第3話 リトルシスターズ(要点:マジ天使)

 カオスホールが出現して20余年。モンスターによって破壊され燃えた建物の姿はもうない。

 僕が小学低学年くらいのころはまだ街中にも瓦礫の山が残っていて、そこに秘密基地を作ったりなんて罰当たりなまねもしたものだ。

 けれどカオスホール関連から急速に発達した文明利器によって今はもう更地になっていた。

 ……更地のままなのは最初のカオスホール被害が少子高齢化からくる人口の減少を加速させた結果だ。

 今もカオスバスターとなった働き盛りの年代が死に続けているので解消の見込みはない。


 僕の家はそうして再開発された土地でも人気の場所に在る。

 狭い範囲で山と海に挟まれた街の海側。と言っても浜なんてないので普通の住宅街。周りの家と比べても広くて大きい新築の三階建てだ。

 住んでいる僕が言うのもなんだけど、お医者さんとか弁護士さんとか社長さんが住んでいそうな家である。


 ……そのせいで僕がカオスバスターをやることになったと言っても過言では無い。

 築1年で両親が死亡扱い。遺産となった貯金は当然住宅ローンと相殺され、それでも足りない分は両親がコレクションしていた希少な結晶石や資材などを売り払うことで解決した。

 借金が残らなかくて良かったと胸を撫で下ろした僕だったけれど、今度は固定資産税とか言う裏ボスが待機していたと言う超展開により更なる戦いの場へと向かう事になったわけだ……アハハ、ハァ~~~。


「ただいま~」


 ちょっと鬱になりそうな気持ちを上げて玄関扉を開く。


『オカエリナサイ』


 ……お前かオジサン。

 入って直ぐに僕を出迎えたのは愛する妹たちではなく、ボールに手足が生えたような不細工なサポートロボットだった。

 当たり前だけどオジサンと言うのは愛称で本当の叔父ではない。こんな叔父さんはいらない。

 形式番号OJI3を捩ってオジサンである。


 様々な理由による人口の減少。カオスバスターと言う絶対に必要な職業ができたことによる労働者層の更なる減少。

 サポートロボットと言うのはそれを補うために急遽開発採用された、人間の新しい隣人だ。


結女むすめ繋女つなめは?」

『ムーサマ、ツナサマ、ハ、リビング、デ、オベンキョウ、シテマス』

「そ、ありがと」


 オジサンに対する僕の態度はそっけない。なぜなら僕の留守中はコイツがむーとつなの寵愛?を一身に受けているからだ。許さんぞ貴様ー!!

 なのでそそくさと靴を脱いだ僕は速足で奥に向かう。

 そしてリビングのドアをそ~と開け、中を覗き込んだ。


「りんご」

「ごりら」


 リビングのテーブルの横。パネルクッションマットの上で向き合う二人の幼女。

 小さなお手てに持っているのはディフォルメされた絵が描かれた尻取りカードである。


「ら…らっぱ」

「ぱ? ぱ~?」


 はうっ?! い、愛しすぎるぅっ!?

 ぱ、が頭のカードが見つからなくてわたわたする繋女が可愛すぎた。

 ぱ、ってなんだろうね~? ぱないくらい可愛らしいむ~とつなのことかな~?

 ハァ…ハァ…お兄たんが見守ってるよ~ぅ。


『ヒョウゴ、サマ。ビョウキ、デスカ』

「誰がシスコンだ!」


 シスコンは病気じゃありません!

 自覚症状を駄ロボに訴えられて思わず声を上げてしまった。そのせいでお勉強中だった結女と繋女がこちらに気づいてしまう。

 ああ、もっと観察していたかったのに……と残念に思った僕だったが、勉強中で小難しい顔をしていた二人の顔が振り向くざまにパァっと満面の笑顔に変わった。


「おにいたん!」

「にいたん!」

「ただいま、む~、つな」


 キリッと顔を引き締めた僕は走り寄って来た二人を両腕で抱き上げる。

 ふんぬぅっ! ぼかぁこの時のために鍛えているんだな!(違います)

