あとがき

『羅針盤は北を指さない』、読んで頂き、ありがとうございました。


 あとがきの書き出しとしては妙かもしれませんが、この時代に興味を持った方へ、2冊の本を紹介しておきます。


 永田雄三・羽田正『世界の歴史15 成熟のイスラーム社会』中央公論社、1998年

 鈴木董『オスマン帝国 イスラム世界の「柔らかい専制」』講談社現代新書、1992年


 どちらもこの地域の歴史を学ぶ人にとっての、定番と言える入門書です。

 当然、どちらも小説ではないのですが、ある意味小説以上に強烈なオーラを放っているのが、サファヴィー朝の建国者イスマーイール1世なのです。前者では、自らを救世主と信じた少年の栄光と転落を、本人の詩なども交えながら綴っており、本作でも多いに参考とさせて頂きました。また、後者では、“シャー・クル”と呼ばれる煽動者を巧みに操り、オスマン帝国を一時壊滅の危機まで陥れる“邪悪なほどの美少年”イスマーイールの姿が、紙面は少ないものの強烈な印象を与えます。


 つまり、アカデミックに突き詰めていく程に、漆黒の堕天使にして救世主で、“罪人”というペンネームで自己陶酔的な詩を作り続ける永遠の中2病…もはやそのままラノベに投入できそうな人物像が浮かび上がるのです(笑)


 でも、書いてみたら不思議なことに、書く前に自分の思い描いていたイスマーイールと、少し違ったものに仕上がりました。


 どのように受け止められたかは読者様にお任せするとして、史実部分と異なる設定について、少し補足しておきます。


 登場人物は「赤き騎士団長タフマースブ」以外、すべて実在の人物です。

 序盤で喧嘩してたウスマージャルーさんとシャームルーさんの会話なんかもほぼ史料通りです(笑)


 ただ、白羊朝のアルワンドのように、名前だけを拝借し、設定はほぼオリジナルという人物もいます。


 あと、単純なミスなのですが、スレイマンとイスマーイールの会話の中で、「サファヴィー朝に逃れたオスマンの王族バヤズィット」というのが出てきますが、これは、イスマーイールの息子が王の時代、スレイマンの息子のバヤズィットが兄弟との争いに敗れ、サファヴィー朝に逃れるのと混同しておりました。修正あるいは削除しようかと思ったのですが、書いたときの思い入れ優先であえてそのままにしておきました。


 また、スレイマンがあの場(チャルディラーンやガズウィーン)にいるというのも創作です。

 でも、絶対にいたらおかしいというほどではない立場・年齢かなーと。

 スレイマンの少年時代については殆ど知られていませんから。


 タフマースブのモデルは、実は、スレイマンの親友であり後に大宰相となるイブラヒム・パシャです。

 というか、私の歴史創作のメインがスレイマンとイブラヒムなのです。

『羅針盤~』は悲劇ではあるのですが、皇帝スレイマンと大宰相イブラヒムが選びたくても選べなかった結末でもあります。


 この続編としてその話を書いていた時期もあったのですが、この作品、自分の中でも文体やキャラが独特で、思い入れも深いので、単体で完結ということにし、続編ではなく、関連作品として公開していこうと思っています。


 今後ともお付き合い頂けたら幸いです。


 *追記:関連作品をいくつか書いたので紹介しておきます。

 特につながっているわけではありませんが、時代順にあげておきます。

 ちなみに本作は1514年~1515年を舞台としております。


 ・『県知事様はライトノベルが書きたい』(1510年頃)

 天然ボケで理屈っぽい県知事スレイマン王子が、神やイスラーム法のことを真面目に考えながら学園恋愛小説の執筆に挑戦する、神学系コメディー。

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054885021688


 ・『猫は神を知り、人は神に背く』(1510年頃)

 上記とつながっているような、でも単独で読んでも大丈夫な話です。

 イスラームにおいて、男色は許されるのか、許されるとしたらどのような形がありうるのか?というディスカッション系の話です。

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054885156584


 ・『縄と鎖』(1510年頃)

 悪夢にうなされるスレイマン王子と、野心的な奴隷イブラヒム。オスマン帝国独特の奴隷制度であるデウシルメ制を扱った、耽美系短編。

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884990652


 ・『猫と預言者』(1530年代前半)

 皇帝スレイマンについて噂をする大宰相イブラヒムとフランス王。猫好きな二人が語る「人間にとって必要な弱さ」とは?

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884977104


追記(2018.6.24)


 本物の(?)バヤズィットが処刑される話を書きました。本編で出てきた赤子のタフマースブが美中年になって登場します。

・『バヤズィット王子の処刑』(1560年前後)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885212202





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羅針盤は北を指さない 崩紫サロメ @salomiya

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