第10話

 僕が住んでいたマンションの大家は一階でカメラ店を営んでいた。この日は少し早めに午後五時に閉店し、六時に屋上を開けるという。日没は六時四十六分だというから、まだ陽は残っている。念のために缶ビールをいくつか持参して六時半頃に屋上へ上がると、すでに八人の先客がいた。北面近くにレジャーシートを敷いて、いい感じで酒盛りをしている。

 この年に竣工したばかりの建物なので、屋上も綺麗なものだった。ただ一つ怖かったのは、手すりがないことだ。

「おお、三山くんいらっしゃい。何分にも、いつも使わない場所だから、気をつけてね」

 大家のおばあちゃんはそう言って危険告知をしたが、もちろんそんなに端近くに行こうとは思っていない。


「こちらは三山くんの友達と恋人さんかな?」

 大家のおじいちゃんが目ざとく突っ込みをしてくる。

「はじめまして。今夜はお招きいただいてありがとうございます」

 美智代と由有ちゃんが挨拶。

「こりゃ、きれいどころがたくさんで酒も進みそうだのう」

「飲み過ぎて落ちないでくださいよ」

 奥さんに釘を刺されて笑っていた。


 手すりがない屋上は怖いが、緊張感を持っていることで酒の飲み過ぎも抑えられそうだ。なにより、座ったままですべての送り火が完全に見えるはずだ。眼下に神泉苑と二条城が見える。視界を遮る高い建物はなにもなかった。陽はますます陰り、オレンジ色の西日が大文字山を染めている。


「そういえば、私、花火持ってきたんだけど……」

「花火?」

 美智代が言いだした。さすがに屋上で花火はまずいのではないか。

「どういうの?」

「派手なのじゃないよ。線香花火」

 線香花火。あの地味なのか。あの程度なら大丈夫かな。


 大家さんに聞いてみると「一応、バケツに水を入れたのを用意しておけば、線香花火くらいはしてもよい」と言ってくれた。


「俺、水を持ってくる」

 洗面台の下にある掃除用のバケツ。まさか、こういう用途で使うことになるとは思いもしなかった。いったん部屋に戻り、バケツに七割ほど水を入れて屋上へ戻ると、すっかり暗くなってきていた。時間は七時を過ぎた。


 この屋上から眺めると京都はまさに盆地だ。視界に入るかぎり、周りは山に囲まれていた。すでに陽は落ち、西の空はオレンジから黄色を経て淡い水色のグラデーションで彩られている。


「きれい……」

 美智代がつぶやく。空には一片の雲もなく、月もない。まだ、都会の喧騒は続いているけれど、それもじきに収まってくるだろう。五山送り火が始まる八時には京都の灯火はほぼすべて消され、闇に沈む。車のヘッドライトと街灯だけがひっそりと町の輪郭を形作るだろう。


 おそらく同じマンションの住人だろう、若い男が「大文字焼きが~」と言って、集まっていた近所のじいさんに「せんべいと違う。送り火と言え」とやんわり注意されていた。確かに「大文字焼き」と呼ぶ人も他県にはいるけれど、山焼きとは違う。

「トシは生粋の京都人だから、『大文字焼き』なんて言われたらやっぱ、むかつくのか?」と聞いてみる。

「うーん、知らない人はしょうがないとは思うけどね」

 あっさり突き放したコメント。これが京都人の実像だ、なんて茶化してやる。


 闇が濃くなってきた。七時三十分になろうとしている。ほぼ薄明は終わりを告げ、西の空だけがかろうじて紺色の名残の明かりを放っていた。そのほかは漆黒の空となり、星が輝きだしている。僕はレジャーシートの上にごろんと寝ころんで頭の上の空を見上げてみた。夏の大三角形が見える。

