第9話 心優しき野獣 その1
第一印象。それは最初に見て得た印象のことをさす。
つまりは見た目のことで、穿った言い方をすれば見た目が全てだと言うことでもある。
俗に言うイケメンに限るなどは正に第一印象優先の偏見に満ちたものいいであろう。
……いやこれはフツメンの愚痴じゃあないよ?
なにせ僕は愛する妹たちにとって良い兄であればそれ以外は割とどうでもいい人間だから。
でも僕が出合った一人の青年はそんな第一印象とそれに続く第二第三印象の差異に悩まされてた。
その誰よりも男らしい外見だけで評価され、その内にある誰よりも優しい心は否定される。
そんな歪な状況にあって耐え続ける強さまでをも持った、持ってしまった男の話をしよう。
僕が憧れる理想の《お兄ちゃん》を体現した《野獣》の話を。
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出会いは元をたどれば数カ月前になる。高校に進学する少し前に両親が不帰還者となった僕は、幼い妹たちの世話をするために普通の高校ではなく通信制の高校を選んだ。
ちょうど地元に通信教育制度を始めた公立高校があったのでこれ幸いと申し込んだものだ。
しかし入学関係の書類も郵便で受け送りできた便利な学校であったが、流石に入学前の面接はあった。
通信教育にあたっても週に一度の登校、主に教師や同じ境遇の生徒たちとの顔合わせは必要とされていたし。
そうして訪れた入学前の3月の始め過ぎ。まだまだ肌寒くコートが手放せない寒気の中、僕は個人面接する進路指導室を探して見知らぬ高校の廊下をさまよっていた。
「……学校って一種のダンジョンだよね」
息が詰まる閉塞感に自分よりも
小中学校もそうだったけど慣れてしまえばそうではなくなる。しかし初めてだとどうしてもそう思ってしまうのだった。
でも困った。話を聞こうにもテスト明けの休校日らしく生徒の姿が見当たらない。狭い校庭にすら部活をしている生徒の姿がなかった。
「ん?」
一階の渡り廊下を通り、隣の校舎に入ると小窓が開いている教室があった。
他の教室はみんな閉まっていたので、生徒か教師かが居るのかもしれない。
やっと話を聞けそうな人を見つけたと思った僕は、少し足早にその教室へと向かった。
小窓とは違って閉まっていた扉を開くと中には男が一人、机に座って何かをしていた。
「あの、すいませ…ん?」
おお? 声をかけたが良いが思いもよらなかった相手の風貌に言葉切れになってしまった。
僕の声に《いかつい》顔を上げた男の人は無言で見つめてくる。
「…………」
「…………」
な、なんで無言!? 声とかかけたらまずかった?! お、怒ってるのかなぁ。
なんか目をそらしたら命がなさそうな気がするので相手の顔を見ているのだが、見れば見るほどいかつい。いかつすぎる。
詰襟の学ランを着ているので生徒なのだろうが、顔だけを見れば完全に教師の方だ。それもスパルタ系の体育教師。昔はトップアスリートで今も教えるかたわら体を鍛えているとかそんな感じの。
制服の上からでもわかる筋骨たくましい大柄な体格は、デレビで見る外国のバスケット選手みたいに大きい。標準の大きさの学習机が小さく見える。
「……なにか」
声ちっさ!?
数秒ほど無言が続いたところでいかつい人が口を開いたのだが、超声が小さかった。
蚊が鳴くような声という奴なのだが、声自体は蚊が出せそうもないバリトンボイスなのが違和感のない違和感だった。
「あ、その。道に迷ってしまいまして。進路指導室ってどこにありますか?」
「……ああ、新入生ですか。進路指導室ならこの校舎の一番奥にあります」
「一番奥、ですか?」
そう言われてもどっちが奥だかわからないんですが。どっちもそっちも奥と言えば奥だし。
それにやっぱり声が小さい。聞き取りにくいです……。
「……案内しましょうか?」
「あ、はい。ごめいわくでなければ」
不安そうな、と言うかハッキリしない顔をしていたのだろう僕の顔を見て、いかつい人が案内を申し出てくれた。
これ幸いとお願いした僕は、ついでに気になっていることを訪ねる。
「それ、刺繍ですよね。すごいなあ~」
「……あ、ありがとうございます。……でも、おかしい、ですよね?」
「はい?」
いかつい人は顔に似合わぬ気弱そうな表情を作った。
いや僕がそう感じただけで、実際には不敵な笑みを浮かべる強者みたいな顔だけど。
この人を見ていると父さんたちが見ていたレトロアニメのキャラを思いだすんだよなあ。世紀末なアレで覇者してるちょっとお高めなインスタントラーメンみたいな名前の。
でもなにがおかしいのだろう。ハンカチだと思われる白い布に見事な花模様を縫っているだけなのに。これ、お金が取れるレベルだよ。すごいなあ~。
「……貴方は本当にそう思ってるんですね。嬉しいです」
「はあ、なんのことか良くわかりませんけど」
いかつい人はニコリと儚く微笑んだ。
いや僕がそう感じただけで、圧倒的強者が鼻で笑ったような感じだったけど。
「……ではこちらに」
「あっ。ありがとうございます」
刺繍道具を手早くまとめてなおしたいかつい人がスッと腕を伸ばして行く方向を示してくれた。
立ち上がった時の自然さもそうだけど、この人すごい鍛えてそう。見た目に反してすごい礼儀正しいし、なにか武道でもやってるのかな?
「でもほんとお上手でしたね。僕はどうも針仕事が苦手で。このあいだ妹たちが破いちゃった縫い包みを縫おうとしたんですけど上手くできなくって」
「……ぬいぐるみは立体ですから。平面な普通の布よりもむずかしいので」
ああ、なるほど。立体か。言われてみればそうだよね。平面を縫うようにしたから引きつったのか。
「……偉いんですね、貴方。妹さんたちのために縫い物をするなんて」
「そりゃもう妹たちのためですからね!! 縫い包みが破けちゃった時はそれはもうおにーたんにーたんって泣いて可愛くってもう!! そりゃあにーたんが頑張らないと!」
「っ……は、そうですか」
あれ? なんでちょっと引いた感じになってるんだろう? ま、いいけど。
「……でも、だからですかね。自分を見てもおかしく思わなかったのは」
?? いかつい人が何を言いたいのか良くわからない。僕が何かしたのだろうか?
なんとなくいかつい人のことが気になった僕はそのことを訪ねようとした。
「……進路指導室はここです。それでは」
だけど目的地に着いたことで会話は途切れてしまった。
いかつい人は大きな体で折り目正しく一礼すると、コツコツと静かな足音を立てて去っていった。
……なんか、見た目に反して繊細そうな人だったな。
夜の街角で絡まれたらチビリながら速攻で財布渡しちゃうくらいのいかつさだったのに。
そうして快く案内を申し出てくれた在校生と別れた僕は進路指導室へと入り、中で待っていた通信教室の担当教師と面接した。
それが僕と、その時はまだ名前も知らなかった心優しい兄貴分との最初の出会いであった。
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