第4章「銀行家、白金あづね(前編)」

「…遺族の話では、葬式は身内だけでするらしい。

 事情聴取も終わったし、あとは…大丈夫か、えみり?」


鳴鐘の言葉にソファに横たわる塞杖は小さくうなずく。

あれから半日、警察の事情聴取のあと、

事務所で仮眠をとってからも塞杖の顔色は悪かった。


無理もない…恩師ともいうべき人の死を間近に見て、

ショックを受けない方がおかしい。


鳴鐘はコーヒーを淹れつつ塞杖の顔を見る。


「…仕事、きつかったら止めてもいいんだぞ。

 貯金くらいあるんだろ?」


その言葉に、塞杖は首を横に振ると天井を見てつぶやく。


「ダメだよ。

 あたし、今まで自分で引き受けた仕事は遂行するのが

 モットーだからね。」


そうして、横向きになると、

今度は違うベクトルで具合が悪そうに頭を抱えた。


「うえぇ…多分これ、二日酔いだぁ。

 …やっくん、トマト切って。もう朝ごはんの時間でしょう。

 酔い覚ましにはトマトとあさりがいいって、

 何かのテレビで見たもん。

 あさりのみそ汁と白飯とサラダでいいからさあ。」


それを聞くと鳴鐘はため息をついて立ち上がる。


「ホントにずうずうしいよなぁ、えみりは…。」


そうつぶやきつつも鳴鐘は冷蔵庫を漁り

ハチミツとヨーグルトをさがし出す。


そうしてコーヒーを温め、ハチミツを垂らし、

近くのアロエを一本もいで細かく切りヨーグルトに加える。

それを塞杖の前に置き、鳴鐘は言った。


「トーストはこれから焼く。先にコレでも食べてろ。

 酔い覚ましになる。」


そこそこ元気が出たのか、

塞杖はソファから起き上がるとスプーンを手に取る。


「ううむ…このヨーグルト、まってりとしてクセが少ない…

 やっくん、これならカフェ開けるよ。」


「そんなわけあるか。」


そう言いつつもやや元気を取り戻しつつある塞杖のために

トーストを軽くあぶり、レタスのサラダをそえて、

鳴鐘は朝食の支度を整えた。


「…ほら、これでいいだろ?

 空きっ腹で動いてまた具合悪くされたらたまらないからな。」


塞杖は用意された箸を手にとるとハグハグと食べだす。

「うん、うん、美味い美味い。」


そうしてぺろりと朝食を平らげると塞杖はほうっと声を出し、

ようやく元気になった顔で鳴鐘に言った。


「ふぃ〜、やっぱ空腹は最大の敵だよねえ。ごっそさん。

 …じゃあ、も少ししたら仕事の打ち合わせをしよう。」


そして神妙な顔で言葉を続ける。


「…あたし引っかかってたんだよね。仲島…編集長の言葉。

 『法則』とか『時期と場所』を調べろって。

 正直、どこから手を付けていいかはわかんないけれど、

 とりあえず表にしてみる事からはじめてみる。

 だから、十分ほど待ってて。」


そう言うと、塞杖は食後のコーヒーを飲みつつ鞄を漁り、

タブレット端末を出すとパネル操作をはじめる。


その間に鳴鐘はさっさと机を片付け、

話しやすい環境を整えることにした。


…そしてきっかり十分後、タタンという軽い音ともに

塞杖は画面を叩くと困惑の表情になりこうつぶやいた。


「…よし、まとまった。

 …でも、わっかんないなぁ…。」


その様子に、鳴鐘はたずねる。


「なんだ?まとめたんだろ。」


すると塞杖は顔を上げ、タブレットを指さした。


「…うん、できたんだけどさ、

 法則なんてわかんないよ…。」


そう言って、見せてきたエクセル表には

この数ヶ月分の施設の名前と死亡者数、

そして死亡時期が記入されていた。


鳴鐘は腕を組むと画面をにらみ、

…ついで質問する。


「…今更思うんだけどさ、これ弁護士の資料も

 入っているんだろ?良く手に入ったな。本来なら、

 個人情報とかで入手できないんじゃないのか?」


その言葉に、

塞杖はちょっぴり含みのある笑いを漏らす。


「まあね、でも仲島編集長が件の弁護士事務所の

 秘書の人とも懇意の関係でさ…あ!やっくん、

 もしかして今、えっちいこと考えなかった?