「星が見えるね」

 美智代も僕の隣に寝ころんで空の一角に指をさす。

「こと座のヴェガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブ。夏の大三角形だよ」

「みっちゃん詳しいんだね」

「小学生のころは天文学者になりたかった」

 恋人たちの会話に入ってきたのはトシだ。

「俺たちもおじゃましていい?」

「もちろん」

 左から美智代、僕、トシ、由有ちゃんと横並びに寝ころんで、星空を見ている。

「ヴェガとアルタイルって……」

「織姫と彦星」

 由有ちゃんが即答する。

「うちの実家は田舎だから。星だけはたくさん見えるの」

「俺の実家の周りは街灯が明るくて。小学生の林間学校で高野山に行ったんだけど、そのときの見た夜空が信じられないくらいにすごかったのを覚えてる」

「数?」

 美智代が聞く。彼女の実家は工業地帯で有名な四日市の隣だ。星が見える数は僕の地元と大して変わらないだろう。

「うん。あまりにも数が多すぎて、星座の形もわからないくらいだったね」

やがて闇が濃くなり、星の数が増えた気がした。

 ほかの観客がざわつく。

「消え始めたな」「もうそんな時間か」

 起き上がって見ていると、ネオンが消えていく。河原町あたりのビルの屋上にはオーナーたちが客を招いて席を設けているそうだ。その照明も消えた。すでに山並みと空の境界は闇の中に沈んだ。ただ、黒い空間だけがそこにある。そして、そこにわずか一つだけ、オレンジ色の灯りが灯っていた。

「点火した!」

 闇の中にぽつぽつと出現したオレンジ色の点はやがて一つの線となり、文字を形作っていく。大文字だ。

 黒い空間に忽然として出現したオレンジ色の「大」を見つめている。

「お盆で帰ってきていた先祖の霊を、あの世へ送るためのかがり火、だっけ」

 由有ちゃんがぽつりと言う。

「ああ……もともと仏教行事で、もう何百年も続いてる」

 僕が答える。

「もしも、霊が見えたなら、この空にはたくさんの霊が漂ってみえるのかな」

 由有ちゃんがそんなことを言うので、頭の中に白い霊体がまるでモビルスーツのように機動しているイメージをしてしまった。

「彼らはどこにいくのかなあ……いけない、その話は終わりだった」

 口をつぐむ由有ちゃんに美智代が「いいんじゃない、だって、ご先祖さまを懐かしんで、冥福を祈るためにしていることなんだから」と言ってくれる。

「まてよ……冥福を祈る、成仏するっていうことは仏様になるってことなのに、お盆に戻ってくるっていうのは成仏していないってことでは?」

 意外に鋭いつっこみをトシがしてきた。

「成仏していないってのは、浮遊霊でも自縛霊でもいいけど、この世にいる状態。成仏したら冥界というあの世にいく。年に一度、そこからこの世にやってくる」

 僕が説明するとなるほどとうなづく。

「三山くんもそう思ってるの?」

「そうだなあ。あの世とか冥界っていうのはあるのかもしれない。もしかしたら、それは平行世界とかパラレルワールドと呼ばれているものかもしれない。でも、俺は魂っていうのは個人的であって、そうでないと思う」

「どういうこと?」

「ここからはただの俺の妄想だけど」

「うん」

「人には死んだらその魂が返っていく場所がある。そこはさらに大きな魂の集合体というべきもの。そして、誰かが生を受けたらそこから分離して宿っていく。人は生きているときは個で、死んでいるときは集合体として存在しているんじゃないかなって」

「それってすごいオリジナリティのある考えだね。どこからそんな着想を?」

「彗星の巣、かな」

「巣?」

「太陽系の外縁部には彗星の素になる天体が周回してるんだ。オールトの雲って言うんだけど。ちょっとしたきっかけでそのかけらが太陽のほうへ落ちてくる。火星軌道あたりになると温められてガスが噴き出して、彗星になる」

