意外としっかり創り込まれている。

タイムスリップしたお市の方が現代日本でヴァンパイアに出会う――。

このあらすじを読んだとき、ひょっとしたら不安に思う人がいるかもしれません。

「何だそれは、思いつきで書いてないだろうな?」

しかしご安心ください。この物語は、設定こそエキセントリックではありますが、エンターテインメントとしてはしっかりと創り込まれています。人目を惹くアイデアどまりではなく、読者を最大限に愉しませる工夫が張り巡らされているのです。

特に注目したいのは、ヒロインがお市の方であるという設定がきちんと生かされているというところですね。しかも、読者の興味と不安、切ない恋心を揺れ動かせるという点において。

ヴァンパイアという概念すら知らない彼女が出会ったのは、なぜか昼間は姿を見せない蒼い瞳の美青年。現代に生きる我々読者は、彼の正体について簡単に納得できますが、お市の方はそうではありません。ましてや彼女は、タイムスリップという概念さえ知らないのです。自分がやって来たこの国はどこなのか?

そして、自分の周りで起きている謎の吸血事件の真相は――?

幾重にも張り巡らされた伏線と謎解き、意外な展開、忍び寄る不安、吸血鬼・ジョエルの甘いささやき、それらが巧みに絡まり合い、本作を熱くとも甘い恋愛物語に留まらず、読む手を止めさせないエンターテインメントとして完成させています。

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