第6話 狂戦士との遭遇 その3

 ランドバットの群れとの遭遇から早5日。

 僕はあれからカオスホールには行かず、市内に在る会員制の訓練所に入り浸っていた。

 使用料は施設の温情もあって両親が払っていた会員費を転用してくれたので、今年いっぱいくらいまでは無料で使用できる。

 来年からはちゃんと自分で払いたい。


「ふっ! くぅっ!? はっ!」


 次々と壁から射出されるテニスボールを躱す。前から後ろから横から。時には上からも。難度は低くしているので射出感覚は開いているけど、だからと言って楽なわけがない。


「つあっ?!」


 横から飛んで来たボールを躱したところに反対側から飛んで来たボールが背中に当たる。


「あたた」


 結構な速度で飛んでくるテニスボールなので当たると痛い。痣になるほどではないけど、家に帰ってお風呂に入るとジンジンと痺れたりする。

 武術の達人でもなければロボットアニメにでてくるニュータイプでもない僕では背中の死角はいかんともしがたかった。


「ふう、やっぱり背中を預ける仲間が必要だってことだよね」


 どうしたものか。総合的な回避能力を鍛える俗称テニスルームを出て掛けてあったタオルで汗を拭いながら水筒に口をつけた。

 ちょっとだけ休憩したらもう一回テニスルームに挑戦しよう。次で最後だから今度はワンランク上で。

 今の時刻は僕が自由になる13~17時の間と利用者の少ない時間とあって施設を半場独占できるのがありがたい。


 さて、行くか。――そう立ち上がったところで大きな声が聞こえて来た。


竹家たけうち赫夜かくやさんですよね! サインください!」

「……やめてください、大声で。今はプライベートなので……」


 うん? サインって芸能人でもいるのかな? 此処、カオスバスター専用の訓練所なんだけど……

 女の人みたいだけど、女優さんかな? まあ僕には関係ないか。

 そう思ってテニスルームのドアに手をかけた。


「はあ?! プライベートってなんだよ! 仕事しろよ! お前らにどんだけ金使ってると思ってんだ!!」

「……あの、おちついてください」


 うっわあ~。痛い系のファンだあ。公共の場でどんだけ大きい声だしてんだろ。

 まさかとは思うけど手を出したりしないよな?

 そうなってしまっては無視をできない。此処に居ると言う事はプロ、ないしは志望の人間だ。カオスバスターは人を殺せる兵器の所持者。傷害事件なんて御法度である。


 なにせ直接的な武器ではないライブアーマーですら一方的に人をなぐり殺せる性能を持っているのだ。犯罪行為には厳罰を持って対処される。

 場合によっては目の前であった同業者の犯罪行為を見逃しただけでもペナルティが与えられることもあった。

 冷たいようだけど家族とその周り以外興味がない僕はそこでやっと問題が起きた方へと振り向いた。


「いいからサインしろよ! それくらい良いだろ!」

「くっ、このぶたや…うぐぐ」


 ……あれ? どっかで見た事あるシルエットだな。

 すでに男に腕を掴まれていると言う最悪一歩手前の状態を見つけながらも、凛としてたっている女性に目が引きよせられた。

 なんか口汚い事を言いそうになってた気もするけど多分空耳だ。そう思っておこう。


 女性にしては高めの身長。目の前の背が低めの小太り男より少し高く、多分僕と同じくらい。特に目を惹くのが背中で束ねられた黒髪。髪なんて染めた事もないだろう見事な黒髪だ。

 顔はバイザーを被っているしサングラスもしていて良く解らないけど、シルエットだけでも美人な気配が漏れ出していた。


 まあうちのむーとつな以上の美人さんはこの世に存在しないけどね!


「すいません。ここ公共の場ですよ。通報しますよ」

「なんだお前!」

「…………」


 あっ、話が通じないタイプだ。顔を真っ赤にした小太りの男が女性の腕を掴んだまま振り向いた。

 ちょいっとな。男とついでに女が振り向いた瞬間、上から円を描くようにして振り下ろした手刀を軽く男の手首に落とす。


「痛っ?! なにすんだお前!」

「あっ……」


 なにすんだはオメーだよ馬鹿やろー。どう見ても友人関係にない女性の腕を無理矢理掴むなんて痴漢、場合によって傷害じゃないか。

 言葉でわかりそうにないので、タイミング悪くいなかったスタッフを大声で呼ぶ。


「すいませーん! スタッフー!! スタッフー!! 暴漢でーす!!」

「くっ、黙れ!」


 時間的にスタッフが少なめなのでこんな馬鹿野郎が調子に乗ることになったが、ここのスタッフはカオスバスター兼業もしくは引退したベテラン揃いだ。

 素人の僕の手刀すら躱せない男もそれは解っているのだろう、声を上げた僕を黙らせようと掴み掛ってきた。

 いやそこは手を引きなさいよ。完全に血が上ってるなこいつ。


 喧嘩なんてほとんどしたことがない僕だけど、ついこのあいだ一歩間違えば死んでいた状況を経験している。

 死ぬ可能性が低いこの状況で小太りの男を恐れる理由はなかった。

 とは言え怪我なんてさせたらどう見てもプロではない小太り相手では過剰防衛だ。僕は冷静に掴んできた男をいなしながらスタッフが走って来るまで待った。


 と言うか女性の方がこの場を立ち去ろうとしていた。なんだこの女!? 他人のふりか?!


「お客様! なにをされているんですか!」

「な、なんでもねーよ! つーかこいつが―」

「―いえ、この男がそこの女性に乱暴しようとしてまして」

「……チッ」


 おおい!? この女舌打ちしたよ! どーゆう神経してんの?!

 言わせねーよと男の言葉に割り込んだ僕だけど態度が悪すぎる女にびっくりした。え、女の子ってそういうものなの!?


 なんか急激にやる気を失ったけれど、やるべきことはちゃんとやらなければ責任の重いカオスバスター失格だ。

 この施設ができた頃から利用していた両親のこともあり、ほとんどのスタッフとは顔見知りなのでスムーズな応答で状況を説明する。


「わかりました。申し訳ありませんがお客様、事務所の方でお話を聞かせていただきます」


 問い掛けではない言い切り。実質的にちょっと事務所までツラかせやによって両腕を掴まれた小太りが連行されていく。

 そりゃカオスバスターの巣窟だからね。バスター業ができたせいで新人さんが入らなくなっている〇暴さんとかも顔無しだから。

 あんな小太りみたいなお馬鹿さんここで初めて見たし。


「そちらの女性の方も、別室で監視カメラの録画を見て説明していただければ幸いです」

「……わかりました」


 すんごく不本意そうにスタッフに頷いた僕的にはもうどうでもいい女。

 最後に僕に触れ合いそうなほど近寄った女は耳元で……


「よけいなことしやがってダボが」


 ……今日はもう帰ろう。最近踏んだり蹴ったりだよ、グスン。

 一応助けられておきながら顔も見せない見知らぬ女の言葉に傷ついた僕は逃げるように帰宅し、妹達と早いお風呂の時間を過ごして癒された。

 早風呂も良いものだよね。


 しかしあの女絶対に許さん!と思った僕だったが、まさか運命の悪戯とか言うものがああも作為的にすら感じるものだとは、この時には全く思っていなかった。

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