第5話 狂戦士との遭遇 その2

「どうしたのこんなに!?」


 カウンターの上に乗せられた大量のランドバットの結晶石を見た鳴子さんが驚いた。

 今日はもう家に帰ってふて寝をしたかったが、装備品の補充は絶対に必要なので鳴子さんのアトリエに来ている。


「それが予想外のことがあって」


 小さな石ころほどの大きさでも200個を超えれば両手で持てないくらいの量にはなる。

 砂場でやる山崩しみたいな形になった結晶石の山の前で今日あったことを話した。


「ああ、稀にあるのよね。ベテランばっかりになったカオスホールだと比較的浅い層の討伐が少なくなって溜まっちゃうことが」


 なるほど。確かに甲山カオスホールは通いやすく戦いやすいダンジョン型とあって新人でもすぐに浅層を攻略してしまう。

 タイミングが悪ければ今回のように浅層のモンスターが溜まってしまうこともあるのだろう。


「でも良かったわ。Cリキッドを満タンにしておいて。これが普通の新人バスターだったら装備品が持たなくて死んじゃってたわよ?」

「怖いこと言わないでよ……」


 装備品の高性能さに救われた自覚はある。もしこれが両親の装備品じゃなくて新人バスターが使うような低価格の量産品を使ってたら確実に死んでいただろう。

 特に防具は最低レベルだと疑似生体バリアが搭載されていないのでランドバットの群れに群がられた時点でアウトとなる。


「だから前に言ったじゃない。兵庫くんは嫌がってるみたいだけど、どこかのチームに入れて貰いなさいって。その間は私が援助してあげるから。死んじゃったら終わりなんだよ?」

「……チームの重要性は今回のことで身に染みて理解したよ。でもチームに入るのだけは嫌なんだ」


 以前にも同じ事で頭を悩ませたがそれは実利的な問題のことで、それとは別に心情的な理由があった。

 カオスバスターになる前の講習で同じ受講者から良くない目で見られたことが理由だ。


 まだ子供とも言える資格取得最低年齢。装備品は新人が身に纏うレベルではない高性能品。実情を知らない他人からすれば世間知らずの金持ちのボンボンが遊びか箔付けに来たかと思ったのだろう。

 命の掛かっている場で馬鹿らしいとも思うが、命が掛かっているからとも言える。少なくとも僕はあんな大人たちに背中を預けれはしない。向こうもそう思っているだろうが。


 それにベテランチームにも入れない。し入ってもいけない。実力差はもちろん攻略する階層も違うのだ。もし入れても寄生虫ですらない疫病神にしかならない。

 実情はどうあれ、人類の命題であるカオスホール破壊に足手まといなんて必要は無いのだ。


「入るのが嫌なら入れれば良いんじゃない?」

「なんかどっかで聞いた台詞だけど、それこそ難しいよ。時間的にも合わないだろうし」

「あ~そうだよね。む~ちゃんとつなちゃんの面倒みなきゃだもんね。私が見るって言いたいけど、仕事あるからなあ」


 僕がバスター業をやれるのは長くて13~17くらいまでの4時間ほどと限定的だ。

 妹達が体調を崩すなど場合によっては休息日が続くこともあるだろう。

 とてもではないが職業カオスバスターな人たちとでは問題以前に実態としてチームを組めないのだ。

 僕みたいに限定的な活動をするバスターで時間が合えば組めるのだろうけど、望み薄であろう。


「それより鳴子さん。この結晶石で満タンになります?」

「無理。銃と剣のカートリッジはいけると思うけど、アーマーの方は全然」


 そりゃそうか。百を軽く超える数のランドバットに群がられても完全に耐え抜いた高性能品だ。消費するCリキッドも量、質、共に相応となる。


「そう、ですか。ではアーマーの方は実費で満タンにしておいてください」

「今日もサービスするよ?」

「いえ、今回は結構です。自分の甘さが招いた事でもありますから」


 流石に昨日の今日でまた甘えるのは遠慮したい。年齢的にまだ子供とは言え、資格的にはもうプロのカオスバスターなのだから。


「……でもこれくらいするよ?」

「……戒め、です、から」


 カオスバスターって本当に儲かるんですかね!?