「じゃあ、そのオールトの雲が魂の集合体?」

「そう。それで彗星が光りはじめると個として生きている状態の人間みたいかなって」

「ハレー彗星みたいに何十回も回ってるのは、輪廻転生みたいだな」

 ポツリとトシが言う。

「なるほど、そこまでは考えつかなかった」

「俺も最近勉強してるからね」

「トシくんすごい」

 由有ちゃんにほめられて、トシはえへへへとぐでぐでになっていた。

その間にも送り火は点火されていく。妙法、舟形、左大文字、そして鳥居。五分の時差で東から。

 何百年にもわたって続けられている行事の重みを僕たちは感じ続けていた。


「花火、しちゃおうか」

 送り火は三十分ほどで消えていく。大家さんに了解を得て、部屋から持ってきていたバケツの上で線香花火を点けることにした。バケツには水が入れてある。屋上を汚さず、火の管理もできる。ライターで火をつけるとしゅわりと炎があがった。次にちりちりと小さな火花が飛び出てくる。バケツの水面に火花が反射している。昔は派手な花火はなかった。なんだか、正統派の夏を満喫している感じがして、うれしくなった。

「なんだか、夏って感じだね」

 由有ちゃんが言う。

 生温かい宵風に吹かれながら、送り火の余韻を感じながらの線香花火。清く正しい日本の夏だ。小さく輝く花火の光を、その場にいた誰もが名残惜しそうに眺めていた。


 線香花火の残骸はそのままバケツの水の中に。空き缶やペットボトルをゴミ袋に入れ、レジャーシートをたたんで屋上を後にする。ゴミ袋を一階まで持っていこうと思っていたら、「じゃあ、私がバケツの後始末する」と美智代が請け負ってくれた。


 大家さんに言われたとおり、ゴミ袋を階下に置いたあと、部屋に戻る。

 すると、なんだか変な空気が漂っていた。

「ん? どうした?」

 僕はその時点までかなり能天気だった。

 半分怒って、半分泣いてるような表情の美智代が手に何か持っている。


 あ。


 美智代の手にあったのは小さなボトルだった。

「バケツをしまおうとして、洗面台の下の雑巾をたたみなおそうと取り出したら、奥から出てきた」

「あ、うん」

「これ……お泊まりセットのボトルだよ?」

「あ、うん」

 いきなり「証拠」を突きつけられて何も考えられなくなってしまった。なぜ捨てておかなかったのか心底悔やんだ。

「しかも、これ女の子用だよ? どうしてこんなのがあるの?」

「あ、いや……」

 頭の中が臨界に達している。どう言っていいかわからない。


「え……と、俺たちはおいとましたほうがいいな」

 トシが挙動不審気味に言って、荷物を取りまとめようとしている。そのとき。

「それ、たぶん、私の」

 由有ちゃんがそう言って、その場の空気がなくなったかのように音が消えた。


「ゆ、由有ちゃん!」

 思わず、僕が言ってしまった。それだけで由有ちゃんが言ったことが真実だと証明したようなものだった。しかし、由有ちゃんは落ち着いて説明を始める。

「あの日。私がサークルの月例コンパでセクハラされて一次会で抜けた日。ここに泊めてもらったの」

「え……」

「だって、終電で帰したって……」

 トシが愕然としながら言っている。

「誤解しないでほしい。私とみっちゃんの間には何もないよ。ただ、朝まで泊めてもらっただけ」


 壁の掛け時計の駆動音が妙に気になる。チクタクチクタク。

 それだけ部屋の中は静寂に満ちた。しばらくしてその空隙を低い声が破った。


「そんなの、ウソよ」


「そう思われるから、三山くんと相談して決めたの。このことは誰にも話さないって。その後は、三山くんとはなにもない。三山くんは美智代とつきあい始めたし、私はサークル再建で忙しかったし、トシくんと付き合い始めたし」

 由有ちゃんは淡々と説明していた。出てくる言葉は完全無欠に正しい事実を述べていた。しかし、それは二人には信じがたいことだったのだろう。

「あの日、二人はとてもいい感じに見えた。私は焦った。取られると思った。心の中が悲鳴を上げてた。でも、一緒に飲んだだけだっていうから、それを信じることにした。でも、結局、それはウソだった」

