第16話 おんたま
温泉同好会の「秘湯探訪」の企画で、山奥の小さな、現地の人でも見逃してしまうほどの秘湯を訪れたときのこと。
自慢したかったのだ。
薄暗い山の深い谷にわけいって、巨大な岩の影にある秘湯。
家のバスタブほどしかない窪みに、天然の温泉が湧き出て、細い川へと流れている。湯温は湧き出ている部分で最高45度。だいたいは40度。やや熱く感じる。
硫黄臭はほとんどなく、無色透明の湯は、まるで人工的に沸かしたようにも見える。
唐突で、ウソくさい。
私はふわっとした透けない湯あみ着になって自撮りをした。動画も撮る。
「金山大学温泉同好会、秘湯探訪でーす。ついに見つけました! 幻の『おんたま温泉』でーす」
効能や性質を説明し「では、入ってみまーす」と言いながら、足を入れていった。
「おおっ、意外にも快適!」
しゃがむようにして腰まで入ったとき。背後でなにかが動くのを感じて振り向こうとした瞬間、ガツンと額になにかを激しくぶつけ、湯の中にひっくり返り、スマホをどこかに落とした。
気づくと、すっぽりとドーム状のもので覆われていた。
「なにこれ! 冗談でしょ。やめて!」
真っ暗。地面との隙間から少し光が漏れているが、やがてそこも塞がれた。
「助けて!」
覆っている金属のドームを叩いたが、分厚く、重く、手が痛いだけ。全身をつかって持ち上げようとしたものの、びくともしない。
蒸気がこもってきて、熱さでボウッとなってくる。
「このままじゃ、死んじゃう!」
心なしか湯温が上昇しているような気がした。
酸素が減っていく。茹だっていく。蒸し上がっていく。そして死んでいく。
助けてほしいか……。
金属が微かに振動した。聴き取りにくい。
「えっ? なに? 助けて。早く!」
「条件がある」
「なによ、なんでもするから、早く!」
だが、助けてはくれなかった。
意識を失うまで、放っておかれた。
気づくと、湯あみ着のまま。
私はただの湯あたりで、おかしな夢を見たのだと思った。
だけど、帰宅して数週間。いつも来るはずの生理は止まり、妊娠検査キットで陽性が出た……。
私はなにかを身ごもったらしい。
怖くて、誰にも相談できない。
バージンなのに……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます