第2話 鳴尾鳴子のアトリエ

 甲山カオスホールからシャトルバスに乗って自宅近くに戻った僕はそのまま帰宅したくなる気持ちを押し殺して逆方向へと進む。

 商店やビルが立ち並ぶ大通りから小道に入るとそこはもう住宅しかない。

 僕が目指す場所はそんな何もない所にひっそりと建つ2階建ての一軒家。その一階にある《アトリエ》だ。


 アトリエ。それは現代の錬金術工房。モンスターが遺す結晶石やカオスホールから採取される資源を用いた装備品や道具を造りだす、国の認可の元に開設された個人研究施設である。


 ――鳴尾鳴子のアトリエ。と自己主張激しいネームプレートが刻印された金属製の防犯ドア。

 ……を、無理矢理アンティーク風に改造した微妙な玄関扉。その横にあるやはりアンティーク風に改造されたインターホンを押す。


 …

 ……が

 ………

 …………出ない。


 オラッ、オラオラッ、オラオラオラオラァッとインターホンを連打する。

 僕は早く帰って妹たちをはぐはぐしたいのだ。お腹も空かせているだろうし切実なのだ。

 留守ではないかとか、迷惑行為ではないか、などとは思わない。

 このアトリエの主は極度の引き篭もりなので留守の可能性はほとんどないのだ。

 きっとアトリエの奥で作業に没頭していてインターホンの音に気付いていないのだろう。

 その証拠としてプッシュ回数が100を超える前にインターホンから返答があった。


『だ、誰ですか……って兵庫くんじゃない。んもう、入って』

「あい」


 ガシャコン、と重い開錠音が鳴った玄関扉を開く。

 防犯上100キロを超える分厚い扉だけど機械式なので手応えは軽い。

 中に入るとすぐにカウンターがある。テイクアウト専用の飲食店を連想させる造りだ。

 しかしそれらとは違って出迎えてくれる店員はおらず、無人の室内を寒々しい空気が支配している。

 カウンターテーブルに持っていたシールドケースをよいしょと乗せた僕はカウンターの奥に続く部屋に向かって声を上げる。


「鳴子さーん! 来ましたよー!」


 ――あ~! 今良い所だから~! ちょっとだけ待ってて~!


 するとぞんざいな返事が返ってきた。

 アトリエの主としてその態度はどうなのだろうと思うものの、僕と鳴子さんとの関係を考えればそんなものとも言える。

 しようのない人だ、とカウンターの前にある長椅子に腰掛けて数分。コツコツと靴音が聞こえて来た。


「お待たせ~。……うん、無事で安心した」

「おかげさまで」


 無事を心配してくれるならすぐに出迎えて欲しかったんだけど。

 言動からして若干残念臭が漂うこの女性は鳴尾鳴子さん。

 不帰還者となった両親の友人であり、まだ未成年である僕達の後見人になってくれている大恩人でもある。

 因みにコンパクトな体型もあってすごく若く見えるが実年齢は三じゅ――


「うん?」


 いえなんでもありません。

 ふう、やばいやばい。鳴子さん(独身)は微妙なお年頃なので特定の空気には敏感なのだ。


「それじゃあチェックするね」

「おねがいします。一度も攻撃を受けていないので大丈夫だと思うけど」

「注意一秒、怪我一生。だよ、兵庫くん」


 僕を嗜めるように言った鳴子さんがカウンターの下から棒状の封印装置を取り出してシールドケースに押し当てる。

 すると帰還報告所で封印された時とは逆の動作で隠されていた錠穴が姿を現した。

 すぐに鍵を外して開けると、鳴子さんが収められていたライブアーマーと結晶銃を取り出す。


「……うん。目立った傷はないね。銃も……異常はなし、と」


 普段は残念臭が香る鳴子さんだけどお仕事中は出来る大人の顔になる。

 大き目の眼鏡の位置をクイクイとなおしながら装備品をチェックする姿はプロ以外の何者でもない。


「それじゃあ一応預かってメンテするね。……怪我とかはしなかった?」

「うん。装備品が良かったから。でも未起動のライブアーマーが重くて…っと、忘れてました」


 話をしていて忘れていた肝心要の要件を思いだした。

 腰のベルトに付けていた結晶石入りのホルダーケースを鳴子さんに渡す。

 換金せずに持ち帰ったのはこのためだった。


「ランドバットの結晶石です。50個ちょっとありますけど、アーマー用のCリキッドになりますか?」

「う~ん、ランドバットの結晶石がこれくらいだと兵庫くんの結晶銃、石火参式のカートリッジの半分にもならないよ。最低最少レベルの結晶石だからねえ」

「あ~やっぱり」


 両親が遺した高性能の装備品を使用する最大の欠点がこれだ。

 最弱とは言え生体バリアを持ったモンスターを一撃で相殺、粉砕する高火力の拳銃型結晶銃に、ミドルクラスのモンスターと同等の生体バリアを発生させるライブアーマー。比例して消費されるCリキッドも多かった。


 Cリキッド。クリスタルリキッドの略称。モンスターが消えるさいに遺す結晶石を液状にした新エネルギー物質だ。

 カオスバスターの食い扶持の大半はCリキッドの元となる結晶石を持ち帰ることである。

 Cリキッドの用途は多い。カオスホール出現のさいに人口を失った、特に労働者層を多く失ったことで発生した深刻な人手不足の解消手段もこれに依存している。


「まだ余裕はあるんでしょ? きつくなってきたら私が援助するし、今は採算考えずに経験を積むことを考えなさい」


 鳴子さんはそう言ってくれるけど甘えるわけにはいかない。

 きらって言うわけじゃないけれど、鳴子さんはあくまで他人だ。子供が親に甘えるような真似はできない。

 まだ子供の域を出なくとも僕は男の子なのだから。


「もう、強がっちゃって。とりあえず今日はサービスでアーマー含めて満タンにしといてあげるから、頑張って稼げるようになりなさい」

「ありがと。今日は甘えときます」

「でもあれだよ? Cリキッドのコスパを考えるなら接近兵器が一番だよ」


 えいやあと腕を振る鳴子さんは歳を考え…いえ何でもないです。


「素人の僕にそれはキツイですよ。攻撃を受けたらライブアーマーのCリキッドが減っちゃうわけですし」

「そうなんだよねえ。結局生身で戦えなきゃCリキッドは必要なんだよねえ」


 生身とか無理です。トップレベルのカオスバスターの中には人間辞めちゃってる人もいるけど、僕はそこまでバスター業をする気はない。


 カオスホールの中で経験した死闘の中で人間のまま人間の壁を超えた《超人》。

 Cリキッドを用いた怪我の治療を受ける内に人外の能力に覚醒した《魔人》。


 今は良いけれど、カオスホールが完全に駆逐された後の世界では適合できなさそうな存在になる心算は全くないのだ。

 動画で配信されている【超人がパンツ一枚でモンスターを殴ってみた】とか【魔人が裸マントでモンスターを燃やしてみた】なんてHENTAIになりたいわけでもない。

 ……なんでどっちも脱ぐし。


 とりあえずサブウェポンとしてナイフ形結晶剣を使う事に決めた僕は、鳴子さんに見送られながらアトリエを後にした。

 さあ今帰るぞ愛しのマイリトルシスターたち!!

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