第12話
翌日。この日もバイトだった。先日任命されたサブチーフは僕を入れて五人しかいない。バイト総数は百人近くいるのだから、評価されているのは嬉しいけれど、休みづらくなったのは確かだ。
九時に出勤し、開店準備。十時に開店。新京極通にある店はだいたい十時ころから開くけれど、飲食系はファーストフード以外は十一時と遅い。デザート系の店が早くから開けてもあまり意味がないと思っていたが、この夏はとても暑くて、朝から客が押し寄せてきていた。もともと、東京で行列店として有名だったということもあるだろう。
一時間休憩を含む勤務時間は拘束九時間。かなりハードなことは間違いない。休憩はこの日は午後一時からだった。バイトの中にはユニフォームから私服に着替えて、近場のお店に行く人もいたが、僕は近くのコンビニで弁当を買い、店の控え部屋で食べることにしていた。
控え部屋は大きく四つに分かれていた。一つは社員マネージャーたちの詰め所だ。バイトは中に入ることは禁止されていた。詰め所とその他のスペースを区切る壁にはシフト表やお知らせが貼ってある。例の「懲戒解雇」の告知が貼りだされたのもここだ。一番大きいエリアが休憩部屋となる。三人が座れるソファが二つにテーブルが一つ。給水器があり水はいつでも飲める。雑誌ラックには雑誌がいくつかあったが、テレビはなかった。残りの二つは男女それぞれのロッカールームとなる。食事はテーブルのある部屋で取っていた。
一緒に休憩に出たのは四人だったが二人はユニフォームのまま、ファーストフード店に食べにいったので、休憩室には僕と……志村しかいなかった。
「三山くんはいつものり弁当だね」
向かいに座っていた志村が言う。彼女は自作の弁当を持ってきていた。志村とは開店当初からよく同じようなシフトで入っていたので、なんども休憩が同じになった。最初のころは他に人がいて、同じようにコンビニ弁当を食べてたりしたけれど、このころになると昼食の取り方も多様化していて、二人で休憩というのも珍しくはなくなっていた。
「給料日はカレーライスにするつもり」
「ココイチ弁当?」
「よくわかるね」
他愛のない会話だけど、志村がおそるおそる話題を振っていることに気付いていた。ここ数日、ずっと何か言いたげな視線を僕に投げかけている。僕はそれをわかっていて、なにも気付かないフリをしていた。
最近店の有線で流れている流行りの歌とか、通っている学校の話、ナンパしてきた客のことなど、無難な話題をしながらご飯を食べ終えた。三十分は目を閉じて静かにしていたい。眠るわけではないけれど、身体を休めたかった。僕がいつもそうすることを志村も知っていて、弁当を食べ終えたら静かに雑誌を読んでいたようだ。僕はソファにもたれて目を閉じていた。
十分くらい経ったころだろうか、カチャリと扉の開く音が聞こえた。外に食べにいったやつらが戻ってきたんだろうと思ったので、とくに目も開けなかったが、空気が微妙に変わった気がした。そして。
「松沢さん、おかえり」
え。
目を開けると美智代が立っていた。大きなスーツケースを持っているところを見ると、駅から直行してきたようだ。
「あ、ただいま」
「帰省してたんでしょ? 三山くんから聞いてたから」
「あ、うん」
微妙な空気が流れる。
「今日は入ってないよね」
「うん……シフトの確認と提出だけしようと思って」
用事を済ませたら速攻で帰るぞ、と言っているようなものだ。
「なになに? 久しぶりに恋人に会ったのに、なんだか二人、変だよ」
「え」
「え」
二人で挙動不審になっていた。すると志村は。
「あー、もう、まどろっこしい。松沢さん、ちょっと話ある」
「え、なに……」
「お、俺は席外したほうがいいのかな……」
おずおずと立ちあがると、「何言ってるの、三山くんは当事者兼証人でここにいなさい」
「へ?」
当事者 兼 証人、ってなんだ。僕はその場で直立不動になってしまった。
