第8話 狂戦士との合意

「ほら、好きなもの頼みなさい」

「あ、はい」


 甲山カオスホールの施設内。その出入り口付近にある飲食店。その中でも一番お高そうな店でバーサーカー…もといアイドルさんと私服で向かい合っていた。

 名前なんだっけかな? まあ憶えなくてもいっか。

 今日はまだ潜っているつもりだったのに問答殺すぞで連れて来られたク〇女だし。


 ケケ、お高そうなメニューを頼んでやる。施設内の商品って飲食も含めて悪い意味で特別料金だからね。モンスターの侵出があれば戦地になる危険地帯だから。

 そう思って二番目に高いセットにした僕はちょっと悪い子です。プライベートだと絶対頼まない金額でちょっと真剣に悩んだけど。セットより単品の方が高いとかどうなってるんだろ??

 なんて思っていると……


「あ、これとこれ。それとこれとこれとこれをお願い。あとこれもね」

「は、はい。うけたまわりました」


 なんだか慣れた態度でオーダーをするアイドルさん。ベストのスーツ?姿の店員さんはなんだか言いたげだったが、オーダーの復唱などせずに一礼して立ち去った。お高い店っぽいね!

 しかしアイドルさんは随分注文したみたいだけれど単品で頼んだのかな? スゲエなアイドル。


「なによ?」

「いえ、なんでも」


 多分僕は不思議そうな顔で見ていたのだろう。アイドルさんがギロリと睨んできた。


「ふん。まあ良いわ。一応昨日の礼ってことだから」

「はあ。別にいいですのに」

「別に。とか言わない。目上に失礼よ。市井しせいの子はこれだから……」


 市井ってああた。両親の影響で時代劇とかラノベとか読んでる僕じゃなかったら解んないぞその言葉。

 市井と言うのはちまた。街中に住んでいる大多数の人。つまりは庶民のことだ。地球ちたまのことではない。

 アイドルって一般人のことをそんな風に言うのかね? 偶像アイドルなんて俗世間まるだしの職業だと思うのだけど。

 目下の僕はそう思いました(小並感)


「でも驚いたわ。アンタみたいな子供がバスターやってるなんて思わなかったから。昨日も志望の子が粋がってるんだと思ったし」

「まあそれは自分でも思いますよ。実際にまだ子供ですし。それに多分、粋がってもいるんでしょう。自覚はないですけど、人の好意を素直に受けれませんし」

「ナマ言ってんじゃないわよ、子供が。それと口調。慣れない敬語とか使わなくて良いから。歳だってそんなに違わないだろうし、プライベートまで肩っ苦しいのはごめんだわ」


 ふうん。思ったよりもフランクな人だな。いやまあ純和風美人な見た目に反して女ヤンキーみたいな人だけど。

 しかしこの人はプライベートが口癖なのだろうか。ちょくちょくと口にしている。

 アイドルともなればプライベートなんてわざわざ口にしてしまうくらい貴重なのかもしれない。

 意識高い系なのかも知れないが……


「それで失礼を承知でズバリ聞くけど、なんでアンタみたいな子供が一人でバスターなんてやってるの? 装備品も型落ちだけど素人が使うような代物じゃないし」

「初対面の人に聞く話じゃないと思うけど?」

「だから先に断っといたでしょ。それに不公平じゃない? 私がバスターやってるのは公表してないんだから」


 それ等価かなあ? 僕、他人に自分のことをペラペラ喋るような露出趣味はないんだけど。


 だけど、そんな了見の狭さが一人でバスター業をする理由の一つになっているのも確かだ。

 それに相手は良く知らないけどトップアイドル。自他共に個人情報をたやすく喋ったりはしないか。

 ためしに、と言うわけではないが。奇妙な偶然から縁を持った……名前が思い出せない……アイドルさんに事情を軽く話した。


「――そう。多いものね。今の時代。お金のことに関しては私は恵まれすぎているから同情……ああ言葉通り情を同じくするって意味よ? できないけど、失う辛さは私も憶えがあるわ。メンバーにも似たような子がいるしね」

「はあ、恵まれすぎ? やっぱりアイドルは儲かるんだね」


 今はキレてないのか物わかりが良いアイドルさんに当たり障りがなさそうな返事を返したのだが、変な顔をされた。

 え、駄目だった? 女の子って解らない。


「そうよね。アンタ私のこと知らないのよね。ハハ、これでも今は全国区で活躍してる人気アイドルグループなんだけどね。……まあメイン採用のスカウトで劇場に立ってない私が言うのもなんだけど」

「?」


 何が言いたいのか解らない。これは僕が駄目なのか、それともアイドルさんが女の子に良くある(らしい)自分のことを話したいだけの人なのか。


「公表されてるから隠すことでもないし、公平じゃないから教えるけど。私、竹取グループの娘だから」

「??」

「だ、だからアンタは……!!」


 また急にキレだしたアイドルさんだけど、そんなことを言われても。

 竹取グループってなんですかね? グループってNK24じゃなかったっけ?


