第14話 現実的脅威 その4

「…………」


 3層の攻略を終え、4層へ侵入をしてすぐに帰還した僕たちは、以前カクヤさんと食事を共にした施設内のお高め飲食店に訪れていた。


「…………」


 目の前ではどこぞの司令みたいなポーズのカクヤさんが無言でいる。

 絶賛放心中であった。虫嫌いには地獄としか言いようがない3層を攻略した後遺症である。

 気持ちは大いにわかる。飲食店に来といてなんだけど、僕も今は食欲とか全く湧かないし。

 中身、つまり内臓がないモンスターであったことが唯一の救いだ。死体も残らないのでグロテスク度は低い……と無理矢理思っておく。


「……はっ? い、意識が飛んでたわ」

「おかえりなさい」

「ただいまだわ」


 フリーズ状態から復帰したカクヤさんがウェイターを呼んで注文する。

 アナタも頼みなさいと言われはしたが、食欲がないと答えるとその理由を思い立ったのか嫌な顔をしながらもドリンクだけは頼みなさいと命令気味に進められた。

 お高い店にきて注文もしないのはマナー違反かと思い直した僕はブレンドコーヒーのホットを注文した。1200円(税抜)でした。

 普通に良い珈琲が豆で買えるじゃんよ。でも美味しかったです。


「あ~一息ついたわ~。これでしばらくはアレオンリーな層はないでしょ。混じっては出るでしょうけど、1匹2匹ならまあ我慢できる……と思うし。多分」


 大量の料理をペロリと平らげたカクヤさんがリラックスしたように椅子の背もたれに体重を預けた。


「ん~ダンジョン型の欠点だよね。フィールド型と違って何種類もでてこないのは長所でもあるけど」

「うう、バスターである以上、避けては通れない道よねえ」


 だよねえ。ほんとに昆虫系って嫌だ。群れってことならランドバットでも経験したけど、アレに感じた恐怖とは質が違う。

 後者なら殺られてたまるかと怒りが湧いてきたけど、前者は死にたくないと言う恐怖から力が抜ける感じだった。

 最後は一周回ってブチ切れたカクヤさんの狂戦士的一撃が炸裂したけど。あんなのによく立ち向かって一刀両断できたもんだよ。


「うあ~! もう忘れましょ。明日を見て見せるのがアイドルよ!」

「はは、そうだね」


 出会いはわりと最悪な形だったけど、カクヤさんは年上としてもバスターとしても尊敬ができる人だ。

 今日の嫌な記憶を塗り替えるように他愛無いのことを話しながらドリンクを飲み、別れの時間までを過ごす。

 そうして次に組む日程を話しあい――


 ――イイーン!! イイーン!! イイーン!!


 緊急警報が甲山カオスホール施設内に鳴った。


『緊急通報! 緊急通報! 甲山霊園付近ではぐれモンスター出現! 対象はシリーエイプが複数体と思われます! 施設内のバスターは報告所にて緊急外出手続きをおこない対処にあたって下さい! 繰り返します――』


「すぐ近くじゃないか!?」

「いくわよヒョーゴ!」

「うん!」


 カクヤさんと顔を見合わせ足元に置いていたシールドケースを持って離席する。

 支払いはカクヤさんがカードで一括ですませ、着替えのために一度別れた。

 男だから着替えるのも早い僕は先に帰還報告所に行き、緊急時にのみ許される装備品を纏ったまま市街に出るための手続きをおこなって出入り口付近で待機した。

 さすがにハンドガトリングガンはシールドケースのままロッカーに残している。あんな殲滅兵器は街中で使えない。


「ああくそ儲けになんねーのに出るなよな!」

「市街地じゃないが時間的に住民は多いぞ急げ!」

「たしかあのあたり保育園併設の老人ホームとかあったぞ!」


 急いで外に飛び出して行く武装したバスターたち。しかし中にはわざともたもたと動くバスターもいる。

 カオスホール出現時に掃討しそこねたモンスターは自然の中に潜み、時折こうして人を襲いにやってくる。

 それを討伐するのはカオスバスター有資格者の義務である。しかしそれに対する報酬は基本時に無く、消費した装備品の補てんもない。

 落ちる結晶石もチームメンバーではないバスターと所有権で揉めることも多い。


 だから、言っては悪いが質の低いバスターは金を惜しんで義務を表面的にだけ満たし、自分以外の誰かが行動するのを眺めるだけとなる。

 金銭的に苦しい今の僕には金を惜しむ気持ちは理解できる。しかし人の命がかかっているこの状況でその命を救えるかもしれない者が金や手間暇を惜しんで行動しないのを見ていると、モヤモヤとした黒い物が腹の底から湧いてくる。