 電卓に表示された数字を見て泣きたくなった僕は口を引きつらせた。


    ▼


『オカエリナサイ』


 体力的精神的に疲れ果てた僕が足を引きずるようにして帰宅すると、出迎えたのはやっぱりオジサンだった。

 その台詞もう飽きちゃったよオジサン。


「むーとつなは?」

『イツモ、ソノ、セリフ、デスネ。テレビ、ヲ、ミテマス』


 このポンコツ……!!

 ふ~…ふ~…クール、クールだぜ自分……。

 血圧が上がったことで若干軽くなった足取りでリビングに向かい扉を開く。

 流石に今日は愛しの妹達をそっと見守る元気がない。


「むー! むーむー!」

「っ! っ? っ!?」


 おや? 何時もならすぐにお兄たんと駆け寄って来てくれるのに、今はテレビに夢中で気づいてくれない。

 超絶寂しいけどならばと気配を殺してぴょんこぴょんこ飛び跳ねている二人の背後に立つ。可愛いねえ、しまっちゃうよ?


『みんなアリガトー! 次は私たちのソウルソング、NK24いくよー!!』

「むー!」

「??」


 壁に張り付けられた本体別の極薄テレビモニターに映っていたのはグループアイドルが歌って踊る姿だった。


 NK24。ニシキタトゥエンティフォーと言う我が地元のご当地アイドルだ。

 デビュー当時は地元の劇場ライブをご当地放送で流していたくらいだったのが、現在不動のTOP3をやっているメンバーが色々とハイスペックなせいか今では全国レベルのトップアイドルグループとなっている。


 とは言え僕は芸能関係には全く興味がないのでメンバーの顔も名前も知らないけど。

 しっかし可愛いなあうちの妹たちは。アイドルだなんてビ〇チどもとは比べものにならんよチミィ……。

 調子良く音楽に合わせて飛び跳ねる結女むすめとお姉ちゃんに合わせるから調子外れになる繋女つなめ。一卵性の双子だけどやっぱりちょっと違う個性が見れて嬉しい。


「ただいま。むー、つな」

「おにいたん!」

「にーたん!」


 驚かせないように静かな声で呼びかけると何時ものように満面の笑顔で飛びついてくる。今日もふんぬぅっと抱き上げ、そのまま近くのソファーに座ってテレビを見る。

 アイドルとか興味ナッシングだけど妹達と話題を合わせるのは大事だからね!


「むーとつなはNK24好きなのかー?」

「しらない!」

「?」


 あ、そですか。どうやらただ音楽に釣られていただけらしい。ちょっとアイドルを不憫に思った。

 芸能界に興味がない僕だけどアイドルを否定はしない。何かと暗い時代の今、彼女等、もしくは彼等が振りまく希望と言うものは確かに人の心を明るくするものだからだ。


「さて、晩御飯の用意するかな」


 買い物は昼までに通販で終わらせているので食材に困る事は無い。

 日本では年に数件しか被害がないが、カオスホール出現の際に山などの自然に潜伏したモンスターのせいで出控える人が多い。

 そういった現状や単純作業に従事するサポートロボットの普及もあり、現代での買い物は通販が主流となっていた。人手は管理者と運転手だけで済むらしい。


「そう言えばどっかで聞いた声だったな、センターで歌ってた子」


 なんとなく前の方で歌っていたカグヤ姫みたいな純和風美人を思いだした。

 アイドルに知り合いなんていないし気のせいだけど。


 ……え、オジサン? 広い家を一人で掃除してるよ。

 僕が在宅中はむーたちについていなくていいからね。

 悔しいけど我が家はあの駄ロボがいないと立ちいかないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る