「コレよコレ。仮にもバスターなんだから知ってるでしょ!」


 アイドルさんはそう言ってテーブルの下に置かれたシールドケースを見せてくる。場所が場所だから普通のお高い店ではできない封印された兵器ボックスを身近に置く事ができていた。

 さすがにあの大剣は生身では持てないので施設内の専用ウェポンケースに保管しているらしい。高いんだよねえ、使用料。


「ええと、良いシールドケースですね?」

「そうじゃなくてー! ロゴを見なさいロゴを!」

「ロゴ? ああ、TG社の製品なんだ」


 シールドケースの隅の刻印。満月を現す円の中に一本の竹がある素朴で憶えやすい社章だ。

 現在ではアトリエ制度もあって小さいのも合わせれば日本国内だけでも百を超えるカオスホール対策グッズ販売会社。

 竹取グループはその中でも片手の指で数えられる大企業である。いわゆる財閥系の流れらしいし。

 たしか大艦巨砲主義みたいなピーキーな製品をメインにしていたはず。


「TG。竹取グループだから社はいらないわ。上場してないけど株式だから間違いではないけどね。……もう言わなくても解るわよね?」

「はあ、まあ。つまりお嬢様ってこと?」

「おどろかないわねえ、アンタ。学校でも芸能界でもこれを言えばみんな驚くのに」


 おべっかか、ありもしないおこぼれに預かろうとする馬鹿が寄ってくるけど。

 アイドルさんはヘラリと笑った。

 なんか病んでそう。芸能界とかって心に悪そうだもんね。


「驚くもなにも関係ないし。っと、ごめんさい。言い方が悪かったです。良く知らないから実感がないってことなので」

「気を回さなくても良いわ。変に気を使われたり欲目で見られるよりずっと良いから」


 貧する者には貧する者なりの問題があり。富める者には富める者なりの問題がある。そんなところなのだろう。


「なんか話が逸れたわね。バスターやってる理由ってやつを話してたんだった。アンタに聞いたから公平に私も言わないとね。と言ってもアンタみたいな切実な問題じゃあ……私的にはあるんだけど」

「はい」


 なんだか言いづらそうにしているアイドルさんに相槌を打つ。


「笑わないでよ? 私的には本当に切実な問題なんだから」

「はい」

「あ~その、ストレス…の発散にきてるの」

「はいい?」

「プフッ?!」


 思いもしなかった言葉にどこぞの敏腕デカみたいな声を出してしまった。

 アイドルさんも自分で言っててちょっとアレだと思ったのか、それとも意外と似ていた僕のモノマネチックな反応に白すぎる肌に朱をさした。


「馬鹿。笑うなって言ったけど、ウキョーさんのモノマネしろなんて言ってないわよ。冗談でも何でもなくストレスの発散。素人でも解ると思うけど、芸能界ってほんとストレス溜まるところだから。特にアイドルなんてそれはもう四方八方から関係者一般人問わず――」


 そうして愚痴が出てくること出てくること。アイドルさんは実名とか身バレしそうな辺りを誤魔化しながら実際にあったことを話す。

 話す。

 話す。

 話……も、もうお腹一杯ですからー!


 まだ何も食べていなのに胸焼けしそうになったところでオーダーした料理が届いた。


「こちら旬の温野菜と合鴨のソテー。コンソメジュレのビシソワーズになります」

「わ、おいしそう」


 そして意識高そうな見た目と名前。びしそわーずとか舌噛むよ。

 ゴチになります。とアイドルさんの方を見ると、やっぱり舌を噛みそうな名前の料理がドンドン、ドンドンドン、ドンと置かれていく。

 お、おお? 二人用にしては広めなテーブルが料理で一杯になったぞ? 僕3分の1くらいでアイドルさんが残りの2、よりも多めだ。


「さ、食べましょ。そう言えばアンタそれぽっちで足りるの? 追加しても良いからね」

「い、いえす」


 どうやら僕にくれる訳でもなさそうだ。つまり一人分。

 どちらかと言えば野菜メインの僕とは違って肉成分多めの料理をアイドルさんがいただきますと手を合わせて口に運んで行く。

 その動作は自称、たぶん他称もお嬢様に相応しいエレガントな所作。

 しかし無駄を極限まではぶいたような洗練された手際で次々に料理が皿の上から消えて行く。

 

 やばい! なにがヤバイってお高い料理をあんなにスナック感覚で食べれるとかマジでセレブだよ!