「私が三山くんのこと気にしてるのは知ってるでしょ」
「ん、まあ……」
「別れるんだったら、とっとと別れて。それで、私に譲って」
「は?」と僕がいい、「え」と美智代が驚く。
「一週間前から明らかに三山くんの様子がおかしかった。機械みたいに、まるで何かを忘れたいみたいに働いてて、でも目は焦点が合っていなくて。そこに四日前だったかな、とても綺麗な女の子が三山くんに会いに来た。以前、彼氏と一緒にあなたたちに会いにきてたから顔は覚えてた。ひどく泣きはらした目をしてたけどね。私なんてお茶に誘っても断られるのに、すぐに時間の打ち合わせして仕事が終わったらバーに飲みにいくんだもん。三山くん、どういうつもりなのか、浮気してるんだったら乗り込んでやれって同じ店に行ったの」
「あの店にいたの!?」
思わず僕は言ってしまった。
「隣のブースにね。まだ七時過ぎでお客さんがほとんどいなかったし。あの店、BGMがそんなにうるさくなかったから、悪いけどだいたいの話は聞かせてもらった」
「由有と会ってたんだ……」
「トシとの件もあったし」急いで言い訳をする。
志村は僕たちの間に割って入った。
「あなたたちの間の勘違いとかトラブルは私には関係ない。でもさ、松沢さん。私だって三山くんのことが大好きなの。これ以上、彼を落ち込ませたりするんだったら、私はあなたを許さない。じりじりと彼を傷つけるくらいなら、早く別れて、私にちょうだい」
舌鋒するどく志村は言い放った。その視線はまるで矢のように鋭くて、美智代は怯えていた。僕はというと、何がどうなっているのか把握しきれていなくて、呆然としていた。
「三山くん。盗み聞きしたりして申し訳なく思ってる。だけど、全部、全部、あなたのことが好きだから。冷たくされても、あなたのストイックなところを見てたらこの辺が温かくなる」そういうと志村は胸のあたりに手を当てる。
「あの店で、あの女の子に『こういうときこそ、誤解されないように、しっかりしなきゃだめだ』って言ってたのを聞いて、私、泣いてしまったの。ああ、この人は理想の人だって」
その言葉は確か、店を出る直前の言葉だ。
「えと……」
美智代がおずおずと言った。
「七時に部屋に行く。話したいことがある」
「……わかった」
美智代はシフトをメモするとそそくさと帰っていった。
「あーあ、これで三山くんに嫌われちゃったな」
「……」
「私にも世界の成り立ちの話を、いつか聞かせてほしかったな」
志村はそういうとテーブルに顔を伏せた。
泣いているようだった。
話がある。美智代はそう言っていた。なんだろうか。表情からは内容が読めなかった。なにより、志村の爆弾発言のせいで驚いてしまって、何も考えられなかった。大きな嵐が去ったあとのバックルームに一緒に休憩に入った残りの二人が戻ってきて、いつもとおりの空気になったけれど、僕の頭の中は美智代の話のことで、頭がいっぱいで何も手につかない状態だった。
それでも、なんとか残り四時間の勤務をやり終え、急いで着替えた。志村は僕と顔を合わさないように、意図的に仕事の上がりを遅らせているようで、バックルームには現れなかった。
原付バイクで自室に戻る。六時四十分。あと二十分しかない。急いで戻ったのは部屋を片付けるためだ。まさか、この日に美智代が来るとは想定していなかったので、部屋は荒れ放題だった。
雑誌やCDを片付け、掃除機をかけ、シンクにたまった食器や鍋を洗っていく。窓は全開にした。よどんだ空気を入れ替える。洗い物をしながらまたしても考えてしまう。
それにしても、由有ちゃんとの会話を志村が聞いていたとは。だから、ここ数日、これまでと違う視線だったのか。あの視線は自分でいうのもおこがましいが、好きなミュージシャンを見つめるファンのそれのようだった。どうも、志村には僕がいつもとは違う、ほんのたまに露出してしまう「ストイックな姿」を見られてしまう。口だけで「軽いんだよ」と言ってもイマイチ信用していないようだ。いっそのこと抱きついたら、信用してくれるんだろうか。割と真面目にそんなことを考えた。
