番外編 トコロテン温めますか? 下

 自宅に着くなりベッドに沈んでしまった秀雄ひでおを流石に無理矢理剥くわけにも行かず、俄然やる気になっていた息子を宥める為に空晴そらはるは一人で風呂に入った。

 取りあえず成功している人がいると言う事は、不可能な事をしようとしているわけではないわけで、自分は不器用だし要領が悪くてもいつかは達成できるはずなのだ。

 秀雄が泣いて善がって縋り付いて欲しがるまで、やるしかない。


「ぷはぁ……つか、それいつの話だよ……」


 秀雄が最後まで出来ない事に嫌気が差して、もっと上手い男が良いなんて発想を持ち出したらどうしよう。

 そうでなくともエレンや一哉いちや常陸ひたち、今日知り合った名前も知らない同性愛の人達。自分が今まで知らなかっただけで、秀雄の事を自分より理解出来てしまう人達がこの世には存在している。

 秀雄が自分に愛想尽かしてしまったら、空晴の短い思考回路では取り残された後の事なんて想像もつかない。


「何で俺はこんなに淋しくなってんだろ……」


 勝手に頼まれてもいない妄想を繰り広げては、その妄想の威力に打ちのめされる。

 今まで彼女がいた時でもこんな感情に陥る事は無かったと言うのに、秀雄が特別過ぎて扱った事のない感情を持て余してしまう。

 ふと、コトリと言う物音に風呂場のガラス戸へと視線を向けた。

 人影が写っている。秀雄か、と思った次の瞬間にはガラス戸が開いていた。


「ぬぅえぇっ!? おま、おま、何してんのっ!?」


 下肢にフェイスタオルだけを捲いた秀雄が無言で入って来た。

 酔っているせいかまだ顔は赤いし、体も火照っている様に見える。


「起きたら空がいなくて……」

「あ、おぅ……」

「一緒に入りたい……」

「ど、どうぞ……」


 え、どうぞ? 

