第11話 現実的脅威 その1

「ダラッシャァァァアッー!!」

「「グォア!?」」


 時は再び戻って7月末日。チームを組むことになったアイドルさんこと竹取赫夜さんと初めての冒険。

 甲山カオスホール2層最奥のホールで黒金色の大剣がモノアイドックをまとめて粉砕した。


「ンンンアアアアアアアーーッ!!」


 横凪の一閃から勢いを利用して上斜めへと軌道を変え、その勢いに乗る様にして宙に舞った狂戦士…もといカクヤさんが一瞬の滞空の後に背中に回っていた大剣を縦に振り下ろす。


「「ギャッ!?」」


 二匹纏めて体を両断されたモノアイドックが物哀しげにも聞こえる悲鳴を上げて霧散した。


 ……改めて見るとほんと異常。

 話に聞くに、あの大剣の重さは30キロほど。公表されているカクヤさんの体重むにゃむにゃグラムに装備品の重さを足すと半分ほどの重量だ。

 人間、一キロの重さだって振れば体が持ってかれるのに、物理法則さんが仕事してない。


「ほら行ったわよヒョーゴ!」

「アイマム!」


 ひたすら無双するカクヤさんから明らかに格下っぽい僕に狙いを変えたモノアイドックが走ってくる。

 最初は一匹。それにつられて2匹が後を追ってくるのを冷静に観察していた僕は両手で拳銃を構え……十分に引きつけたところで針を穿つような思いで引き金を引く。


 ピュン。火薬式の銃弾では決してでない音を立てて銃口から光の弾が飛び出す。

 目視できるギリギリの速度で飛来した光弾がモノアイドックの大きな目に着弾し、頭の上半分もろとも弾けさせた。


「グァッ!」

「ガァッ!」


 闇色の靄となって霧散するモノアイドックの影から飛び出すように二匹のモノアイドックが飛びかかってくる。

 しかしそれは予想ずみだ。的確に、それでいて素早く照準を合わせ、発砲する。

 ピュピュン。格一発ずつ放った銃弾は狙い違わず先のモノアイドックと同じ結果を生み出した。

 頭を弾けさせ霧散したモノアイドックの闇色の靄が、飛びかかって来た勢いに乗って僕の元にまで届いた。


「うおお……やっぱり怖いい~」


 元々犬派だった僕だけど、モノアイドックの迫力に慣れなくてすっかり猫派になってしまった。

 顔の半分が一つ目になっている異形の土佐犬が殺意全開で襲ってくるようなものである。夢に見るほどに恐ろしい。


「ラスットオオォッ!!」

「ギャッ!?」


 ぷひーとメットの中の汗をかいた額を拭う素振りをしているうちに決着がついた。

 飛びかかって来た馬ほどの大きさのモノアイドック強を口から串刺しにしたカクヤさんが、大剣に纏わりついた靄を払う様に岩肌の地面に突き刺す。


「ふうっ! ちょっとスッキリ」

「へえ、お疲れさまでやす、アネゴ」

「……ぶつわよ?」

「ぷぎゃん!?」


 もうぶってますよアネゴ。

 戦いが終わり、ねぎらおうと軽口を叩いた僕の頭をポコンとカクヤさんが小突いた。

 じょ、冗談だったのに! アーマーのCリキッドメモリがちょっと減ったぞ! ちょっと小突く動作でモンスター並みの攻撃とかどうなってんだこの人?!


「いっとくけど、力の強さはこのアーマーの性能よ。私がそれに技を乗せてるだけ」

「は~、TGの最新型だよね。たしか」

「そ。最新と言うよりも発売前の試作品かな。生体バリアで管制制御を疑似的に再現するコンセプトよ」


 なるほど。それであんなデカ物を自在に振れてるのか。

 一息ついたカクヤさんが薄い胸を張る様にしていった言葉に納得する。

 最新の割には装甲が薄そうなのも見た目で解りやすくするためのデザインなのかもしれない。


 なにせライブアーマーの本体は疑似生体バリアを発生させるスーツ部分だ。鎧部分のガードはオマケと言っても良い。

 なのでカクヤさんのように胴体丸出しで手足と頭だけをガードしているエロいスーツでも問題はないのである。

 モデル体型で女性を意識させる部位があんまりないので視線いかないしね。


「ねえ、なんか馬鹿にされてるような気がするんだけど」

「気のせいじゃないっすか?」

「あ、そ。まあ良いわ。息ついてるうちに装備品点検しておきなさい」

「アイマム」

「それやめて」


 うぬう。アネゴは格上扱い?はお嫌いなようだ。年上でアイドルでオカネモチだけどフランクな態度がお好みらしい。

 まあ僕も慣れない年上の女性との初めてのチーム戦で興奮気味だったのだろう。

 カクヤさんが強すぎて命の危機を感じにくいのも問題だった。


「でも背中を任せられ……見張ってて貰えると心もち楽ね」

「すんません。未熟者で」


 大剣のハンドガード下部にあるCリキッドカートリッジを交換したカクヤさんが肩をすくめた。

 申しわけない気持ちが湧き上がる僕だけれど、装備品は良くても武道もスポーツもしてこなかった素人なのが実情だ。お嬢様らしく文武両道なカクヤさんに比べれば未熟者としか言いようがない。


