番外編 トコロテン温めますか? 上

 最近、秀雄が変な事ばかり言って来る。


「ねぇ、空、サンタクロースってさ。帽子の下、禿げてんのかね?」

「知らんわ」

「夏はどうしてんだろ?」

「オーストラリアで仕事してんじゃね?」

「結婚してんのかね?」

「……知らん」

「サンタはさ……」

「おい、秀雄。お前はサンタの身辺調査でもしてんのか?」

「……だって……何も言わないから……お前」

「は?」

「わ、話題に……したら気付くかな……とか……」


 んんっ!? 何その赤い顔……。

 秀雄は真っ赤になって俯いてしまったけれど、今の流れにどうしてそんな現象が起きたのか空晴には全く持って理解が追い付かない今現在。


「な、何に気付くって? お前が未だにサンタ信じているピーターパン的な新ネタか?」

「ばっ……ちっがうよ! クリスマスとか!! どうすんのっ? とか、真面目な顔して聞けるわけないじゃん!! バカッ!!」

「あっ……あぁ……ごめ、そか……えーっと……」


 二十五歳、男二人、親友歴十八年目、恋人歴二ヶ月目にして初クリスマス。

 いつもの調子で全く気の利かない空晴をどうにかしようと足掻いたバカな秀雄の惨敗である。


「エ、エレンさんがね……これ、くれたんだよね……」

「ん、何これ? クリスマスナイトパーティ?」

「エレンさんのお店で今週末にやるからって、良かったら二人で来て下さいって……ダメ、かな……?」

「ダメ……じゃねぇけど……」

「初日なら一哉さんとかも来るって言ってたし……空も丁度、次の日休みだし、どかな……?」

「い、良いけど……」


 まるで告白する女子の様な赤面っぷりの秀雄に、釣られ気味の空晴はいつものように秀雄と二人で何となく過ぎて行くであろうクリスマスを想像していた故に、こんな展開があろうとは微塵も掠りもしなかった。

