の結晶石を全て受け皿にのせる。


「少々お待ちください」


 結晶石がのった受け皿とICカードをもって立ち上がった職員さんは、すぐ後ろにある機械に結晶石を投入した。

 カタカタカタと動いた機械の下から結晶石がザラザラと落ちてくる。機械が止まったところで受け皿を持ち上げた職員さんが機械から出ていた紙片を取って座りなおした。


「こちらが査定結果になります。全て換金されますか?」


 名前の確認もそうだが金額なども一切口にしない。この辺りはお役所と言うよりも銀行っぽい。

 僕は受け取った紙片に一応目を通すが、最初から換金するつもりはなかったのでそう伝えた。


「かしこまりました。それでは持ち物を封印させていただきますのでもう少々お待ちください」


 職員さんがパソコンに繋がった機械の棒を持って僕がカウンターの上に置いたシールドケースの錠に押し当てる。すると横板がスライドして鍵穴を覆い隠した。

 この国はモンスターなんて危険生物が生息するようになった今でも銃刀法が生きている。色々と改変はあったが日常に置いて帯銃や帯剣は許されていない。

 なので武器の所持を許されている冒険者でも街中に持ちだすためにはこうした封印作業が絶対となっていた。

 この封印は専用の機械が無ければ外せないし許可なく外せば違法となる。


「それでは」


 うん。本当に無駄な事を言わないし目も全く笑っていない職員さんに見送られ……ずに席を立つ。なんか心が寒くなった気がするから早く用事を済ませて家に帰ろう。

 ああ、むーとつなをダブルはぐはぐして癒されたい……。

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