第15話 第四章 除霊は、技術にあらず、力にもあらず、芸術である(一)
除霊の舞台は、取り壊し前の十階建て三十室の賃貸マンションだった。マンションは建てられてから五十年近くが経過していた。
マンションが建った当初は、付近で人口も増えており活況だった。とはいえ、街も住人と共に歳を取る。今やマンションの周りは古い家と空き店舗が目立っていた。
マンションは老朽化により大規模修繕が必要だった。されど、近隣住民の年齢層が変化し、現在の賃貸マンションでは経営が難しく、間取りも入居希望者と大きく希望とずれてきていた。
オーナーは古いマンションを取り壊して、介護付きマンションに建て替える道を選んだ。
マンションには入居している部屋が三部屋あるが、今年の九月までに全員の退去が決まっていた。
依頼人はオーナーのお孫さんの女性。孫といっても、オーナーはかなりの高齢なので、孫の依頼人は三十を過ぎていた。依頼人の名前は近藤伊佐美。
龍禅が運転する車がマンションの駐車場に着いた。時刻は午後二時五分前。本来なら、夏なので暑いが、今日は寒気の影響と曇り空のため、ほどよい気温だった。
駐車場に着いて、二分ほどで女性が現れた。女性は髪を茶色く染めて、ジーパン穿きに黒いジャケットを着ていた。龍禅が挨拶したので、女性が近藤だとわかった。
ケリーと一緒に郷田も挨拶をかねた短い自己紹介をした。
近藤が三人を見て、「ふーん」といった感じで感想を漏らした。
「霊能者が三人も来るって聞いていたけど、格好は普通なんだね。なんか、もっと、こう平安貴族っぽい服装をした人を想像していたんだけど」
龍禅は紺を基調として外出用の普段着。ケリーが小豆色のカジュアル・パンツ・スタイルで、郷田も普段着なので、四人が集まっていても、普通に友人同士で集まっているようにしか見えない。
龍禅が、どこかビジネス口調で応じた。
「できるだけ、自然な格好で行くようしているんです。ことがことだけに、目立つ格好の人間を嫌う依頼者さんもいますから」
近藤はあまり深く考えない様子で軽い口調で指示をした。
「従いてきて。部屋に案内するから」
マンションの入口を潜ると、築年数に並に劣化が進んでいた。だが、三部屋しか埋まっていない割には、掃除は行き届いており、ゴミなどは落ちていなかった。
古いエレベーターで四階まで上がった。エレベーターを降りると、フロアーの電気は消えていた。それでも、窓から光が入るので、まだ充分に明るかった。
一番近くの四〇一号室の前に来ると、近藤が鍵を取り出して開けた。無人のフロアーに、鍵の開く大きな音がした。
表札を窺うと「近藤」の名前が見えた。
扉を開けると、大きめな玄関には靴や傘があり、まだ人が住んでいる部屋だった。近藤が躊躇なく上がるので、どうやら案内している近藤本人が住んでいるらしい。
除霊と聞いたので、てっきり自殺者が前に使っていた人気のない部屋を想像していたので、肩透かしを喰らった。
玄関から少し進んだところにある扉を開けた。
中は縦に長い三十畳ほどのキッチンとリビングが繋がった広い部屋になっていた。
奥には大きな窓があって、ベランダに出られる構造になっていた。部屋の右には襖があり閉じられている。おそらく近藤の寝室があるのだろう。
床面積からすれば、三人家族でも充分な広さがある。だが、構造上は一LDKなので、使いづらい。かといって、単身者が住むには広すぎる部屋だった。
部屋の中を軽く見渡した。余分な家具がない部屋だった。九月末の引っ越しに向けて、不要な家具や荷物を少しずつ捨てていっている途中、というところだろうか。
リビングには、本棚があった。それとなく見やると、格闘技関連の本がずらり並んでいた。
郷田が入門を希望した格闘団体の悪役(ヒール)の鰐淵棺の特集記事が掲載されている雑誌があった。
ヒールとして人気のある鰐淵だったが、一年前の試合を最後に姿を消していた。
鰐淵関連の本は一緒に住んでいた男の趣味の物だろう。男がいた過去を考慮して見れば、部屋の中には男の物と思(おぼ)しきインテリアが少しだけあった。
とはいえ、玄関に男物の靴がなかったので、別れたかもしれない。こういう時は、男の話題には触れないほうがいい。
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