 一応プレゼントは用意してあるけど、空晴の頭の中はまだ一度も成功していないセックスの事で占領されている。

 デートとか考える余裕がなかったのは、男としてどうなんだと軽くショックを受けていた。


「行ってみたかったんだよね、エレンさんのお店。へへっ……嬉しい、ありがと」

「お、おぅ……」


 付き合い出してから秀雄を可愛いと思う自分に驚きの連続だ。

 今までの秀雄ならこんな風に自分を出して来る事は余り無かったと言うのに、彼女に我儘言われて満更じゃない彼氏の気分を味わえる。

 相手はあの秀雄だと言うのに。


 当日は勝木と眠兎に選んで貰った普段は着ないテーラードジャケットを着て、ずっと気になっていたイタリアブランドのレザーシューズも奮発して買った。

 秀雄の為にお洒落する日が来るとは、人生何が起こるか分からない。

 自宅に迎えに行くと、秀雄は相変わらず緩い格好で出てくる。

 地味なグレーのスウェットに擦り切れたデニム、バイトに行く時に愛用している黒いダウンジャケット。別に変ではないけど、お洒落でも無い。


「わ、空……カッコイイ……」

「お前、その格好で行くのか?」

「え、ダメ……かな……?」


 空晴は持って来たプレゼントの包みを無言で押し付けて「これ着てみて」と秀雄を部屋に押し戻した。

 リボンの掛かった大きな包みをご丁寧に渡す羞恥に耐えられるはずもなく、空晴はぶっきら棒にそれを渡す。

 呆気に取られた秀雄は「うん」と呆けた顔してリボンを解いている。


「お前に似合うと思って、秋から目を付けてたんだ……。今日はそれ着て」


 赤いチェックのパーカーとカーキ色のカーゴパンツ。

 年中無休でデニムを履いている秀雄は、デニム以外のボトムを持っていない。

 ベタなクリスマスカラーのコーディネートだったが、線の細い色白の秀雄には似合うと思い、用意していた。

 勝手知ったる秀雄の部屋のクローゼットから焦げ茶色のタートルを探して放る。


「中にタートル着て……」

「んしょ……え? 何?」

「……寒いから、中にタートル着てって言ってんの!」


 半裸状態の秀雄を見て生唾を飲む。

 殆ど陽に当たらない生活をしている夜型の秀雄は不健康な程に白い。


「空? な、何……?」

「なっ……何でもないっ! ほら、これ着て。後、去年買った珈琲色のダウンジャケットあったろ?」

「あ、うん……」

「クリスマスだし……たまにはさ……」

「へへっ……ありがと」


 可愛い。キュン死にする。

 赤が良く似合うし、小柄でダボッとした感じと萌え袖が余計に可愛さに拍車をかけている。安物の服で喜ぶ秀雄を見て、空晴は余計に愛しさが増してしまう。


 パーティに行くと言う非日常的な状況もカンフル剤になっているのかも知れないが、秀雄を相手に正に翻弄されている自分が恋をしているのだと今更ながらに恥ずかしくなる。


 エレンの店に着いてからは、秀雄の方がテンションが高く、人見知りの癖に同じゲイが集うその場所に興奮気味で知らない人とも積極的に会話していた。

 空晴はカウンターでその様子を横目で見ながら、エレンとクリスマスだけ限定で助っ人に入っていると言うエレンの彼氏、そして一哉と常陸を相手に大人しく酒を飲んでいた。


「え、空くん、まだヤッてないのっ?」

「ちょ、エレンさん! 声がデカイっす!」

「まぁ、焦る事はないんじゃない?」

「いやでも、常陸さん。俺、結構焦ってるかも……」

「何で? 同意の上でヤッてるんでしょ? 秀雄くんが拒否してるとか?」

「いや、それは無いんですけど……物理的に無理と言うか……」

「もしかして、勃たねぇのか? 真島くん」

「な、ちょ、一哉さん! そんなデカい声で言わないで下さいってばっ!」

「え、でも勃たないわけではないんでしょ? 何度かトライしてるみたいだし……」


 常陸はそう言って不思議なものでも見る様な顔をしている。

 勃たないわけじゃない。寧ろ血管が破裂しそうなくらい元気だ。

 ただ、体は万事臨戦態勢なのに、挿入すると言う行為が物理的に無理なのだ。

 その話をすると、大袈裟に手を打ったエレンがニヤリと笑って空晴を見た。


「あ~、お互い初めて同士で、何が悪いのか分からないとか、そう言う感じ?」

「皆さんはそう言う事無かったんすか?」


 空晴のその一言に全員が視線を寄越し「ない」と言い切った。


「ちょ、皆して……やっぱり俺、下手って事っすかぁ……?」

「まぁ、いずれ慣れると思うよ」

「そうだよ、空くん! 要は経験値って事だからさ! 数を熟せば、きっと……」

「依恋、お前の様に他者を相手に練習するなどと言う不埒な行為を彼に推奨するな」

「ちょ、雅! 違うって! そう言う意味じゃ……」

「他者を相手に? ってどういう事っすか?」

「あー、いや、真島くん。そこは余り突っ込まない方が……」


 一哉に肩を突かれ促されるままに常陸に視線をやると、顔を逸らした常陸がげんなりと肩を落としている。

 

「え、常陸さん? 何、え?」

「誰にでも過去はあると言う事ですよ、真島くん」


 エレンの恋人である雅と言う男は、そう言って空晴に眩しい笑顔を向ける。

 暗にエレンと常陸が過去に何かあったのだろうと言う事は、バカな空晴にでも分かった。


「そうだ、依恋。真島くんにあれをプレゼントしてやったらどうだ?」

「アレ? アレって何? 雅」

「この前、お前がア〇ゾンで購入したと言うあの如何わしい色の……」

「あぁ……アレかぁ……。良いかもね、ちょっととって来る」


 アレと言うのが何なのか分からない空晴は、席を外して二階の自宅へと上がって行ったエレンを無言で見送った。


「そーらぁー! 飲んでますかぁー?」

「ちょ、秀雄!? お前、何でそんなに酔っぱらって……」


 別のテーブルで知らないゲイの同士達と飲んでいた秀雄が、完全に出来上がっていた。


「んー? あ、そうだ。空!」

「な、何……?」

「トコロテンって知ってる?」

「「ぶっ!!」」


 隣で一哉と常陸が揃って酒を噴いた。


「はぁ? トコロテンって……夏に食うあれだろ? 何だっけ? 糸こんにゃくみたいな……」

「ちっがーう! 超気持ち良いんだって! トコロテン!」

「トコロテンが気持ちが良い? 何それ?」

「あ、いや……真島くん。それは多分……」

「トコロテンとは挿入と同時にしゃ……んぐっ」

「ちょい待ち、雅。カクヨム様はR15指定だ。お前のその直接的かつ、オブラートに包まない説明は完全アウトだ」


 戻って来たエレンがその大きな片手で雅の口を塞いでいた。


「な、何をする依恋! 中学校の性教育でも教わる事だ。別に問題はない!」

「トコロテンは中学校で教わりません!」

「トコロテンくらい小学生でも知ってんじゃねぇの?」

「真島くん……食べる方のトコロテンじゃないから……」

「食べないトコロテンってあんの? 常陸さん」

「えーっとね……」

「空! あんね、挿れたらぴゅーって出ちゃうんだって!」

「イレタラピュー……?」


 周りのかっこいい大人達が愕然と項垂れたのは言うまでもない。

 それから俺と秀雄はエレンが持って来た如何わしいピンクの液体を貰い受け、男性専用の粘度の高い乾きにくいジェルだと言う説明を受け、早々に退場させられた。

 帰り際、店の外まで送り出してくれたにエレンは「こんな所に連れ出してごめんなさい」と半泣きしていたが、見兼ねたのか酔ってウトウトしている秀雄を横目に少しレクチャーしてくれた。


「良い? 空くん。こうやって口の中に指を入れてみて」

「指?」

「そう、そしたら後ろが開くの分かる?」

「あぁ、座薬とかいれる時に口開けろってヤツ?」

「そうそう。それからね、多分失敗の原因はお互いにあるから……要は力入り過ぎてんだと思う。だから、じっくりゆっくり、ね。男にも性感帯がある事くらいは知ってるんでしょ?」

「あ、うん……ちょこっと、勉強した。DVD見た位だけど……」

「そこを泣いて善がって縋り付いて欲しがるまで……」

「依恋! バカ言ってないで仕事しろ!」

「あ、はいっ! すいません、雅様……。じゃあ、こんな所だけど、また来てね」

「あ、はい。秀雄楽しそうだったし、こんな物まで貰ってしまって……ありがとうございました」


 泣いて善がって縋り付いて欲しがるまで……。

 空晴は音がする程大量に生唾を飲んだ。

 秀雄が痛がるからそれ以上の事は出来ないし、自分も怖くて腰が引けてしまうけれど、もし本当に秀雄が泣いて善がって縋り付いて欲しがるなんて事が現実的にあるのなら、それは――――。


「やべぇ……勃ちそう……」


 空晴はエレンから貰った如何わしいピンクのチューブを握り締め、凱旋する武士の様な顔で手負いの秀雄を肩に担いで狭くてボロい秀雄のアパートに帰還する。

 クリスマスの夜はまだまだこれからだ。

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