 自分が勢い任せにそう言った後で、何でどうぞなんだと反芻してみても、既に秀雄は浴槽に片足をかけている。


「ちょ、お前、まだふら付いて……」

「ん、平気……」

「ほら、手こっち寄越せ。こけたら洒落になんねぇだろうが」

「うん……ありがと」


 とっぷりと熱いお湯に浸かった秀雄は狭い浴槽の中で膝を抱く様にして空晴の足元に蹲った。決して一人で入っても足をゆっくり伸ばせるような風呂でも無い。

 成人男性が二人入れば、いくら小柄だとは言えそれなりに窮屈だ。


「こっち来いよ。重なった方が足伸ばせるだろ……」

「うん……」


 空晴は自分の足の間に秀雄を座らせ、後ろから抱く様な姿勢になったにも拘らず両手を浴槽の縁に大きく広げてなるべく触れないように気を付ける。

 股間が秀雄の腰に当たっている時点で、生理現象を止めろと言うのがもう拷問だ。


「今日、楽しかった? 空……」

「え? あぁ、うん。楽しかったよ?」


 濡れた項が薄い桃色に染まっている。

 酒のせい、湯のせい。

 それは淫蕩な蜜のように秀雄のか細い髪からただの水道水とは思えない粘度の高い雫が色香を漂わせて滴り落ちる。


 細くて白い項に頸椎が浮き出て、背骨の窪みを指でなぞりたい衝動に駆られた。


「空は……嫌じゃない?」

「な、何が?」

「俺とこんな風になったの……後悔してない?」

「え、何で? してねぇよ? 俺なんかそんな風に見える?」

「いや……」

「何、秀雄? お前、どうしたの?」

「このまま出来なかったら……お前嫌になって、また女の子好きになったりするんかなって思ったら……ちょっと怖いって言うか……」

「ばっか……そんな事あるわけ……」

「無いとは言い切れないでしょ? だって、空は元々こっちの人じゃないから」

「それはそうだけど、別に出来ないからとかそう言う理由でお前の事裏切ったりしねぇよ……」

「おっぱい好きなくせに……」

「だからもう良いよ、そのネタ!」

「ごめん、ね」

「何で謝んの?」

「俺がビビってばっかだから、全然先に進めなくて……空に我慢ばっかりさせてる」

「お前、そんな事思ってたの? だって、痛いんだからしょうがねぇだろ?」

「でも、だって……子供とか俺、産めないんだよ? お前、ずっと俺と一緒にいたら結婚も出来ないんだよ? そう思ったら、お前こっちの世界に引きずり込むのが怖くて……最後までしちゃったらダメな様な気がして……ごめっ……」


 バカなのに、バカなりに秀雄は悩んでいた。

 あぁ、何だろうな。この愛おしさは。

 空晴は言葉でうまく言えないそのむずむずする掻痒感そうようかんを堪えるかのように秀雄の細い肢体を後ろから抱き締める。


「結婚とか、子供とか、それはお前だって同じ条件だろ? 俺だってお前の子供は産めないんだよ」

「でもそれは俺がっ……」

「ママさんだって、秀雄にソックリな孫の顔見たいとかは思ってるかもしれないけどさ。それは勘弁して貰うしかないって言うか……」

「空……」

「うちはほら、もう既に煩いのが二匹いるし。俺が秀雄と一緒にいるのは当たり前くらいに思ってる。それがこう言う関係だっていずれ言う時が来たら、そん時に考えようぜ。俺と、お前と、二人で生きていく方法ってヤツ」

「本当に? 本当にいいの?」


 腕の中でこっちを見た秀雄は今にも泣きそうで、赤い頬がやけに子供の様に見えて小さく胸を閉じる様に自分を抱き締めているか細い両腕も、心配そうに下がったまなじりもこんなにも愛おしいのに他の誰かを好きになるなんて、あり得るはずがない。

 

