第14話 第三章 陰陽師になりたくて(四)
龍禅が郷田の言葉に絶句した。
表情を引き締め、ここぞとばかりに持論を展開した。
「名ばかりの陰陽師に、なんの価値があるんですか。陰陽師は誰かに認められて陰陽師になるんじゃない。陰陽道を追い求めるうちに陰陽師になるんです」
龍禅が怒りを通り越して、半分は笑いに入った顔で、やれやれと言った口調で確認してきた。
「郷田君のセリフじゃなければ、凄くいいセリフに聞こえるわね。では、今の言葉を鴨川さんに伝えてもいいかしら」
「それは、やめてください。陰陽師になる名目で、給与を貰っているんですよ。本音は本音。建前は建前ですよ。先生も社会人でしょう」
龍禅が完全に笑った。笑ってから、真顔になって発言した。
「ほんと、君って、悪い意味で正直な人間ね。でも、来ているのよ。鴨川さんから、郷田君がちゃんと修行を積んでいるか、って」
龍禅が何をいいたいか理解した。ケリーを追い払ったのも、納得だ。
郷田は不貞腐れた態度で聞いた。
「わかりました。いくらですか? いくらバック・マージンが欲しいんですか。二割ですか、三割ですか。俺も生活あるんで、あまり高額だと、怒りますよ」
龍禅が心外だというような表情で言葉を発した。
「人聞きの悪い言葉を言わないでちょうだい。郷田君の修行は、お金が目当てで引き受けたわけではないのよ」
「なら、問題ないでしょう。真面目に修行していますと、報告してくださいよ」
龍禅が忌々しいと言わんばかり顔で、苦々しく口にした。
「確かに、ある意味、真面目に修行しているわよ。でも、そうは報告したくないわ」
実に面倒臭い先生だと思った。
とはいえ、評価者とは、こういう存在なのかもしれない。いつの時代も、正しい人間が正当に評価されるとは限らない。
このままだと、不当な評価を下されると思ったので、譲歩した。
「わかりました。では、除霊とかの実習をやって評価してくださいよ。純粋な結果報告なら、問題ないでしょう」
除霊と聞くと龍禅が今まで見せて覚えのない厳しい表情をした。
龍禅が静かに袖を捲った。龍禅の二の腕には、人の手の形をした火傷の痕があった。
鈍く光る日本刀のような暗い目をして、険しい口調で龍禅が言い放った。
「霊を甘く見ていると、痛い目を見るわよ」
郷田は張り合うように上着を脱いだ。次いでTシャツを脱ぎ捨て、上半身、裸になった。郷田の上半身には、大きな傷があった。
龍禅をしっかりと見据えて説明した。
「右肩から腹に掛けての傷は、北海道で熊とやり合った時の傷」
背中を見せ、背筋に力を入れてポーズをとって、背中の大きな傷を見せた。
「背中の傷は、道を間違えて富士山に入って、滑落したときの傷」
最後にズボンを脱いで、脛にある傷を見せた。
「そして、これが小さい時に河で流されて、流木にぶつけた傷です」
郷田はパンツ一丁で、腕組みして自信満々に発言した。
龍禅が「なんといっていいかわからない」といった表情で聞いてきた。
「郷田君は、私のいいたいことをわかっているの?」
「わかっていますよ。ケガ自慢でしょう。病院で入院したら、やる」
「ポカーン」という言葉が似合いそうな顔を、龍禅がした。
龍禅に勝ったと思ったので、屁理屈を捏ねられないように釘を刺した。
「いっておきますけど、霊能力で付いた傷のほうが上とか、後出しで話を大きくする行為は、反則ですよ。傷は、傷ですからね。見た目で、どっちが痛そうとか、どっちが大きいとか、そういう問題ですよ」
龍禅が素に戻り、右手で頭を撫でながら、砕けた口調で説明してきた。
「私の傷、痛たそうでしょう、とか、俺の傷はもっと凄いよ、的な話をしているんじゃなくてね。なんていったらいいかなー。霊は怖いよ、舐めちゃいけないよ、的な話をしたいんだな、私は」
龍禅の言葉を撥ねつけるように目に力を入れ、強い口調で意見した。
「お言葉ですが、龍禅先生。龍禅先生は怪我をした過去に後悔しているんですか?」
龍禅は急に聞かれて、幾分か戸惑ったように「な、ないわよ」と答えた。
胸を張って答えた。
「俺も同じです。いつも、やると決めたら、全力です。たとえ人から馬鹿な行為だと笑われても、大怪我の危険があっても、やると決めたら、傷付く結果を怖れたりしません。富士登山でも、熊との決闘でも、もちろん、除霊だって同じですよ」
龍禅が複雑な表情をして、何とも困った口調で「これ、なんか、調子が狂うわー」と口にした。次いで、龍禅が目を閉じたまま、肩の凝りでもほぐすように、首をゆっくり回した。
龍禅は目を開けると、いつもの顔で普通に発言した。
「馬鹿にしているけど、本気な気持ちは、理解したわ。浮ついているけど、覚悟があるのも、わかったわ」
すかさず「言っている言葉がおかしいですよ」と突っ込むと、龍禅が怒った顔で「あんたにだけは、言われたくないわよ」とキレた。
なぜ、キレのか、理由は不明だが、女性は急に怒り出す行動をするのが普通なので、深くは追及しなかった。
龍禅が背を向けて、力の抜けた口調で教えてきた。
「ちょうど、一件、依頼が来ているのよ。実際に現場を踏むといいわ。ただし、行くなら、安全は保証しないからね」
「押忍と」と強く返事をした。
きっと、ケリーも行く。危険な場所なら、向かう以外の選択師はない。龍禅先生は塵芥と消えてもいい。だが、ケリーだけは守らねばならない。
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