 きゃっきゃっと抱きつき頬ずりしてくる妹たちに頬が垂れ落ちそうになるがグッと我慢。お兄たんは威厳を保つのです。


『ムリ、シテマセンカ』


 してるよ? て言うかツッコミ入れるのやめてよオジサン。無駄に高性能め。


「む~、つな。お腹減ったろう? すぐに御飯にするからな」

「あ~い」

「すいた~」


 そこは「ちゅいた」とか言ってほしい兄心。でももう三歳だからね。言葉がちゃんとしていて嬉し哀しいよ。

 二人を宝物を置くようにそっとソファに座らせた僕は洗面所で腕や顔を綺麗に洗う。もちろんアルコール消毒も忘れない。

 今の所カオスホールで地球由来以外のウイルスは発見されていないが、それがずっと続くとは限らない。二人がまだ小さいこともあるし、リスクアセスメントは大切だ。


「ふんふんふ~ん♪」


 無駄に広いリビングの一角にあるオープンキッチン。料理が好きだった母さんの趣味で欧州風の広い物となっていてキッチン台なるものが真ん中にドデンと在る。

 天板は大理石でそのまま、まな板として使えるのだが水洗い前の野菜を切る時くらいにしかやらない。

 なので冷蔵庫から出した食材をドサリと乗せ、見た目木製っぽいゴムのまな板で小さく切る。

 うちの可愛い妹たちのお口は小さいからね。僕にはちょっと小さすぎるのだけれどシスターファーストなのでしかたない。

 今日のメニューは野菜たっぷりのコンソメスープと鳥モモ肉のぶつ切りソテーにポテトサラダを添えて、だ。


「愛情は~最高の~調味料~♪」


 野菜はコンソメスープで下茹でして柔らかくすると共に甘みと旨味を付加。小さな子供でも食べやすい物をがもっとーです。

 でもごめんねマイリトルシスターズ。父さんたちが居た時より食材のランクが下がってるんだ。2ランクくらい。なので野菜の下ごしらえが大事なのである。

 でも兄ちゃん頑張るからもう少しだけ待っててね。


 毎日ではないが仕事に出ると遅くまで帰ってこなかった両親だったので自然と料理をするようになっていた僕。母さんには遠く及ばないけど、それでも一般的な腕はあるつもりだ。

 出来上がった食べやすさ優先の料理を子供用の小さな器に量を均等に入れる。妹達は一卵性の双子だからか少しでも違うと愚図ったりするのだ。

 着る物も一緒。食べる物も一緒。遊ぶ時も寝る時も一緒(お兄たんも)だ。

 なんでも一緒が良いとか可愛いすぎて死ぬわ!!


「は~い。できましたよ~」

「「にゃー!」」


 ふふ、にゃーですってよ奥さん。うちの妹達はそれはもう可愛くって……。


『ウツビョウ、デスカ。ジカク、アリマスカ』


 情動激しくてごめんね!? だからツッコミ入れなくてもいいから!

 うちのオジサンは父さんたちと鳴子さんが防犯機能がどうとかでいじったせいか他のOJIシリーズより人間臭い。ツッコミ機能搭載のサポートロボットなんてテレビでもみたことないよ。


「んとにもう。ほら、む~からおいで」

「あい」

「つなも~」


 ごめんねつな。流石にもう双子用の椅子には入らないんだ。だから一人づつ子供用の椅子にね。

 並んだ座席の位置が高い子供用の椅子に一人一人乗せ、自分も対面に座る。

 両親が居なくなった今では8人掛けの大テーブルはリビングの広さもあって酷く物寂しい大きさだが、目の前にいる結女と繋女のおかげで寂しくは無い。

 ……逆に結女と繋女にはたくさん寂しい思いをさせているが、そのぶん兄ちゃんがんばるからな。


「それではいただきます」

「「いたたきます」」


 濁点なくて可愛いぞ、む~、つな~!!


「んまんま」

「おいち」


 小さなお手てで掴んだ木製の安全スプーンを若干不器用に動かす妹達。

 どうやら御口に合ったようだ。流石に母の味は再現できないので僕は何時もドキドキしている。

 夜は何時も三人で寝るだけれど、二人は母さんが恋しいと泣く時がある。そんな時は頼りにならない自分の不甲斐なさに泣きそうになる。


 全くなにしてるんだよバカ両親。早く帰って来いよな。

 未だに、しかし確固として不帰還者となった両親が帰って来ることを信じている僕は、それが現実逃避の一つであると薄々感じながらも気づかない振りをした。

 だけれど可能性はあるのだ。カオスホールはいわゆる異世界みたいもの。ひょっとしたらそれこそ本当の異世界に迷い込んでしまった可能性もなきにしもあらず。


 食事を終えた後は何時もどおり腹ごなしに結女と繋女とわちゃわちゃ遊び、小一時間した所でお風呂に入った。勉強とか知らんな。

 うん? もちろんリトルシスターズと一緒だよ。こればかっりは両親が居なくなったことで一人占めできる役得と言っても良いかな。

 両親が居た時は主に父さんと殴り合い寸前の取り合いだったからね。


 ふわあ……それではおやすみなさい。僕は妹達にサンドイッチ(川の字)にされて寝るよ……。

 オジサン? ベットの下で充電ちゅ…zzz

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