ぴんぽん。
チャイムが鳴って、妄想が途切れ、心臓が飛び跳ねる。なんだか、死刑囚が刑の執行を告げられるような気分だ。
扉を開けると美智代が立っていた。
「どうぞ」
美智代は固い表情で無言でうなづき、部屋に入った。
テーブルの下座に座る。麦茶をコップに二つ。
テーブルをはさんで向かい合って座った。見つめる。一口、美智代が麦茶を飲んだ。
僕は膝立ちで美智代のそばに近寄り、そして「ごめんなさい」と言いながら土下座した。
「黙っていたのは謝る。でも、平塚とは本当に何もない。女の子が泊まって、なにもないなんて誰も信用しないと思ったから、黙ってることにした。俺の部屋に平塚が泊まったってことが広まったら、彼女の体面も傷つくと思って」
そこまで一気に言った。ずっと考えていたことだ。
「志村さんに盗み聞きされてたとはね」
美智代はまるで関係のないことを言った。
「それは驚いたけど……聞かれて困るようなことは言ってないし、してもいない」
「彼女、みっちゃんのストイックさに泣いたって言ってたしね……志村さんのことはどう思ってるの?」
「え……」
なぜ、美智代がそんなことを言うのかわからなかった。
「どうって……あの子は俺を誤解してるよ。あの子はお堅い子で俺の好みじゃない。顔はかわいいし、スタイルもいいけど……性格が好みじゃない」
「盗み聞きについてはどう思ってるの」
「そりゃ、驚いたし気分はよくないけど……動機を聞いたらなるほどなって思った」
「……そう」
そういうと、テーブルの上のコップを両手で温めるように囲い、少し揺れる水面を凝視していた。何を考えてるのか、表情が読めない
正座したまま、僕は美智代を見つめていた。
送り火のあの日、胸を押されて外廊下に転げた感触。わずかに舞ったほこりの中の赤錆の匂い。美智代のアパートから帰ってくる途中の、風の圧力。
この部屋であったすべてのこと。失われつつある朝焼けの光景。急にせりあがってくる。感情以前の、もっと根源的な部分で、悲しみが僕を襲っていた。目の前にいる、かけがえのない恋人がいなくなってしまう。たった二か月半の間に、こんなにも心の中で美智代の存在が大きなものになっていたことに僕は恐怖していた。いなくなってしまったら、僕はいったいどうなってしまうのだろう。想像もしたくないから、この一週間、どうにか封じてきた負の気持ちが徒党を組んで僕を襲った。
どろりとしている。そう感じた瞬間、涙腺から大量の涙が分泌され、ほおをつたっていく。視線をコップに落としていた美智代は呼吸が乱れ始めた僕の異変に気づき、視線をこちらに流した。
目と目が合う。ただし、僕の視界は大洪水の中で、世界が歪んで見えていた。美智代がどんな表情をしているのかわからない。
「ほかに、嘘はない?」
美智代はそう言った。
「なにもない。……あ、いや、実は身長を一センチ高く言ってた。ごめん。体重も実は三キロくらい軽い。それと、視力は実は〇.一しかない」そういうと、「もういいよ」と少し微笑みながら美智代が言った。あの日から、美智代の笑みを見たのは相当久しぶりだった。
「私は、昨日京都に戻ってたの」
「え、だって、昼のあのスーツケース……」
「今回の帰省で壊れちゃって、あれは新しいのを買った帰りだったの」
「じゃあ、中は……」
「うん、からっぽ」
まるで気づかなかった。そんなからくりがわかっても、美智代の「話」の内容がわからない。僕は泣きながら言ってしまった。
「これ以上、耐えられない。別れたいならそう言って。頭がおかしくなるぐらい好きなのに、これからお前を失った時間を過ごすだけで、自分がどうなるかわかんないのに」
「別れない」
あっさりと美智代は言った。