 変なところでアイドルさんのセレブさを思い知った僕は、遅れないように自分の料理に取りかかった。


 うわやっば。マジ美味い。料理好きの母さんのおかげで質の良い野菜を食べ慣れている僕でも美味しいと感じる温野菜が秀逸だ。

 カモのローストも独特の風味はあるけどソースと合わさることで相殺昇華されている。ビシソワーズが美味しいけれど、料理の兼ね合いがあって喉に引っ掛かる気がするのが唯一の欠点かな?

 総じて、お高い値段に相応しいお手前でした!


 どうやらアイドルさんもまだ未成年らしくノンアルドリンクで喉を潤したところで話の続きが始まった。

 アイドルさんはお嬢様らしく食事中はあんまり喋らなかったので再開したと言った方が正しいかもしれない。


「あら、すごく可愛いじゃない!」

「でしょ~? うちのむ~とつなは宇宙最強ですから~」

「ごめん。なんか気持ち悪いわアンタ」


 失敬な! む~とつなにとってカッコイイお兄たんでいられればそれで良いのでアイドルさんの評価なんてどうでも良いけど!

 僕が限られた時間しかバスター業ができない理由を愛妹あいまい写真を添えて話していた。


「でもふうん……。そうなんだ。……だと、私にとっても都合が良いかしら……」


 写真を見せていたPDAを返してもらったんだけどアイドルさんがブツブツと言い始めた。

 あれ? そう言えばなんでバーサーカーなク〇女と楽しげに話してるんだ僕。

 これがリア充のコミュ力か!?と慄いた僕に真面目な顔をしたアイドルさんが話しかけて来た。


「ねえ、アンタ。いえ、武庫川兵庫くん。アタシとチームを組まない?」

「へ?」

「アタシは副業バスターで本業の方が忙しいから週に一回ていどしか組めないけど、腕には自信があるわ。これでも御家柄色々嗜んでいるしね。装備品だってうちのグループの最新式を使ってるし」


 僕と、チームを? アイドルさんが?

 それは僕にとっては渡りに船な申し出だった。

 週に一回だけとしても明らかに僕よりも強いアイドルさんと組めるメリットは大きい。

 普段は一人で無理のない活動をし、二人の時に少し冒険をする。そうすれば僕の成長にも良い結果を生み出すだろう。

 同じ新人と組む場合に問題となってしまう装備品に関してもアイドルさんは問題ない。逆に僕の方が低レベル品になるのだから。


「ほら、私ってトップアイドルでしょ? ってそんな、そうなんだ……みたいな顔してももう引っ掛からないからね。それに言ったけど週一回ていどの活動じゃチームも組めなかったのよ」


 それがアイドルさんのメリットか。たしかに週一回の活動じゃあまともなチームには入れない。

 なによりチームを組めば素性を明かさなければならないからアイドルさんにはよりハードルが高くなる。

 普通、のチームではやっていけないだろう。僕みたいなわけありで都合の良い相手でもなければ。


 チームを組むのは初めてだし良く知らない人だけど、現状では僕と組んでくれる人なんていないので断る手はない。

 実感はないけどアイドルとバスター業なんてトラブル関係のフラグが満載なのが難点か。

 ん、でも。僕は思いだす。まだ僕ではビビッて上手く倒せないモノアイドックをたった一人で、それも群れを蹂躙した強さ。

 一緒に行動する時間は少ないだろうけど、その強さを少しでも吸収できれば……

 そうと決まれば言うのは僕の方からだ。女性にお願いされてなんて真似はなけなしのプライドが許さない。


「あの、こちらからおねがいします。僕とチームを組んでいただけますか」

「あら、紳士なのねアナタ・・・。申し込むなら男の方からだなんて。わかりました。竹家…いえ竹取赫夜。貴方のチームに入らせていただきます。ふふ、よろしくおねがしますね」

「はい、よろしくおねがいします」


 こうして僕は竹取赫家さんと酷く限定的なチームを組むことになった。

 なんだかテンションと口調の浮沈みが激しい女性なのが心配だけど、アイドルなんて立場がある人間なので悪いことをされはしないだろう。

 僕は次に組む日取りを合わせてからアイドルさん…もといカクヤさんと別れた。


 そして鳴子さんのアトリエについて今日の稼ぎがほとんどなかったことに気付いた……また大きなマイナスだよ。

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