 美智代の言っていることに反論の余地はなかった。


「ウソをついていたのは謝る。あの月例の日に、由有ちゃんはここに泊まった。だけど、俺と由有ちゃんの間にはなにもない。指一本触れていない」

「そう。現に私は初体験するのに躊躇してるぐらいで……」

「もういい」

 それまで黙っていたトシが低い声を出した。

「みっちゃん、見損なった。本当のこと、言っておいてほしかった。泊まった時はまだ俺と付き合う前だし、俺に何か言う権利はない。だけど、相談したときに本当のこと、言っておいてほしかった。友達だと思ってたのに……最低だ」

 今までで一番険しい顔をしたトシが自分のかばんだけを持って、玄関へ進む。

「トシくん、誤解しないで!」

 由有ちゃんが言う。それに対してトシはうつろな視線を返すだけだった。

「トシ、何にもなかったから、言う必要ないと……」

「ウソつかないで!」

 美智代が絶叫した。

「由有みたいに美人でスタイルもいい女の子が同じ部屋に寝てて、なんにもしない? そんなのありえない。水素なみのみっちゃんが? ありえないありえない。ホントはまだつながってたりして」

「ち、違うっ」

「帰る。わたし、見る目なかった。水素はやっぱり水素だ」

 そういう捨て台詞で美智代は出て行った。そのあとをトシが無言で続く。

「ちょっと」


バタン。


 扉が無表情に閉まる。


「……由有ちゃん……どういうつもりだ」

氷点下の声で俺は問う。感情を抑えるのがせいいっぱいだ。

「後ろめたいことがないから。だって、本当に私たちの間には何もなかった。だから……」

「言ったじゃないか、そんなこと言っても信じてはくれないから、黙ってようって」

「……ウソをつきたくなかった」

「嘘も方便って言うだろ!」

「じゃあ、あのあとどうするつもりだったの?」

「それは……」

 まるで頭が回らない。

「少なくとも、トシと由有ちゃんの仲は安泰だっただろ。俺が美智代になんとか理解してもらえればそれで済んだのに、これでトシにも説明しなきゃいけなくなる」

「どうやって美智代を説得するの?」

「それは……今はわからないけど、時間を置けば何かしら解決策は見つかるかもしれないし」

「でも、それって結局ウソつくことだよね」

「今の状況よりははるかにマシだろ!」


 僕は思わずヘタりこんでしまった。


「追いかけないの?」

 由有ちゃんが聞いてくるけれど、まるでそれが暢気そうに聞こえた。

「人の心配してる場合か。由有ちゃんだって、トシとどうなるかわからないだろ!」

「トシくんは……わかってくれる。きっと、絶対。……そのためには、抱いてもらってもいい」

 思わず息を飲む。

「カラダで落とすってことか」

「意地の悪い言い方しないで」

「そうも言いたくなるよ」


 時刻は九時を回った。

「これから美智代の部屋へ行く。今日は帰ってくれ。ずっと一緒にいたら変な誤解を受ける」そういいつつ、もう十分に誤解されていることに思い至る。リュックを手に俺たちは部屋を出た。

「まだバスが出てるはずだから、バス停へ行けば。俺はバイクで行く」

「わかった。私はトシくんと話をする。どうなったかは電話するから」

「わかった」


 三条通はアーケード商店街なのでバイクに乗ることはできない。すぐそこの堀川通まで押していく。堀川三条のバス停へ行く由有ちゃんと並んでぎこちなく歩く。

「みっちゃん、一つだけ質問」

 不意に由有ちゃんが聞いてきた。

「なに」

「どうして、取っておいたの? これ」

 肩から下げているバッグを片手で軽くたたく。問題のミニボトルは由有ちゃんが持ち帰ることになった。なぜ取っておいたのか。

「記念品、だよ。学部でもキレイで有名な女の子が、自分ちに泊まった。そのことをどこかで誇らしく思っていて、覚えてたかった。子供じみた理由だろう? 俺はその程度の男なんだよ」