 やっくん、ヤバーい。」


「…いや、そんなことより話進めろよ。」


「…ちぇ、えー、まあ、それでね。

 秘書が机の上に置いてあるのを見つけて、

 元々弁護士とも仲の良かった編集長に

 渡したんだよね。でも編集長も定年間際

 だったからさ…結局、巡り巡ってあたしの

 とこにデータで来たんだよ。」


「ふうん…。」


そう言うと、鳴鐘はあごに手を当てて考える。


…じゃあ、仲島…編集長はもともと独断で

この事件の調査をしていたのか…。


そんなことを思いつつ鳴鐘は表を眺める。

件の弁護士は相当詳しく調べていたらしく

亡くなった人の死亡時期はもちろんのこと、

施設の住所、死亡者の住所まで書かれていた。


その表をスクロールでと眺めているうち

鳴鐘はひとつ、ある事に気がついた。


「…なあ、えみり。亡くなった人が出た施設を、

 日付順に地図に落とし込めないか?」


「え?うん、いいけど。ちょっと時間かかるよ。」


そうして、塞杖はネットで地図をインストールし、

表に書かれた施設と重ね合わせていく。


…するとしばらくして、作業半ばの塞杖が声を上げた。


「ちょっと、やっくん!これビンゴだよ。すげえ!」

「…やっぱりな。」


そうして出された地図には、

きれいに等高線のようになった

施設の分布図が表示されていた。


「時間が経つごとに、周囲に広がる形を取っている。

 死亡者数もそれに比例する形で増えて行ったわけだ。」


「うーん、死亡時期と施設の関連性か。盲点だった。」


「いや、もうちょっと頑張れよ。

 たぶんこれ、編集長もわかってたはずだぞ。」


「…うん。」


そのときの塞杖は少し寂しそうな様子だったが、

すぐに気を取り直したらしく話を進める。


「うーん、等高線の中心に行くほど人数が

 少なくなっているし日付の初期もこの辺だから…

 つまりこの山が発生源になっているってこと?」


人数が最小値になっている施設の中心。

そこにある山を指しながら問う塞杖の言葉に

鳴鐘は首をすくめてみせた。


「まあ、憶測だがな…で、山の中はどうなっている?