「実家でずっと考えてた。だけど結論は出なかった。ただ、少し距離を置きたいと思ったから、それだけでも伝えようって、電話したけどいなかったから。バイトの終わりはいつも一緒だったから、時間を見繕ってここに来た」
僕は黙って見つめている。
「そしたら、カメラ屋さんの横に由有が立ってるのが見えた。みっちゃんを待ってるんだ、やっばり二人はデキてたんだって頭に血が上って。きっと、帰ってくるのを待ってるんだろうって思って私も張り込んでた」
「……どこで」
「斜め向かいのパン屋さん」
確かにあの店なら、パンを選んでいるフリをしてショーケースごしにこのマンション一階の出入り口を監視できるだろう。角地に建っていて出入り口が横にあるので、マンション側からは出入りは見えないはずだ。
「そしたら、みっちゃんが来て、二人で中に入っていくから、二人で部屋の中に入ったら、私も突撃しようって思った。それで何もかも終わりにしようって思ってた。だけど、実際は、部屋の前で……」
「あの会話を聞いたのか」
「そう。私も……盗み聞きをした。弱くなってすがってくる由有をはねつけてた。誰も見ていないのにそんなことができるんだから、みっちゃんと由有の間に何もなかったんだってわかった。私のこと信じてくれて……愛してくれてるって。だから、私こそごめんなさい。みっちゃんのこと、信じてあげられなくて……恋人なのに」
その瞬間、僕の涙は喜びのものに変わった。
「美智代……キスしていい?」
「ん」
僕は目を閉じた美智代の唇に軽く触れた。それは、ファーストキスよりもほのかな接触だったけれど、僕の心にはこれまでで最大規模の大波を起こして喜びで埋めていった。
「由有はどうしてあんなになってるの?」
キスしたあと、美智代が聞いてきた。
「実は……」
由有ちゃんに聞いたことをそのまま伝えた。送り火の翌日、トシと会って、誠意の印としてヴァージンを捧げるって言ったのに拒絶されたことを。
「そうか……トシくんは真っ直ぐだからなあ」
「そういえば、あの日。トシと飲みながら何を話したの」
「なんにも」
「へ?」
「店に入ったはいいけど、トシくんは一人でもくもくと食べて飲んで。私が何か聞いても『うん』としか言わなくて」
「なるほど」
トシがやりそうなことだ。
「それにしても、由有をフォローしないと、それはキツいよ」
「そうだね……でも、俺も不安だったし。由有ちゃんを助けたら美智代にフラれると思ってたから」
「うん。由有をフォローする役目はみっちゃんじゃなくて、トシくんだよ。女の子にとって、ヴァージンをあげるって、本当に、一生に一度の大決心だから。それを断られたっていうのは……」
「今、ここからトシに電話してみて」
電話器を美智代のそばによせる。
「俺だと出てくれないかもしれないから」
「うん」
美智代に電話してもらったけれど、トシは不在だった。ツーリングに行ってて、今夜帰るということだ。由有ちゃんが電話してもいなかったのは本当だった。
「由有、大丈夫かなあ……」
「電話してみて」
美智代にお願いして、電話してみたけれど、出なかった。
「帰省してるかも」
専攻の名簿を出してきて、電話番号を探す。
「もしもし、平塚さんのお宅ですか…私、大学の専攻でご一緒させてもらってます、松沢と申しますが、由有さんいらっしゃいますか……え? ああ、この時期は帰省してるかもって聞いてたんですけど、いらっしゃらないんですね……わかりました、京都のお宅にかけてみます。はい、失礼しました」
ちん。
「実家にもいない」
「ちょっとマズいかもしれない」
僕がそういうと「行く?」と美智代が言った。由有ちゃんの家へ行く、ということだ。
僕は一冊だけ文庫本を本棚から拾い、美智代と部屋を出た。
由有ちゃんは鳴滝に住んでいる。美智代が住んでいる宇多野の隣の駅だ。
