第2章「フリージャーナリスト、塞杖海狸」

(1)


「ふーん、それで引き受けちゃったんだ…ばっかじゃないの?」


そう言うと事務所の椅子にふんぞりかえった塞杖海狸さいづえ みり

自前で持って来たグラタンをほふほふっとほうばる。


「やっくん。その子さぁ…

 さっさと器物損壊で警察に突き出しちゃいなよ。

 その話の流れだとさ、

 壁の傷、ボケたじいちゃん達のせいにされたんでしょ?

 それじゃあじいちゃん達、かわいそーじゃん。」


そう言うと塞杖は手元に置いておいた野菜ジュースを一気に飲む。

フリーのジャーナリストにして同じ大学のゼミを受けた仲間。

その程度のはずなのに、

なぜか塞杖は時間が空くと鳴鐘の事務所に寄り付き、

こうして夕飯や昼飯を食べて行く。

この習慣に鳴鐘はひそかに頭を悩ませていた。


「えみり…おまえ雑誌記者なんだろ?仕事はどうしたんだ?」


「やっくん」と「えみり」

…それは鳴鐘と塞杖の大学時代からのあだ名だ。

当時、塞杖が鳴鐘をあだ名で呼び、

抵抗感を感じた鳴鐘がお返しに彼女に

あだ名を付けたのだが、

塞杖はそれをいたく気に入ってしまったらしく、

未だにところ構わず使いまくっている。


…このあだ名が、こいつをウチに呼び寄せる原因なのかもな…。

そんなことを考えつつ、

鳴鐘が淹れたてのコーヒーカップをさし出すと、

塞杖はひょいっとマグカップを受け取り、

先ほどの質問にさばさばと答えた。


「2ページの記事が二本ほど。

 片方は明日閉め切り。」


「…だったらもう帰れよ。

 間に合わないかもしれないじゃないか。」


「大丈夫。今からメールで送れるし、

 タブレットも鞄に入れてあるから。」


「そうじゃなくて、まだ二十代の女子が

 こんな場所にいる事自体が問題で…。」


「おうおう、二十代後半のお姉様に気遣いとは嬉しいねえ。」


「いや、俺が言っているのはモラルの問題で…。」


…そんなことを言いあっていると、

突然、塞杖の電話から着信音が鳴る。

塞杖はすぐさま対応し、カン高い声で話し始めた。


「あー、もしもし、養護老人ホームの院長さんですか?