 つまらない正義感だ。頭の中に居る冷めた自分が子供的な視野狭窄の正義感に嫌悪感を抱いた。

 こんな時になにを考えているんだか。自演気味の自己嫌悪に苦笑していると、フル装備の上からハーフコートみたいなものを着込んだカクヤさんがやってきた。

 さすがにエロく見えるライブアーマーだけで外に出たりはしないようだ。さすがアイドル。TPOはわきまえていた。


「手続きはすんだ!?」

「すんだ!」

「いくわよ!」

「うん!」


 僕たちも他のバスターたちの流れに乗って甲山カオスホールから飛び出した。


「ヒョーゴ気をつけなさい! 今の私たちが全速力で生身の人とぶつかると大怪我をさせるからね!」

「わかってる!」


 疑似生体バリアを纏い疾走する僕たちは生身の人間からすれば車やバイクと変わらない。

 速度そのものは自転車ていどだが、疑似生体バリアは反発力を持っている。同質の生体バリアを纏っていないと弾かれてしまうのだ。

 全力でぶつかったら死にこそしないだろうが大怪我をさせてしまうだろう。


 甲山カオスホールは山の麓にあるので通行人は少ないが0ではない。

 けたたましく警報が鳴る道路の一車線分を占拠してカオスバスターたちが目的地に向かって走る。

 ライブアーマー装着中は生体バリアの福次効果もあって体力を消耗しにくい。ほとんど全速力で走る僕たちは数分で現場に到着し、あちこちから聞こえて来る悲鳴の元へとそれぞれ向かった。


「居た! 人が襲われてる! ヒョーゴ!!」


 何かが植えられている緑の実験畑。その間に通る農道で農家の人だと思われる男の人が座り込み、そのすぐ近くに茶色い大きな猿が居た。

 遠い! 距離はまだ数百mほども開いている。しかし大柄な成人男性ほどもある茶色い猿、シリーエイプがこちらの都合を考えて動く訳もなく、その長い腕を振り上げ――


「南無三!!」


 僕は当たらないのを承知でガンホルダーから抜いた結晶銃を発砲する。

 距離は今で100mほど。ピュンと何時もどおりのどこか間抜けにも聞こえる発砲音がなり、飛んでいるうちに減衰していく光弾が振り下ろされかけたシリーエイプの腕をかすめた。


「ギャッ?!」

「ひいぃっ!?」


 ほとんど消えかかった光弾は毛皮を焦がすことすらできなかった。しかし驚かせたことでシリーエイプの腕は逸れ、倒れる男の横の地面をえぐった。


「こ、ん、にゃ、ろーう!」


 できた大きな隙にカクヤさんが加速し跳躍する。30キロを超える大剣を両手に、バスケット選手よりも高く跳んで落下ざまに振り下ろした。

 ゾンッ。と唐竹わりにされたシリーエイプが悲鳴を上げる間もなく霧散する。


「んっ!」


 着地する寸前、カクヤさんがグルリと回転して大剣が地面を叩くのを回避させる。半回転した大剣が着地したカクヤさんの頭上に掲げられ、勢いを無くして静かに下ろされた。


 すんごっ! 腰を抜かしている男の人に害を及ぼさないようにしたのか!? あんな曲芸じみた真似をとっさにやってのけるなんてどんな運動神経をしているのだろうか。


「大丈夫ですか?」

「お、おお。助かった。……ありがとう」


 周囲に目を配って警戒するカクヤさんの代わりに倒れていた男の人を助け起こす。

 僕の差し出した手を掴んで立ち上がった男の人の足はブルブルと震えていた。

 僕たちバスターのように生体バリアを発生させるライブアーマーを着ていない一般人だ。モンスターの腕の一振りで致命的な傷を負ってしまうことを考えれば無様だなんて言えない。

 僕だって生身でモンスターと向き合えば戦おうなんて気も起きないだろう。


「では僕たちはこれで。できればそこの道路を使ってカオスホール施設に避難してください」

「わかった。そうするよ。……本当に助かった、ありがとうな」


 少しふらつきながらもバスターたちが走り回る道路へと向かう男の人。

 僕とカクヤさんは周囲の気配を探りながら別の場所へと移動する。


「変ね。モンスターの気配がしない。さっきので撃ち止めかしら?」

「そう…なのかも。他のバスターも探してるし倒されていてもおかしくはないけど……」


 しかし未だ警報は鳴りやんでいない。どこかで戦闘が行われているのだろう。

 カクヤさんと二人、見晴らしのいい実験農場を外側から回っていると、遠くから争う音が聞こえて来た。

 人とモンスターの叫び声。そちらへと向かった僕たちは近くの高校の前へと辿り着き、そのグラウンドで苦戦しているバスターたちを見つけた。


「な、なんだあれ!?」

「デカい。わね」


 土地が広い山裾の高校のグラウンド。そこにはどこからそんなに湧いて出たのか数十匹ものシリーエイプと、その強個体…にしても大きすぎる特大のシリーエイプが居た。

 その特大シリーエイプの大きさは校舎の二階の窓を覗き込めるほどだった――

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リアルファンタジーワールド:カオティック・イラ  新道あゆむ @intens

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