「寧ろ、お前こそいいのかよ? 俺、エッチ全然上手くないみたいだし……」

「そんなの……空が一緒にいてくれたら俺は何でも良い。空じゃないと嫌だから」

「うおっ……はっずぃ……」

「う、煩いなっ!」

「怒るなよ、秀雄」


 俺も、お前じゃないと嫌だ――。


 そんな甘い言葉を吐く様な未来が、一体いつから用意されていたんだろう。

 お互い言葉にしなくても、逆上せあがった脳は今日こそ出来そうな気がすると言う根拠のないやる気を膨らませる。

 風呂から上がって火照った体もシーツの冷たさが気持ち良い位だった。


 部屋にそのままになっていた空晴が秀雄に贈ったプレゼントの包装紙とリボンを見付けて、秀雄はその赤いリボンを自分の首に巻く。


「ひ、秀雄……?」

「プレゼント……何も用意してないから……」

「え、何それ……。プレゼントはわ、た、し、みたいなヤツ?」

「い、要らないなら良いよもうっ!」

「わ、ちげーって! ごめん! つーか、しても、いいの?」

「バカッ! こんな恥ずかしい事してんのに、そんな事聞くとかっ!」

「ははっ、ごめんて」


 小さな唇、滑る様な肌、浮き出る骨格。

 押し倒して下手な蝶蝶結びの赤いリボンを解くのに、異常な興奮があった。

 キスをするとすぐに頑なに閉じられるその二枚の花弁を、ゆっくりと舐め溶かす。

 空晴は開かれた暖かな口内を、またゆっくりと舐めてはまだ残っている酒の匂いに少し酔いそうな程、頭に血が上っている。

 仰け反ると細い首の割に大きく突き出る喉仏も、誰も触れてない綺麗な胸の小さな蕾も、自分の手で愛してやれると言う高揚感が空晴の下腹に熱を溜めていった。

 エレンに貰った粘度の高いジェルを使い、段々と息が上がって行く秀雄を朦朧と熱を孕んだひとみで見ていた。


「気持ち良い? 秀雄」

「んっ……あっ……も、やだ……」


 指に触る少し硬い感触。

 多分これだと、今日初めてハッキリと分かった。

 いつもはこんな風に余裕がなくて、挿いらない事にばかり意識が向いていた。


「秀雄、ここ……どう?」

「んあぁあっ!」


 空晴は腰を仰け反らせた秀雄に一瞬驚き、腫れ上がって震えている秀雄のくさびを見て嬉しくなる。

 あぁ、そうか。セックスって好きな人を気持ち良くする為の行為だった。

 自分が出来ない事にばかり囚われて、そんな単純な事さえ見失ってしまっていた。


「はっはっ……も、無理だから……そらっ!」

「まだダメ。二本しか入ってないから」

「んんっ……何か、お腹の中変だから!」

「変? 辛いの?」

「ちがっ……も、早くっ! いっちゃ……ぅからっ」

「良いよ、イって。一回出した方が楽だって、聞いた」

「いやっ……いやだっ! そらぁっ……」


 泣いて善がって縋り付いて欲しがるまで……。

 秀雄の潤んだ虚ろな眸を見ていたら、それが痛みや悲しみを零しているのではない事位は分かる。

 腰を浮かせてジレンマに耐える様に自分を呼ぶ秀雄に、胸が締め付けられる。


「お前、ホント可愛い」


 秀雄の双丘を割って自分の熱を押し込もうとすると、やっぱり秀雄は息を詰めた。


「秀雄、口開けて」


 自分の指を秀雄の口へと宛がい、舌を撫で、上顎を撫で、涎が零れても閉じる事の出来ない状態にしてからもう一度空晴は腰を推し進めた。

 ゆっくり、ゆっくり、と脳裏で繰り返すも空晴のはち切れんばかりの欲が勝手に力になって雁が勢いよく滑り込む。


「あぁっ!」

「ひ、秀雄? 大丈夫?」

「ふっ……うん。へ、き……」

「入った……すげぇ、入ってる!」

「ちょ、恥ずかしいってばっ!」

「ははは、でもだって、嬉しいじゃん」


 入口だけ出入りするだけでも、相当な快楽が波を打って押し寄せて来るのが分かった。今まで感じた事のない快楽に、空晴は暴走しそうな自分を堪える。


 ゆっくり、ゆっくり。


 耳につく粘度の高い水音が増すにつれて、秀雄は甘い嬌声を漏らしながら、空晴にしがみ付く。

 その細い体をしっかりと抱きしめるだけで、震える程の悦楽がある。

 体を起こして腰を引き抜く時に仰け反る秀雄のへこんだ腹部が綺麗で、手探りで自分を探そうとする秀雄の手を取って口付けた。


「気持ちい? 秀雄……」

「はぁっ……あっ、あ、んっ……」

「めっちゃ可愛い」

「ばかぁ~」

「何その声、可愛い……っ! あ、やべっ……」


 堪えていたはずの熱が秀雄の甘い声にほだされて、一気に深く奥まで沈んだ。

 滑る様に根元まで沈んで、本能が「ヤバい」と思ったその瞬間、秀雄の細い肢体に白い蜜が飛び散った。


「ふわぁっ……あっ!」

「あ」

「でちゃっ……ばかぁ……」 

 

 軽く痙攣を起こした様な秀雄は、息絶え絶えになりながらも疲れた様に項垂れて「ばか」と呟いた。

 秀雄のうねる内壁に搾り取られる様な感覚がまだ空晴の熱を逃がしてはくれず、大きく腰をグラインドさせる度に、秀雄は身を捩って甘く溶ける。

 その愛らしい姿を見る度、空晴の欲は熱を孕み続け、際限なく膨らみ続けていつか秀雄を壊してしまうんじゃなかろうかと、割と本気でバカな事を思う。


「好きだよ、秀雄」

「そらぁ……すきっ、だいすきっ……」


 これは、とあるおバカな恋人たちのクリスマス。 

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冷やし中華温めますか? 篁 あれん @Allen-Takamura

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