 なんでもカクヤさんは本来なら薙刀を嗜むところをわがままを言って変更してもらい、現役バスターの剣術家に指南してもらっていたと言うのだから筋金入りだ。

 世が世なら姫武将か姫騎士ポジションである。


 そんなカクヤさんがどうしてこんな浅層にいたのかと言うと、カオスバスターとしての目的がアイドル業で溜めた過剰なストレスの発散だからだ。

 物騒な言い方をすると格下のモンスターを虐殺して回ることなので浅層でずっと留まっていたらしい。


 だけど流石に数カ月も同じことをしていれば飽きてくる。仕事にレッスンと忙しい彼女は週一回くらいしか来れないそうだけど、それでも10回はこの2層でモノアイドックを蹂躙してまわっていたそうだ。

 年齢も17歳と、僕と2歳しか違わない彼女も今年免許をとったばかりの新人バスターだった。


「本業がアイドルだからね。怪我とかするわけにもいかないし。背中を任せられるチームを組みたくても大抵の人は…ほら、勘違いしちゃうじゃない?」


 アタシ、トップアイドルだからね。と言うことらしい。

 つまり彼女にとっても僕にとっても互いに都合が良い人材なのだ。


「さて、次いくわよ」

「はい」


 簡単にだけど装備品を点検し終わった僕たちは小カオスホールに身を浸す。

 地上にあるカオスホールもそうだけど、本来なら異相だか多重だかでランダムに飛ばされる場所なのに、なぜか仲間だと同じ場所に飛ばされる。

 理屈なんて全く不明な現象であるが、そもカオスホールそのものが謎現象そのものなので《そんなもの》だとしか言いようがない。


 稀に人間関係ギスギスのチームの一員が、中の良い友人がいる他のチームが居る場所に飛ばされるなんてことがあるらしいけど。

 それはカオスホールに侵入したタイミングが同じだったのが一因だろうとは言われている。


 何時もどおり余談を考えているうちに小カオスホールを抜ける。

 しかし見えたのは相変わらず変わり映えしない岩のトンネルだ。


「さきにいっとくけど、アタシ、この層は補助に回るから」

「へ? ……あ、ああ。たしかこの3層から昆虫系がでるんだしたっけ」


 昆虫。と言ったところでカクヤさんの整い過ぎて冷たく見える美貌が歪んだ。

 ああ、嫌いなんですね。虫。僕も都会っ子なんで苦手なんですけど……。

 そう言いたいが言いだせない僕は、決して前に出ようとしないカクヤさんを先導するように前へ進んだ。


 するとどうだろう。数分ほどで三つに枝分かれした通路へと差し掛かり、その三つの通路の壁床天井にはビッシリと……


「うおおおおおおおおおお?!」

「いやあああああああああ!?」


 ゴメンムリ!! 全身に怖気が走った僕は背中にしがみ付いてきたカクヤさんの腕を掴んで逃げ出した。一目散に。

 うわあああああああ! 足が恐怖で力が抜けて走りにくい!

 つーか追いかけてくる?! 虫って音に敏感だものね!?


 カサカサカサと背後から聞こえてくる心をくじいてくる足音。

 ヤバイヤバイヤバイ。ここ入り口付近だから逃げ場がない。小カオスホールに逃げ込めばすむ話だけど、それってカオスバスターとして駄目だよね!?


「南無、三っ!」

「ひえええええ~」


 小カオスホールが見えたところでカクヤさんの腕を放して反転。ガタガタと震える腕を脇を締め、手首を胸につけるようにして固定し、足も笑っているので片膝をつく。

 ガサガサガサガサ。思ったよりも速くない速度で群がってくる多足類に向けてひたすら銃を乱射する。


 ビュビュビュビュン。なんだか発射音まで普段とは違うように感じる。

 僕の結晶銃である石火参式改はCリキッドカートリッジ満タンで80発ほど。今は3分の2まで減ってるそれを使い切るつもりで撃つ、撃つ、撃つ!


 パチュンパチュンパチュンと多足類。もう多足類としか言いようがないデカい虫が弾け飛んで行く。

 不幸中の幸いか、天井や壁にいたやつはみんな床に下りており、その数の多さから重なるように這いよってきているので一発で2匹が霧散することもあった。


 それは刹那か永遠か。記憶が曖昧になるほどの恐怖の時間が過ぎ、カチ、カチと弾切れになった引き金の音で意識を取り戻した。

 僕は慌てて腰の後ろのホルダーケースから予備のカートリッジを取り……


「……あれ?」


 何時の間にか多足類系モンスターは全滅していた。

 体を半分に穿たれた一匹がもがきながら闇の靄になって消え、後には結晶石だけがゴロゴロと転がっていた。


「お。おおう」

「は、はああ~」


 なんか前にも似たことあったなあ~とか頭の隅で思いながら尻を地面に付けた。

 近くでは良く考えたら何にもしてなかったカクヤさんも同じような恰好で座り込んでいる。


「だ、だからこの層いやなのよ~!」

「な、なるほど」


 どうやらカクヤさんが2層で留まっていたのはコレも理由の一つだったらしい。

 最接近兵器の大剣でアレを相手にするのは物理的にできても精神的に辛すぎる。

 もうなにもしたくなくなった僕たちは冒険をそこで切り上げ、結晶石だけを拾って地上にもどった。

 これは要対策だな。装備品の相談を鳴子さんにしよう。

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