 先ほどはどーも。ああ、そちらの数字いただきました。

 ありがとうございます。」


そうしてさらに二言三言会話をしてから電話を切ると、

塞杖はすぐにタブレットを起動させ、

キーボード端末をつけるとガチャガチャ打ち始める。


その様子を横目で見つつ鳴鐘は聞く。

「養護老人ホーム?」


塞杖は画面から目を話さない。


「…ちょいと人づてで頼まれてね、福祉関係のルポ書いているんだけど

 最近、老人の突然死?みたいなことが、結構、起こってるらしいんだよね。

 それで福祉施設側の見解としてどうか統計とって欲しいって依頼が入って、

 今、急遽手を付けてるんだけど…よし、できた。」


そうしてタタンッという軽い音をさせて記事を完成させると、

塞杖は鳴鐘のほうを向く。


「施設の見解では、ただの高齢と心筋梗塞。記事にもそう書いてるけど

 時期が合うのはたまたまかなーって感じ。まあ、今の時期、これから

 どんどん寒くなってくから、気温差関係って話らしいよ。」


そこまで言うと、塞杖は鐘鳴の顔を冗談たっぷりに見つめる。


「あ、やっくんも気をつけなよ?やっくんて意外と外にいる事多いから、

 ヒートショックとかマジヤバそうだし。風呂にはいる前は、ちゃんと

 シャワー浴びてから入浴しなきゃダメだよ?」


そうして、塞杖はケラケラと笑う。

鳴鐘はそんな様子の塞杖をあきれたように見つめる。

…こいつ、さては俺を自分と同い年だとは思っていないな…。


だが今はそんなことで議論をしている暇はない。

鳴鐘は口を開くとこう聞いた。


「…で、本当のところはどうなんだ?向こうの本音は?」


その途端、塞杖は意味ありげに笑ってみせた。

「ちょっとヤバいね。下手したら公表出来ないレベル。」


そう言うか早いか彼女はすばやくキーボードを叩くと、

鳴鐘に画面を見せる。


「これ、ここひと月の福祉施設から集計した老人の突然死を

 グラフにしてみたものなんだけれど…見てみて。」


「…どれどれ…。」


そして次の瞬間、鳴鐘は顔を引きつらせる。


「これ、本当にひと月か?ちょっと、多すぎないか?」


その言葉に塞杖は意味ありげに含み笑いをしてみせる。


「かさ増しはしていない。

 きっちり三日ずつ病院と介護施設で照らし合わせた統計数。

 …もっとも、最初の数値を見たときにちょっとヤバいと感じて

 個人情報を逆手に他の施設には数値を報せてはいないけどね。」


そのグラフは、まさに山なりだった…。

初日の月曜、50人からはじまり、85人、122人、177人と…

確実にその人数は増え続けている。


「…本来、介護施設での死亡者数は年平均で1200人前後、

 でもこのひと月で施設の死亡者はその2倍近くにのぼっている…

 今のとこ都心でしか統計を取っていないけれど地方も換算すれば

 もっと増える可能性があるんだ…だから現在、記事をごまかす事に

 している。」


そう言いつつも複雑な表情をする塞杖に鳴鐘は疑問をぶつける。


「どうしてごまかす。公表すれば良いじゃないか。

 それに、警察や医療機関だって気づかないのか?」


その言葉に、塞杖はやれやれと首をふると鐘鳴を見つめる。


「わかってないなあ、探偵さん。この調査を頼んで来たのは週刊誌。

 つまり、独断と偏見とそして真実に満ちた文章を求めているのさ。

 そして、そういうところがこういうものを頼んで来るという事は、

 …この裏にもっとヤバい事が隠れているということ。当然、医療

 機関や警察も探っているさ。でも公表されていないところをみると、

 今のところ見つかっていないのが現状だね。」


そしてパチンとenterキーを押す。


「…でも、あたしはそういうのとは関わり合いたくない。

 少なくとも、この仕事ではね…意味、分かるかな?」


画面には先ほどの記事がメールで送られたことを示す表示。

それに対し、鐘鳴はやれやれと肩を落とす。


「…確か、もう一本で記事を頼まれているとか言っていたな。

 もったいぶってないで話せよ…内容はなんだ?」


すると塞杖はパチパチッと画面を叩き、個人データだろうか…

一人の生真面目そうな男の写真と履歴を見せる。


「福祉専門の弁護士。名前は鳳来廷行ほうらいのぶゆき

 …こいつがひと月前に行方をくらました。

 カギもかけてない事務所に依頼人の書類と個人の書類を

 どっさりと残して…。」


「…そこで秘書してた人によれば…

 彼女はもう鳳来の元で十年は務めていたそうだけど…

 そのときには実家の都合で一週間ほど有休を取っていたんだって…

 そして帰って来てみれば、

 何の連絡も無く自分の上司が蒸発しちまい、

 事務所は散らかし放題…。

 だがね、秘書さんはこうも言っていた…。」


 「『あの几帳面な人に限って、

  連絡一つ寄越さないこと事態おかしいです。

  きっと、何かの事件に巻き込まれたに違いありません。』

  …ってさ。…さて、やっくん…いや、探偵さん。

  これについてどういう見解を示す?」


 ちゃかしながらそう言う塞杖に鳴鐘はじっと考え、

 そしてつぶやく。


「…で、これがお前の依頼された二つのレポとどう関係する。

 それによって…俺の答えは変わってくるぞ。」


とたんに塞杖は両手を広げ、やれやれと首をふった。


「やれやれ、タダで仕事はできないってか。

 …わかったよ。あたし、さっき言ったよね?

