第10話 ねこのおやつを
ねこのおやつを目の前にして、私はとっても憂鬱だった。
私は猫は飼っていない。
行方不明になった彼女が送りつけてきたものなのだが、警察に知らせたものの、「なんですかね」「なんでしょうね」で終わってしまった。
警察は科捜研で、そのねこのおやつを分析するというのだが、実は、その後、毎日ように、同じものが届くのである。
つまり、私の目の前にはおよそ十箱のねこのおやつがある。
十二個届いたのだが、二個は警察が持って行き、三箱目を開けてみて同じものだったときには「一応、保管しておいてください」と言われてしまい、ずっと手元にあるのだ。
ピンポーンと鳴ると「宅配便でーす」と言われてそれが届く。ヤマトで佐川で日本郵政でそのほか普段着のような人までもが、毎日届けてくる。
始末の悪いことに、送り主は、全部違うショップである。世の中に通販でねこのおやつを送ってくれる店がこんなにあるのだとは知らなかった。
つまり、送り主を辿ってお店に「もう送らないでください」と言っても、「ほかにはご注文は受けておりません」となってしまうのだ。
彼女の悪意は、私をじわじわと苦しめる。
好きだったこともあるのに。だんだん嫌いになってきて、いまでは憎悪しかない。
行方不明なのは可哀想ではあるけど、そうならなかった時には彼女はどうするつもりだったのだろう。犯罪に巻き込まれたのではないかと心配しつつ、悪意のもとに失踪したのではないかと勘ぐりたくもなる。
目の前に彼女がいるのなら、私は「やめてくれ」と懇願しなければならなかったはずだ。
冗談じゃない。なぜ、私が……。
彼女に懇願する?
ゾッとする話だ。
彼女だって、私の懇願ぐらいで心は動かないだろう。冷たく突き放すに違いない。
「なんのことでしょう? 存じませんけれど」と。
警察では彼女のスマホ履歴などから、どこになにを発注したのか調べるというのだが、いまのところその成果は確認できていない。
ピンポーン。
十三個目のねこのおやつが届いたようだ。不吉な数字だ。
インタホンには見慣れぬ大男が、見慣れた箱を抱えていた。どこの業者だろう。いや、業者じゃないかもしれない……。
居留守を使おう。出るのが怖い。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポピンポピンポピンポ……。
引っ越しを考えよう。
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