冷やし中華温めますか?

篁 あれん

episodeー1

 真島空晴まじまそらはるはその日、バカでどうしようもない親友のおバカな光景に今日も出くわしていた。

 空晴の勤めているメンズアパレルショップは駅ビルの三階にあり、おバカな親友雨宮秀雄あまみやひでおは駅構内にあるコンビニでバイトしている。

 仕事帰りにはほぼそこへ立ち寄り、バイトの上りの時間が近ければ一緒に帰る事も多い。今日は秀雄から聞いて欲しい話があると言われて、仕事帰りにコンビニに立ち寄り一緒に帰る約束をしていた。


「あんた頭大丈夫かっ!? これ温めてどうすんの?」


 客は苛立ちを隠す素振りもなく、手に持った商品を秀雄に突き付ける。

 冷やし中華だ。

 うん。それは温めるわけがねぇ、と空晴は内心突っ込んだ。


「あ……すいません。間違えました……へへっ」

「急いでんだから、早くしてよ!」

「あ、はいっ……」


 秀雄は今日も相変わらずバカらしい。

 秀でたオスと言う名前が残念過ぎて痛々しい程のおバカなのだ。

 空晴も勉強が出来る方では無く、自分が人より要領が悪い事は自覚しているが、秀雄よりはまだマシだと言う事も自覚している。


「あ、空! もうちょっとで終わるから、待ってて!」

「おいっ! 店員! 早くしろっつってんだろうがっ!」

「あ、はいぃ……」


 空晴は見ていて居た堪れなくなって外へ出た。

 小学校の頃から鈍臭くて勉強も出来ない秀雄を周りの奴らは酷く見下していた。

 子供の世界にもヒエラルキーは存在していて、秀雄は良くイジメの対象としてピックアップされる。

 片や同じおバカキャラでもテンションとノリで生きて来た空晴はどちらかと言うと友達が多いタイプだった。

 バカと言われてもめげないメンタルと寝たらコロッと忘れる便利機能のお蔭で、一番怖い禿げた先生の授業で転寝こいて「ハゲッ!」と大声で寝言を叫んでも、翌朝には忘れている。

 勿論、職員室に呼び出されてガッツリ絞られ、クラスメイト全員に腹を抱えて笑われても、空晴の強靭なメンタルは微塵も揺らがない。


「お前さぁ……。もうちょっとこう……集中力とかないわけ? 秀雄」

「いやぁ……温めますか? って、口癖みたいになっちゃっててさ。今日も店長にめっちゃ怒られたわぁ」


 仕事帰り、電車の中でヘラヘラと笑う秀雄に、空晴は「あ、そう」と空返事を返した。怒られた所で、秀雄に気を付けると言う機能は付いてない。

 このおバカな親友を十八年も見て来た空晴からすれば、それをイチイチ問い質す方が時間の無駄だ。


「皆、目くじら立ててさぁ……。あんなに怒ると疲れそうだよねぇ」

「いや、お前がそれを言うな……」

「そお? まぁ、良いけどさぁ」

「お前が良くても店長は頭痛いだろうな」


 秀雄は勉強も運動も出来ないタイプで、一緒に通った一番偏差値の低い男子校でも底辺をフラフラしていた。

 名前さえ書ければ入学出来るとさえ言われているおバカな高校の底辺にいる強者で、中の中くらいにいた空晴はある種の庇護欲を秀雄に感じていた。

 放っておけない手の掛かる子、という秀雄の存在に空晴は無意識に自尊心を擽られるのだ。

 自分もバカなのに。


「もう辞めよっかな、バイト……」

「は? 辞めてどうすんだよ? お前、実家だからってニートにでもなる気か!?」

「いやぁ……それは流石に、ママンが泣くわぁ……」

「お前の所の母ちゃんも大概だもんな……」

「好きな人がね、出来たんだよね」

「……聞いてねぇよ」

「その人の所で働こっかなぁ」

「……日々の失態を好きな人の前で曝そうと言うのか、お前は。どんだけ、チャレンジャーだよ」

「優しい人だからさ、許してくれそう」

「安心しろ、それは無い」


 緩く覇気のない秀雄が、ニシシと珍しく歯を見せて笑った。

 ニシシじゃねぇよ、と空晴は秀雄の後頭部を叩く。

 だが、秀雄に好きな人なんて空前絶後だと思っていた空晴は電車の座席に凭れたまま揺れる吊り革を仰いだ。

 秀雄の聞いて欲しい話と言うのはソレなのだろうと察して、空晴は視線をやる。

 それを待っていたかのように秀雄はつまらなさそうに口を開いた。


「空はさぁ、好きな人いる?」

「いねぇよ! つか、まず出会いがねぇ!」

「空はおっぱい星人だもんねぇ」

「別におっぱいだけ見てるわけじゃねぇよ!」

「でもおっぱい好きだもんねぇ」

「好きだな。大好きだ」

「わはは、バカっぽい」

「お前にだけは言われたくねぇ……」


 どこで見初めたのか、一体どんな子なのか。

 これまで一度も、中学の時も高校の時も、そんな話をして来たことはない。

 思春期をおバカ一直線で駆け抜けてきた秀雄に好きな人が出来た。

 その秀雄の好きな人と言うのが、空晴には未知の生物にさえ思える。


「か、可愛いのか? その子……」

「うーん、どっちかって言うと綺麗?」

「え、年上なのか?」

「いやぁ、どうだろ……同じ位に見えたけどなぁ……」

「人間なんだろうな? その子」

「わはは、人間に決まってるじゃん。空、バカだなぁ」

「だからお前にだけは言われたくねぇっつの!」

「名前は可愛いんだ」

「名前が可愛い? キラキラネーム的なヤツか?」

「ううん、エレンって言うんだって」

「え、ハーフ!? 金髪ボインなのかっ!?」

「金髪だけどボインじゃない。男の人だから」


 一瞬、周りの喧騒さえも聞こえなくなる錯覚を起こした。


「……はっ!? そっちのハーフ!?」

「え?」

「いや、まてまてまてまて……」

「何を?」

「おまっ……男好きになっ……はぁああっ!?」


 空晴の余りの声の大きさに隣のサラリーマンから咳払いの警告を貰ってしまった。

 あ、すいません。と呟く様に零して脳内で会話の整理をしようと試みた空晴だったが、どう答えるのが正解か分からない。


 十八年来の親友が、男を好きになりました。

 今日のブログのタイトルはこれで決まりだ、なんてバカな事を思う。

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