歩いて四条大宮の嵐電の駅に行き、路面電車に乗る。じれったいほどゆっくりと電車は進む。帷子ノ辻で乗り換えて。鳴滝に着いたのはもう九時だった。
僕も美智代も由有ちゃんの家に行ったことはなかった。リュックには京都市内の区分地図を持ってきていたので、メモってきた由有ちゃんの住所を当てはめてみる。歩いて数分というところだ。急いで歩いていくと、白いマンションが建っているのが見えた。
玄関ホール脇には集合ポストがあり、「平塚」の名前がかわいい文字で書いてあった。五階建ての三階の部屋のようだ。エレベーターがあるので、美智代にエレベーターを使ってもらい、僕は階段で上がった。もしも、行き違いになったら大変だ。
三階に上がった。フロアには四つの部屋があるようだ。それらを巡って由有ちゃんの部屋にたどり着いた。
扉の前に美智代と並んで立って。呼び鈴を鳴らす。
ぴんぽん。
ぴんぽんぴんぽん。
反応はない。扉に耳をくっつけて中の音を聞く。静かだ。
「いないみたい」
美智代が言う。確かに、この扉の向こうには何もない気配がする。
「どこに行っちゃったんだろう……まさか、ヘンなこと考えてないよね」
「……なんとも」
昨日、すがってきた彼女を冷酷に突き放したのは僕だ。直接的には僕が引き金をひいてしまったのかもしれない。
「ちょっと待って」
持ってきていた文庫本をチェックする。気になる場所があった。
「ちょっと、読書してる場合じゃないでしょ!」
美智代が怒りだすのも無理はないけれど、これまでの由有ちゃんの行動パターンや思考形態を考えると、どうしてもある人にたどりつく。
「一か所だけ、アテがある。ただ、ここからだと歩いていけない」
「どこ?」
僕は場所を告げた。
「踏切ってまさか……」
美智代の顔が青ざめていく。
「確か、トシの家が一番近いはずだ。駅のところに公衆電話があったから、電話してみよう。もしかしたら帰ってるかも」
僕たちは走って鳴滝駅に戻り、電話ボックスに突入した。
「私がかける」
美智代が十円玉を三枚入れて、名簿にあるトシの家へ電話する。
「もしトシが出たら、代わってくれ」
「ん」
呼び出し音が聞こえる。
「あ、トシくん。松沢です。ちょっと大変なの。由有がいなくなっちゃったの! 実家にも部屋にもいない! みっちゃんに変わるね」
「トシか」
「なんだ、お前たち、ヨリを戻したのか? さっき帰ってきたばかりなんだ、明日に」
僕はキレた。
「いいか、俺がお前にやった不義理を棚に上げて怒る。お前がやったことで由有ちゃんがヤバい。もし、俺の勘が当たってたら今から言う場所にいるはずだ。俺たちは鳴滝駅にいてすぐには行けない。お前の家が一番近い。もし、その場所にいなかったら、他の候補地を考えないといけない。とにかく、今すぐ行け」
僕はある場所を告げる。
「な、なんでそんなところに……」
「今すぐ行け、俺たちもなんとかして行く」
電話を切った。
「みっちゃん、どうしよどうしよ」
「どうやって行こう」
「こんな時間だとタクシーなんて走ってないしバスもないし」
「美智代、チャリあったよね。美智代んちでチャリ調達して二人乗りで行こう。それが一番速そうだ」
「わかった」
折よく北野白梅町行きの電車がやってきて、隣の宇多野駅へ。美智代の部屋に走り、そこで自転車に乗った。周山街道を南下していく。走る。雙ヶ岡の西のふもとをなぞり、丸太町通との交差点に出た。ここで左に曲がり東進する。ここから二キロとちょっとくらいか。丸太町通りの歩道は広く、夜も十時なので人通りはまばらだ。猛スピードで自転車を漕ぐ。美智代がぎゅっと僕の身体にしがみついてる。
「美智代、足を車輪に巻き込まれないようにな」
「わかった」
夜の京都を僕たち二人は疾走していた。
きっとたぶんあそこにいる。いてくれ。
僕たちは山陰本線の天神踏切に向かっていた。
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