第6話 第二章 陰陽師ってどうするの(一)

 陰陽師になるのに国家資格があるわけでもなければ、どこかの組合に入らなければいけない決まりはない。ただ、師匠もおらず、誰も教えてくれないので、何からしていいか、さっぱりわからなかった。


 わからないから、就職活動中は停止していて筋トレとランニングを再開した。

《カツの新影》が法人会員になっているスポーツ・ジムも積極的に利用して、体を作った。どんな職業でも、体が資本だ。


 ジム帰りに携帯に連絡があって鴨川に呼ばれ、本社に行くと、社長室で鴨川は抹茶を飲んでいた。


 鴨川の周囲を目視で確認したが、日本刀はなかった。なかったが安心はできない。

 鴨川とは距離を置いて座ろうとした。すると。鴨川は手招きして「ちこう、ちこう」と呼ぶ。あまり、いい気はしないが、呼ばれれば、近くに行かねばならない。


 適度な距離まで詰めようと歩くと、手振りを交えて鴨川が細かく指示した。

「おっと、ストップ。ストップ。半歩後ろ、もう半歩かな。そう。それくらい。あと、もうちょい右、もう少し、右かな。そう、その辺でいい。その辺で」


 指示には従うが、嫌な予感しかしなかった。コントなら確実に床が抜けるか、天井からタライが落ちてくる流れだ。

 コントなら笑いが起きるが、相手が鴨川なので、笑えない何かを仕掛けてくる気がした。


 指定位置に座って、天井および座った周辺を確認する。だが、異常は見られなかった。

 郷田の心配を気にせずに、鴨川が普通に話し掛けてきた。

「郷田君、陰陽師の修行は進んでいるかね」


 警戒は怠りたくはないが、鴨川をきちんと見ないと鴨川は怒るだろう。相手は社長だ。敬わねばならない。


 鴨川と向き合って報告した。

「とても、順調です。十キロメートルの自己ベスト記録も、更新しました。ベンチプレス百二十キロも、楽々いけるようになりました。拳で腕立て伏せも、三百回は楽々クリアーできますよ」


 鴨川が不機嫌な顔になった。

「周りくどい話は嫌いでね。君の近況報告なんて聞きたくないよ。すぱっと、陰陽師の修行について報告してくれればいいんだよ」


 郷田は、鴨川がなんで気に入らないか、わからなかった。

「ですから。成果を報告していますよ」


 初めて会った時に二人の間に流れた「あれ、こいつ、何を言ってんだ?」の空気が再び流れて、妙な数秒の間ができた。


 今回もまた鴨川が先に動いた。鴨川が不審がる顔をして尋ねてきた。

「陰陽師にそこまで、持久力や筋力が必要かな?」


 郷田は得意気に答えた。

「陰陽師って、漫画で読みましたけど、岩を割ったり、凄い跳躍力を見せたり、一日に何十里も移動しますよね。あれは、漫画ですけど、似たような行為をするなら、やっぱり基となる力は、筋力でしょう」


 鴨川が首を傾げながら、聞いてきた。

「君の読んだ漫画を教えてくれるかな」

「『KUDANの河』『クリムゾン・キング』『眠れる夜叉』です」


 具体的な作品名を挙げたが、鴨川は目を開いて「なんだね、それは?」と聞き返してきた。


 世代にギャップが有り過ぎて、意思の疎通ができない。

 鴨川がメモ帳を持って来て、作品名と出版社を書けと指示してきた。


 作品名と出版社を書いていると、メモを覗き込んで鴨川が不思議そうに尋ねてきた。

「陰陽師ものなのに、カタカナやアルファベットが入るの?」

「今では珍しくないですよ」


 鴨川がメモを受け取ると、「座って待て」と郷田に命令した。鴨川が机の上にあるパソコンで調べ物をする。どうやら、インターネット書店で作品を探しているらしい。


 しばらくしてから、鴨川が笑い出した。

 漫画を読んで、笑っているらしい。付き合いで笑うと、鴨川がメモを机に叩きつけて激怒した。


「お前、これ陰陽師じゃなくて、忍者物だろう」

「陰陽師って、忍術の一種ですよね」


 鴨川は眉を吊り上げて、非難してきた。

「全然、違うよ。というか、君。陰陽師やれって命令されたら、陰陽師の本を読みなさいよ。なんで、会社の経費で、流行の忍者物の少年漫画を買って読むの」


 両方とも異能力バトル物なので同じと思ったが、どうやら、忍者と陰陽師は似て非なる物らしい。でも、そうなると問題もある。

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