 もっと中心に近い介護施設とかはないのか?」


その言葉にパチパチとタブレットを叩いた塞杖は首をふる。


「ない、あるのはいくつかの集落とダムが一つ。

 観光地にもなってないし、公民館と神社がわずか…

 過疎も進んでいるし、ほとんど人がいないのが

 ここの現状だね。」


そして塞杖も鳴鐘に習ってか腕を組む。


「…うーん…こうなると、どこが発生源かわかんないよ。

 集落か、公民館か、もしくは、もしかしたら山の中

 かもしんないし…ねえ、やっくん。調査のために

 日を使っちゃうけど、数日間ほど山のぼってみる?」


その言葉に、鳴鐘は考えるようにして口元を押さえた。


「…いや…そうだな。そろそろ別のアプローチを考えた

 ほうが良いかもしれない。」


そう言うと鳴鐘は自分のスマホを取り出し、

スピーカーフォンに切り替えると、ある番号にかける。

そして三回コール音が鳴ったあと、一人の女性が電話に出た。


『…はい、荒田ですが…。』


それはつい先日、鳴鐘に依頼をした荒田希美その人であった。

鳴鐘は荒田に対し、丁寧に話しかける。


「お久しぶりです、荒田さん。

 実は依頼された内容で少しお聞きしたいことがありまして

 …お時間よろしいでしょうか?」


『…はい。』


そこで鳴鐘はひと呼吸置き、こう尋ねる。


「あなたが、お二人の亡くなったところに立ち会った時以外で

『すなあく』という言葉を聞いたことはありますか?」


『…いいえ?ありませんけど…。』


「では、施設の職員のあいだで

『すなあく』の名前が出たことはありますか?」


『…いえ、それも一度もありません…それが、何か?』


途端に鳴鐘は明るい調子で彼女にお礼を伝えた。


「いえ、重要な情報ありがとうございます、

 なにぶん調査に必要だったもので。

 また新しい情報が入り次第連絡させていただきますので、

 今後もよろしくお願いいたします。」


そうして電話を切った鳴鐘は、すぐさま塞杖にたずねる。


「…なあ、えみり。つらいかもしれないが一つ聞かせてくれ。

 仲島…編集長はおまえに仕事を依頼して来た時や

 亡くなる直前に、『すなあく』の名前を出したか?」


そう言われ、塞杖は考え…そして首をふる。


「ない、一度も無いよ。」


その言葉を受けて、鳴鐘はスマホのメモ帳を検索する。


「ね、ねえ、どういうこと?それで何が分かったの?」


慌てる塞杖に対し、

鳴鐘は一つのメモを探し出し、こう答えた。


「…おそらく、知らなかったんだ。弁護士も、仲島…編集長も、

 そして介護施設の誰もがこの事件の中心にある『すなあく』の

 存在を知らなかった。」


「…でも、いたんだよ。それが何かを知っている人間が。

 塞杖、それが誰かわかるか?」


そう問われ、塞杖は考え…そして答える。


「もしかして…それって荒田さんが話していた、

 菜飯さんと加賀さん…?」


その言葉に鳴鐘はこくりとうなずいた。


「ああ、最初から『すなあく』の言葉を知っていたのは

 その二人だけ。つまり、この二人を調べれば、

 早くに解決の糸口を見つけられるかもしれない。」


そして鳴鐘はスマホに表示された一つの住所を提示する。


「…こんなこともあろうかと思って、二人の住所を

 聞いておいて良かった…塞杖、車を運転できたよな。

 頼まれてくれるか?」


その言葉に、塞杖もうなずく。


「…ああ、わかったよ。ここにいけばいいんだな。」


そして二人は立ち上がり、事務所をあとにした…。


(2)


「ああ?親父について話が聞きたい?

 葬儀はこのあいだ終わったじゃねえか?」


そう言うと、でっぷりと太った無精髭姿の男は腹をかく。


アパートの表札には『菜飯健司』と書かれ、

その横に書かれていた『菜飯川蔵』という名前の上には

マジックで横線が引かれていた。

 

それをちらりと横目で見てから、スーツに黒ぶち眼鏡姿の

鳴鐘は静かに頭を下げた。


「ええ、こちらの葬儀社ではアフターケアもしておりまして

 ご利用になったお客様から故人の思い出話をしていただき

 遺族の方の49日前の心の準備をしていただくサービスを

 行っております…料金は葬儀代に含まれておりますので

 結構ですが…こちらお話、うかがっておりませんか?」


とたんに、男は目を左右に泳がせ困ったようにつぶやく。


「いや、聞いていないな

 …つーか、それってなんかメリットあんの?」


…典型的に話を聞かないタイプ。

でも動揺しているという事は押し切れば中に入れる

可能性もある。


そこで鳴鐘はもう一押しと言葉を続けることにした。


「早い話、心の準備は大切だということですね。

 特に、故人の方の49日ともなると動揺される

 お客様が多いもので、未亡人の方がとくにですが…。」


「はあ…。」


「また、当葬儀場ではご希望の場所があればどこでもご相談を

 受けることが出来ます。その場合ご自宅でもよろしいですし

 他の店舗をご利用されても構いません。」


「ふうん…。」


「…その場合、料金負担はこちらが持つ事となっております。

 ゆえにお客様のお金の負担は一切ないことを付け加えさせて

 いただきますが…よろしいでしょうか。」


途端に、男の腹をかく手が止まり、隈の目立つ目が希望に輝く。


「…つまり、親父の話さえすれば、一時間どこでもタダで

 飲み食い出来るってことでいいのかな…?」


「…平たく言えば、そういうことになりますね。」


そしてここぞとばかりに鳴鐘は腕時計を覗きこむ。


「ああ、申し訳ありません。もうお昼時ですね。

 まあ話を戻しますと、それもお客様のご希望次第でして

 どうでしょう、これから一時間でも良いですし、

 …ご相談、されますか?」


…そして10分後。

男とスタッフと名乗る喪服の女性が乗った黒い車は

ファミリーレストランへと向かって行った。


その様子を見送ると、鳴鐘はアパートへと戻り、

懐から手袋を取り出すと、はめる。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか…。」


そうして先ほどの訪問の際にくすねたカギを

ドアノブに差し込むと、鳴鐘はドアを開け中へと進んだ…。


(3)


