第8話 ゆでたまご

「はじめ君を誘拐しました」

 その脅迫状が届いたのは朝だった。

 家中を探す。近所を手分けして探す。どこにもいなかった。大切な初孫。まだ二歳。母親は気絶し、父親は警察に駆け込み、祖父である私は途方に暮れた。

 彼が成長してくれれば、この総菜屋の四代目になることを期待していたのに。それになんと言っても、かわいかった。おじいちゃん、と呼ばれたときの感動は、「生きててよかった」に尽きる。

 ああ、それなのに。いったい、誰に怨まれたのか。ただの金銭狙いか。

 ところが、それきり、犯人からの連絡はないのだ。警察も片っ端から怪しい人間に当たっているらしいが……。

「おじいちゃん、外を見て」

 妻に言われて早朝、勝手口を開けた。

 そこには惣菜を煮る、大きな鍋が置かれていた。直径60センチほどで、大量の煮物を一度に作ることができる。うちの工場にはそうした鍋が、いまは使っていないものを含めて十数個ある。

 アルミの蓋がしっかり閉じていて、湯気が立っていた。

 かなりアツアツなので、いま火からおろしたばかりのようだ。だが、いまは工場は休業させているのだ。

 何かが鍋の中で茹で上がっている。

 誰がこんなものを……。どこから……。

 同時に、私はその蓋を取りたいとは思わないのだった。そこには、きっと……。

 

 

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