胸をかきむしりたくなるほどに切ない、壮絶な二つの歩みと恋

「狭霧にとって一番安心できる場所は、いつでも輝矢のそばだった。」
 この自然な冒頭から、すうっと古代日本の世界に入り込むことができました。さすが、古代日本マニアという作者様。台詞や景色の細部に至るまで、まるで見たものを綴ったようにすべてが自然で完成されています。それらに連れられ、夢中で読みふけり、どっぷり浸らせていただきました。
 出雲の武王、支配者の血を引く狭霧と、実力だけで高位にのし上がった高比古。様々な意味で正反対な二人が、出雲の国を守るため、時に衝突し時に励まし合いながら、少しずつしなやかな強さを身につけていきます。
 それぞれ国の最高権力に近い立場にいる上、時代は倭国大乱。彼らの身には壮絶とも言える出来事が次々に起こります。その中で恋を知り、自身の未熟さを歯がゆく思いながら少しずつ前に進む姿は、胸をかきむしりたくなるほど切ないものがあります。
 特に後半「生命の淵」では涙が止まりませんでした。理性を飲み込む愛の奔流ともいうようなものに怯えながらも相手を手放したくない。そういった感情が痛いほど伝わってきて。
 成長物語、恋物語だけではない読み応えと面白さがあります。
 荻原規子さんの勾玉三部作が大好きな私に、これ以上のものはありませんでした。同じく古代日本を舞台にした作者様の別の作品「雲神様の箱」も面白く読ませていただきましたが、個人的にはこちらの方がより好きです。ぜひとも書籍として手元に置いておきたい…!
 狭霧と高比古、また二人に会いに来ます。これほど素晴らしい作品に出会えたこと、とてもうれしく思っています。

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