それぞれの心と、血と、本能と――己の内なる声が求めるものは

 砂漠と草原。中央アジア風の素敵な世界に序盤から惹かれました。
 作者様の他の作品と同様、地理地形から服装、食べ物といった細部までさりげなく描写されていて、安心して物語に入り込むことができます。文中で描かれる厳しく美しい自然は、読んでいて時に心が洗われる心地になります。
 様々な国や民族がそれぞれの思惑と目的のために動く世界で、故郷を持たない主人公たちは、自由な思いのもと国から国へと旅を続けます。しかし、その道程は簡単にはいきません。大変厳しい世界を生き抜く人物たちが正面から描かれています。
 人は様々な考えや思いに基づいて行動を起こします。自らの属する社会と、個々の思いがあり、それらが複雑で根差すものが違えばそれを理解するのはとても難しい。登場人物たちは皆、人を思いやる優しい心を持っています。けれど、それ故に自分と相手の立場が違うほど傷つけ合ったり、関係に亀裂が生じたりする。現代社会であればいくらでも修復可能なものでも、この物語の世界情勢では些細な亀裂がお互いの生命に直結しています。
 特に私はトグル・ディオ・バガトルという人物に惹かれました。「狼の末裔」として、自身を人間ではないと言い切る彼ですが、心の奥には混じり気のない優しさを持っています。それでも民族の上に立つ者として、時に己の感情を切り捨て、同胞のために行動します。それは一見非情とも思えますが、どこか祈りのような一途さや健気さを見るような思いがして、目が離せなくなってきます。
「お前には、判らないだろう。俺達の憎しみの溝が、どれほど深いのか。――言葉で理解し合えるなら、追い詰め合うことはなかった。既に、話し合う段階は過ぎている。殺さねば、殺される。滅亡を避ける為には、力で溝を潰すしかない」
作中の言葉に、胸が痛みました。民族に対する強い覚悟と誇りを持って生きる彼を見ていると、彼らが皆同じ土地、同じ文化で生まれ育っていたなら……と思わずにはいられません。
 鳥の名を持つ主人公たちはこの世界に何をもたらすのか。この物語がどのような結末を迎えるのか。それぞれにとっての幸せが実現されることを願ってやみません。
 人の心の複雑さ、もがき苦しむ葛藤の中に光る何かを見出すような――とても読み応えのある、奥深い物語です。

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