 『週刊誌は独断と偏見とそして真実に満ちた文章を求めている』

 …って。つまり、あたしが頼まれているのは、

 弁護士の蒸発と福祉施設で起きる老人突然死の関係性なのさ…。」


そう言うと、塞杖はカタカタとさらにキーボードを叩き、

大量に書類の置かれたデスクと、その中の一枚と思しき

一枚のグラフを表示する。


「そして弁護士の事務所で見つかった書類は、

 私が調べた施設のアンケートなんか比べ物にならないくらいの

 長期スパンで行われた介護施設死亡例の統計書類だった…。」


鳴鐘が画面を見ると、表示されたグラフには二年間にわたる集計が、

ご丁寧に週刻みで表示されていた。

そして、その中でも『突然死…心筋梗塞』の部分が

一年前の春から秋にかけて、着実に伸びて来ている…。


「出版社の見解では…

 というかここまできたら馬鹿でもわかりそうなもんだが、

 どうやらこの弁護士、老人の突然死に関わって蒸発しちまった

 かもしれないらしいんだよな。」


「…それを出版社はあたしに探ってもらって、最初に施設の見解と

 ダミーの記事を載せ注目を当ててから、次にあたしの成果をみたい

 っていうのが本音なんだよ…。」


そう言うと、塞杖はケロケロと笑う。


「ゆえに、さっきの記事の〆切は次の雑誌が出る明日まで。

 そして月刊誌だから次の〆切は来月の今頃、

 取材費も出すって言うし、結構良い値段で買ってくれる

 そうだよ…。」


そうして笑う塞杖に、鳴鐘は、にこりともせず腕を組む。

「…そんな危ない橋、ひとりで渡る気か?」


その言葉に、塞杖は笑いを止め鳴鐘を見つめる。

「…止める人がいなければね?」


すると鳴鐘はため息をつき、肩をすくめてこう言った。

「…じゃあ、お前はこう言いたいのか?

 『私を止めてくれ。歯止めが利かないから』って?」


その言葉に、塞杖はふふんと笑う。

「…ご冗談。むしろこう言いたいね。

 『止めねえのなら、一緒に行こうぜ?

 目的は一緒だろ?』…ってさ。」


塞杖の目は本気だった。

おそらく鳴鐘が止めたとしても、

彼女は勝手に現場に行くだろう。

そうして鳴鐘はもう一度ため息をつくとこう言った。


「分かったよ。一緒に調査しよう。費用は俺からも出す。

 ただし、調査料はお互いの依頼人がいるから、

 山分けとかは無しだぞ?」


その途端、塞杖はガッツポーズをし、そのままの勢いで

隣に置かれたクッションを抱きしめ、

ソファーの上を転がりだす。


「もー、だからやっくん好きなんだよぉ、

 最高の相棒だよお!」


そうして、子供のようにきゃいきゃいと塞杖は、はしゃぐ。

その様子を眺めつつ、げんなりとしながら鳴鐘は頭をふった。


…たぶんこの甘いところも、

こいつとの腐れ縁のもとなんだろうな…。


そんなことを考えていると、塞杖がさらにこう叫んだ。


「じゃあ、これから飲みにいこうよ!

 仕事一本終わったのもそうだし、

 この仕事、お互いの団結力が必要だろうし…

 …あーでも終わったとはいえ、

 金は明日口座に入れてもらうんだった。

 今のとこ金欠だしなぁ…。」

 

そうして塞杖は鳴鐘を上目遣いで見る。

鳴鐘は、頭を抱えたくなるのを堪えながら、

死にそうな声で言った。


「…わかった。ここは俺がおごろう。」


「よっしゃあ!」


そして鳴鐘は自分の財布を持ち、

塞杖はタブレットを鞄にしまい立ち上がる。

こうして方やうきうきで、方や肩を落とし、

二人は駅の近場にある繁華街へと歩き出した…。



 









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