第10話 第二章 陰陽師ってどうするの(五)
龍禅の家は閑静な住宅地にあった。ただ、付近は最近になって開発がされたためか、新しく似たような家が多かった。そんな、住宅街の真ん中に、他の家より少し広い敷地を持つ古い家があった。
敷地は四百坪と、周りの新しい百坪ほどの建売住宅の家よりは広い。だが、建物は六十坪くらいで、周りより少し大きいだけの古い日本風の二階建ての家屋。背の低い生垣の塀は素人が剪定したのか、でこぼこになっていた。
庭は荒れてはいないが、最低限の手入れしかされていない。金はあるのかもしれないが、有り余っているようには見えない。悪徳霊感商法で儲けた男の家だ。もっと、成金が風水を駆使して建てた、中華だか洋風だか区別がつかず近寄り難い家だと思ったので、いささか拍子抜けした。
表札を確認すると「龍禅」とあるので、家は間違いではない。簡単な木製の小さな門があって鏡が掛けてあった。門でチャイムを鳴らすが、誰も出てこなかった。
二回目を鳴らそうとすると、庭の隅で人が立ち上がった。相手は郷田と同じくらいか、少し若い年齢の小豆色の着物を着た金髪のショートカットの外国人女性だ。
外国人女性が寄ってくるので、門を潜って挨拶をした。
「こちら、龍禅巌先生のご自宅でしょうか。俺は、郷田克行といいます。《カツの新影》の鴨川社長に命じられて来ました」
女性が笑顔のまま、じっと郷田を見ている。数秒が経過した。
ひょっとして、日本語が通じないのか。
いきなり、強敵に出会った。英語で自己紹介するだけでも難しいのに、英語で龍禅先生に会いに来たって、なんていえばいいんだろう。
馬鹿みたいなのはわかるが、とりあえず笑顔を浮かべた。何か話しかけてくると思ったが、なにも言葉を口にしない。ただ相手の女性は微笑むだけ。
おかしい。普通なら男が笑顔を浮かべたまま何もいわなければ、何語でもいいから話し掛けてくるはず。それが、笑顔のまま、何もいわない。とするなら、この状況は意図してやっている。
郷田は笑顔を浮かべたまま、心の中で思った。
「これは龍禅の策だな。理解しがたい存在を置き、意を決して突っ込んできた相手の敵意を削いで、安心させる。そうしておいて、こちらが友好的に出ざるを得ない状況を作り出す。一度、友好的な態度に出れば、敵対に転ずる行動は難しい。さすがは悪徳霊能者といったところだ」
拙い英語で話し掛けて、こちらから歩み寄ったら、負け。もちろん、笑顔をやめる行為は、敗北と同義。現状は、いうなれば、逆睨めっこ状態。先に笑顔を解くか、話し掛けたほうが負け。
腕力でも、知力でもない、勝てない存在を正面に置くとは、有る意味、龍禅は戦いなれているのかもしれない。でも、こちらとて、ロースカツ定食の味のために戦いに来ている。簡単に負ける訳にはいかない。
笑顔のまま時間が経過していくと、すぐに思い知った。
面白くもなんともない状況で、笑顔を浮かべ続ける行為は、予想外に疲れる。
腕立てなら鍛えてあるので、三百でも、五百でも、簡単に行ける。だが、笑顔を作り続けるための筋肉は鍛えていない。鍛えていない筋肉を静止に使うと、疲れる。
一方、相手は五分近く経過しているのに、いっこうに疲れを見せず、微笑み続けている。ある意味、鍛えられている。着物で体のラインはわからないが、もしかすると、腹筋が割れているのかもしれない。侮り難し。
玄関の戸が開いて、新手が現れた。今度は白のワンピースに青の綿のパンツと少しラフな格好だが、こちらは典型的な黒髪の日本人だ。
細面で、眉が細く、肩まで伸びた日本人形のような女性だ。年齢は二十七か八といった見当だ。
新手の女性は笑っていなかった。というより、逆睨めっこしている場所をたまたま通りがかって、不思議に眺める通行人のようだ。
日本女性は何が起きているか理解できないように、二人を交互に見た。その後、郷田に寄ってきた。日本女性が郷田の前にやってきて、不審者を見るような目で尋ねてきた。
「どちらさまでしょうか?」
笑うのを止めるのに良いタイミングなので、便乗して笑顔を解いた。決して負けを認めたわけではない。
「鴨川社長の紹介で来ました。郷田といいます。こちらは、龍禅巌先生のご自宅でしょうか」
日本女性がなんとなく事態を理解した顔で頷いた。
「そうでしたら、私が龍禅巌です」
龍禅巌の名前から、年配の太った男性を想像していたが、違った。
疑念が伝わったのか、龍禅が顔を曇らせて発言した。
「龍禅巌は、襲名した
名跡がなにか、詳しくわからないが、リングネームやペンネームの類だろう。確かに漫画家でも、男の名前のようなペンネームで活動する女性の漫画家はいる。
後から出てきた日本女性が龍禅なら、ずっと笑っていた女性は何者なのだろう。
龍禅が郷田の心を読んだタイミングで紹介してきた。
「こちらは、ケリー・ハンプトンさん、訳あって、私の許で修行しているイギリスの方です」
龍禅が「ケリー」と声を掛けてケリーの肩を軽く叩いた。
ケリーが龍禅を見た。龍禅が指で耳を差した。
ケリーが何かに気付いたように、耳から詰め物を外した。ケリーが良く通った日本語で「巌さん、どうしました?」と聞いた。
巌が少し困った顔で発言した。
「お客様です。お茶の用意をお願いできますか?」
ケリーは「わかりました」と下がっていった。
龍禅はケリーがいなくなると、ちょっと困った顔をして小さな声で口にした。
「すいません、少し困った子でして」
「別に、いいですよ。俺も、社長から見れば、似たようなものですから、お気になさらず」
龍禅が顔を僅かに歪めたが、すぐに素に戻って「どうぞ、こちらへ」と案内した。
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