「…で、どうなのやっくん。何か進展は?」


ブスッとした表情の塞杖は事務所のソファで

喪服姿のまま鳴鐘の作ったブルーベリジュースを飲む。


「…っていうかさ、聞いてねえよ。いくら人の目があるとはいえ、

 すげえ隈のできた無精髭のおっさんとファミレスで話するなんてさ。

 おっさん、人の話も聞かずに自分の父親が施設に行くまでにいかに

 自分に迷惑かけ続けたかとか、苦労したかとか、自分のこと以外、

 介護の時期以外、父親の事をまったく話さなかったんだぜ?」


「…それになんていうか、嗅いだ事の無い匂いが体からしたんだよね。

 思うにあのおっさん、何か後ろ暗い事でもしてたんじゃないの?」


そんな塞杖の質問に対し、

スマホを操作する鳴鐘はあっさり答えた。


「ああ、あれ麻薬だ。部屋にガラスの管があったし、

 包装紙につつまれて布団の下に隠してあるのを俺が見つけた。」


「げえ!」


そして証拠の画像を鳴鐘が見せた途端、

塞杖は飛び上がりソファにつかまった。


「ちょっと!それヤバいじゃん!

 あたしに身の危険があった可能性、あるじゃん!」


そう叫ぶ塞杖に対し、冷静な様子の鳴鐘はケーブル端末を机から

出し、塞杖にタブレットを渡すように指示を出す。


「いや…家捜しした時点で俺もお前も積んでるようなもんだし。

 調べたら、男の母親は幼いうちに離婚して、父親も痴呆の出た後

 数年間の自宅介護の末にようやく施設に引き取られたって話だ。

 息子の精神がまいっていてもおかしくはないさ。」


「うーん…でもねえ。」


「ちなみにお前があの男を家に返した後、

 俺は近くの電話ボックスに行って匿名で通報しておいた。

 あのアパートに入って行った男がガラスのパイプと

 白い粉を持っていたのを目撃したっていう内容でな。」


「なんだ、してることしてんじゃん…で、これなに?」


そうして送られて来た画像データに

塞杖は首を傾げてみせる。


鳴鐘はケーブルをはずすと机の中に戻し、説明を始める。


「男の父親の日記を写したものだ。

 私室の本棚の隅に十冊ほど溜まっていたが、

 読み流しているうちにこいつにぶちあたった。

 家にいる間に全ページを撮影させてもらったよ。」


それをちらりと見て、塞杖は眉根を寄せる。


「『8月27日、『銀行家、白金しらがねあづねについて記す』

 …なんか、仰々しいタイトルだね。」


そう言って高解像度のPDFファイルを読み込もうと

ソファに座り直す。


「日記の西暦によれば、20年前に書かれたものだ。

 中身は10ページに渡り内容は告白文に近い。」


それに対し、塞杖は上目遣いで聞く。


「『すなあく』の記述は?」


「…読んでみろよ、これで大体の事に説明がつくから。」


そう言われれば読むしかない。

鳴鐘も長期戦にそなえてかコーヒーを淹れはじめる。

そして、思いついたようにこう言った。


「…っていうか、えみりが読んでるあいだに

 レンタル服返して来る、はやく脱げ。」


その言葉に不服を感じ、塞杖は抗議する。


「えー…。じゃあまたコーヒーにハチミツ入れてよ。

 朝の美味しかったから。」


「う…わかったよ。」


その言葉に満足した塞杖は立ち上がり、タブレットを見つめる。


「銀行家、白金あづね…随分古めかしい名前だね。」


ファイルの量はそれほどなくとも、

内容は随分濃いように思えた。


資料とはいえ、まるで絵本を買ってもらった子供のような

気分になり塞杖は少しわくわくしてくる自分に気づく。


「…いいから着替えろ。レンタル料は二泊三日だが、

 そこにコーヒーでもこぼされたらたまらんからな。」


「…わかったよ。」


鳴鐘の催促にうんざりしつつ塞杖はタブレットから

視線を外し、歩き出す。


そしてバスルームのドアを開けるとそこには置いた時のままの

くしゃくしゃになった自分の服が置かれており、

塞杖はひとつため息をつくと喪服を脱ぎだす。


「…ったくよお。どんだけ紳士づらだよ。あの男は…

 普通自室に女の衣類があったら正常じゃいられねえだろ?」


そう愚痴りつつ、塞杖は目の前にある自分の服に手を伸ばす。


いつしか、鳴鐘の淹れるコーヒーの匂いが

バスルームまで漂って来ていた。


そして着替え終わった塞杖は短い髪をかき上げると

いつものように軽口を叩くため、鳴鐘の元へと戻って行った…。

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