第10話 心優しき野獣 その2

 6月。カオスバスターの講習所を終えて帰路についた僕は傘をさし、しとしとと小雨が降る街中を歩く。

 反対の手には装備品が入ったシールドケースを持っているので両手がふさがっていて不自由だ。


「止まないなぁ、雨」


 4月に不帰還者だった両親が死亡扱いへと変わり、それを起因とする多くの、それでいて深刻な問題が噴出した。

 それを両親の友人であり、今では後見人になってくれている鳴尾鳴子さんの手助けを受けながらなんとか解決し、5月からはカオスバスターになるための勉強をしている。

 このまま失敗しなければ来月、7月の中頃には正式な免許が発行されるだろう。


 この春から一応高校になったわけだけど、通信制で登校が週に一回の半日だけでよかった。

 これ以上忙しくなったらむーとつなとの家族タイムが減っちゃうところだった。

 ……OJI3オジサンにも感謝してやらんでもない。


「はぁ~……」


 思わずため息がでた。世の中とは世知辛いものだ。15歳になった僕は法的にはまだ子供だけれど、幼い妹たちを養うためには大人同様に働かなければならない。

 まあ今はもしもの時のためにと両親が僕の口座を作っていたのでなんとかなっている。節約すれば1年ほどはもつだろう。


 しかし住宅ローンの大半が残っていたのが致命的だった。両親の口座は凍結、つまりは没収され遺産のイの字にもならなかった。

 両親の趣味だったレトロなサブカル品やカオスホール産の希少資材などを処分することで貯金でも相殺しきれなかったローンを完済できたのが唯一の救いだ。

 でなければ唯一残った家は差し押さえられ、3人の家なき子ができあがっていたことだろう。


 ……親戚はいない。この時代には珍しくはないのだが、20年少し前のカオスホール出現時に大きな人的被害をだした結果、親戚と言う薄い家族の絆は絶たれてしまっている。

 僕の両親もその両親や兄弟を亡くし、復讐心……からではなく生きるためにカオスバスターになったらしい。

 奇しくも状況が今の僕と似通っている。


「……ん?」


 あまり明るくない未来に暗くなっていた僕の視界に特徴的な男性が入った。

 2m近くありそうな筋骨たくましい巨体を、黒い詰襟の学生服に押し込めた青年。

 今の生活環境が激変した僕にとっては唯一と言って良い年上の友人、国衛くにえ泰山たいざんだ。


「国衛先輩、こんにちは。買い物ですか?」

「……ああ、こんにちは。……使っていたフライパンが壊れてしまったもので」


 国衛先輩がいたのは某キッチン用具店。リーズナブルな値段ながらもちょっとおしゃれな物を取り扱う人気の店だ。

 大半の利用客が若い大人の女性なので国衛先輩だけが文字通り頭一つ浮き出している。違和感が凄い。そして声が小さい。

 そう、彼は以前僕を指導室まで案内してくれたいかつい人である。


「焦がしちゃったんです?」

「……いえ、柄の根元が腐食していたみたいでクルクルと」

「ああ、あるある」


 お高いフライパンだと柄が一体になってたりするのでまずないが、ちょっと使い用に買った安いフライパンだと柄の部分がネジで止めてあったりして壊れることがある。

 家でも母さんが予備に使っていた5年物の安いフライパンがそうなってた。


「良いの見つかりました?」

「……はい。これなんかどうかと」


 そう言って国衛先輩が持ち上げたのは見本品のフライパン。

 ホットケーキとか美味しく焼けそうなこじんまりとした可愛らしい物だ。

 体の大きな国衛先輩が持つと卓球ラケットみたいである。


「あ、良いですね。家は母さんが使ってたのが一杯あるんで買わないでけど、これくらい小さいのもむ~たち用に欲しいなあ」

「……はは、君は何時も妹さんのことだね」

「あたりまえですが?」


 もはや生きる目的ですから。僕の体は妹愛でできている。

 それに何でも一緒が良い双子なのでホットケーキを温かい内に一緒にだすのが大変なのだ。小さいのを二個使うのもありかもしれない。


「……だから自分が似合わないものを持っても笑わない。感謝してます」

「またそうやって卑下する。言いたい奴には言わせとけば良いんですよ」


 自虐気味に笑った先輩の大きな背中を軽く叩く。肩を叩きたいのだけど、位置的にちょっと叩き辛いので。

 このどこからどう見ても世紀末覇者なマスラオ、国衛泰山の趣味は裁縫に料理にプチガーデニング(菜園)その他と実に乙女っぽい。

 たぶん小動物とか可愛いものにも弱いと思う。


 それを周りから色々言われているらしいのだ。

 常識、普通、当たり前。その時の気分で変わるような形のないものを理由に。

 うちの場合は両親そのものが変わり者というかアウトローだったので、そんな型枠は存在していない。


「趣味趣向なんて人それぞれなのに」

「……そう言うわけにもいかんでしょう」


 今の時代はカオスバスターになった男が死に続けているので対比的に少なくなっている。酷い所では男1に対して女が2を超えると言う。

 なので国によっては重婚制度が広がり、男性の独身が許されず年齢制限により強制的に結婚させられる国もあるらしい。

 この国では相変わらず一夫一妻だが、甲斐性があるものが愛人を持つのは公然の秘密として黙認されている。


 なので未だに生きているのだ。男だからとか女だからとか。

 父さんが言っていたが、カオスホールが出現せずに平和が続いていればトランスジェンダーな人が心に見合った性戸籍を持てるようにもなっていただろうと。

 しかし男に男らしさを求めるようになった激動の時代。国衛先輩のような見た目にそぐわない趣味の持ち主は、ただそれだけで排他されがちなのである。


 特に国衛先輩の一家はみんな自衛隊や警察官とお堅い職業なのでなおさらだとか。

 喋り方が若者らしくない固さなのもお家柄らしい。それが似合っているから余計に趣味を理解してもらえないと、ハリネズミみたいな人だ。


「……それにしても武庫川君。話には聞いていたけど本当にカオスバスターになるんですね」

「あ、これですか? はい、講習の返りなので。後は実地で2回、卓上で1回で免許取得です」


 手に持っていたシールドケースに目を落とした国衛先輩が心配そうな顔をした。

 傍目にはモヤシっ子に上からガンづけている超武闘派番長(死語)だけど、付き合いも2カ月になる僕は見間違わない。


「……大変ですよね。幼い妹さんたちを抱えて命の危険がある仕事に就くなんて」

「んまあこのご時世ですからね。逆に僕みたいな子供でも稼げる……ようになるかもしれないだけマシじゃないですか?」

「……はは、君は強いですね。自分とは違って」

「もう、また自虐。それに強くなんてないですよ。ただ妹たちとハッピーになりたいだけなので」


 うう~ん。出合ってまだそう経っていないけど、国衛先輩は日に日に追い詰められている感じがするな。

 ひょっとして家族とうまくいってないのだろうか?


「……カオスバスター、か。……自分もそうすれば……」

「なにか言いました? 国衛先輩」

「……いえ、なにも」


 どこか上の空になった国衛先輩が口の中で言葉を転がす。元々声が小さすぎるのもあって僕には聞き取れなかった。


 だからまさか後にあんな提案を出されるとは思わなかった。

 僕が偶像と言う名の狂戦士と組み始めたその月。

 僕は縁。もしくは運命と言うものは実に数奇なものだと思い知る。


 世界なんてきっと救わない。

 ――でも手が届く範囲でなら人は人を救う。そんな当たり前だけど、とても難しい事件と一緒に。

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