「こんなこと言うと……あの二人に勘繰られると思うけれど、私は少し嬉しかった。取っておいてくれて」

「……なんで」

「なぜだろう……私はトシくんのことを心から好きだけど、みっちゃんのことは別の角度で重要な人だと思っているから、かな。男の子の部屋に泊まったのも、一緒に朝焼けを見たのもあの日が初めてだった。だから、わたしにとっても記念品」

 そんなふうに言われて複雑な気分になる。それって好きってことなんじゃないのか。

「……由有ちゃん、真面目なのはいいことだと思うけど、トシはまっすぐな奴だから、額面そのまんま受け取っちゃうから。そういうことは言わないほうがいい」

「……わかった」


 バスが来たのを見届けて僕は堀川通を北上し、丸太町通を西へ進む。時間的に考えれば、僕のほうが先に美智代の家に着くかもしれない。

 お盆の夜の京都。交通量は少ない。信号にも引っかからずに、ほどなく宇多野の美智代のアパートに到着した。

 部屋は二階にある。呼び鈴を鳴らす。反応はない。玄関扉に耳を当てる。何も音はしない。まだ帰ってきていないようだ。

 階下に止めた原付バイクの上に乗って待つことにした。のったりとした夏の空気が重い。何をどう説明すればいいのか、考えることにした。

 僕が謝らなければいけないのは、由有ちゃんを泊めたことを話さなかったことだ。セクシャルな関係は一切なかったということもきちんと説明しなければならない。では、どうして話をしなかったのか。由有ちゃんと話しあって決めた通り、「一緒に泊まって何もなかった」と言っても信じてもらえないからだ。仮に「由有ちゃんが僕の家に泊まった」ということを公言したとする。由有ちゃんの許諾も得る。そうすると、僕と由有ちゃんの間を勘繰る奴らは必ず現れるだろう。そして、由有ちゃんのことを「尻の軽い女」だと蔑む人も出てくるかもしれない。僕は自分自身が何を言われようとかまわなかったが、由有ちゃんが悪く言われるのは避けたかった。彼女は何も悪いことをしていないのだから。

 

 よし。そういう理屈で説明しよう。土下座したって構わない。今日、なんとか当たりをつけておかないと、美智代は明日からしばらくいなくなる。

 そう、この日の五山送り火を見たあと、美智代は帰省する予定だったのだ。期間は一週間程度だった。京都と三重県の鈴鹿なら近い印象があるが、それでも電車でかなりかかる。名古屋まで新幹線で行き、近鉄かJRで鈴鹿まで行くルートだと思うが、地図上で見るとかなり遠回りをしている感じだ。

 鈴鹿。僕にとっては「サーキットがある街」という印象しかない。夏に行われるバイクの八時間耐久レースが有名だ。二輪・四輪ともにモータースポーツに興味のない僕だったのでその程度の知識だったが、サーキットという施設は国内にそうそうあるものではないから、そういう点では興味があった。一度美智代にサーキットについて尋ねたら「子供のころに横にある遊園地に行ったけど、ゴーカートとかしかなくて女の子にはつまらなかった」と言っていた。

 腕時計を見る。夜十時半。少し遅くないか。どこかに立ち寄っているのだろうか。トシと飲んでたり……ありえなくもない。以前もトシは由有ちゃんのやけ酒につきあわされている。そういう宿命なのかもしれない。

 能天気なほうへと妄想をしている。そうしていないと嫌な想像が頭の中にもたげてくる。トシが美智代とくっつくことはまず考えられなかったけれど、ヤケになった美智代が過激な行動に出るだとか、ナンパされてついていっちゃうだとか考えると気が気ではなかった。腕時計を見る。十一時になろうとしている。街灯が明るくて星は見えない。それがなんだか不吉な兆候のように思えた。

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